出る杭は打たれる
 (クリスマス番外)





 ホテルはどこも満室。レストランも、もう予約でいっぱい。

 話には聞いていたはずだけど、一般人恋人達のクリスマスがこんなに大変な行事だと 42才のこの年になるまで俺はちっとも知らなかった。

 なぜなら、今までの俺はムードなんかお構い無しの男ばかりを相手にしてきたし、まして 恋人と呼べるようなステディな関係は、敢えて避けて通ってきたからだ。

  とはいえ、済し崩しに恋人関係を結んでしまった俺と取引先の部長恐神とは、 そんな誤魔化しは通用しない。

 なんと俺達はそんな1年で最も予約の取りにくい時期に取りにくい高級シティホテルの最上階フレンチレストランの個室で、男同士で向き合って食事をしている。

 やっぱりこれってどう考えても、不似合いっていうか浮いているんじゃないだろうか?

 だって俺達、芸能人でも、若い美男美女でもない、はっきり言えばおじさんと呼ばれるのになんの抵抗もなくなった 40代のおやじ。そして30代のせいぜい青年と呼ぶには多少薹の立った男が、二人顔を突き合わせてこんな場所でイブに食事をするなんてどうもお尻がむず痒い。

 しかも、美青年の給仕(最近はボーイというのか?)付きだ。

 「君、あれを持ってきて」

 そういって持ってこさせたのは、ボーイが初々しく差し出す高価そうなシャンパン

 「クリュッグ・クロ・デュ・メニルは嫌いじゃない?」

 嫌いじゃないかって?そんな名前なんて聞いた事もない。俺が知ってるのはせいぜいドンぺリだよ。きっと値段を聞いたら卒倒するほど高いんだろう?

 部屋の隅ではコックが巨大なターキーを一匹のまま切り捌いているところだ。チキンじゃないあんなでかい鳥を二人でいったいどうするつもりなんだ?

 全く、何もかもが分不相応に高価そうで、どうも落ち着かない。しかも 先ほど恐神の蘊蓄つきで食べた貴重なチーズで充分、俺の胃は飽和状態なんだが、あんまり恐神が一生懸命なので、正直何も言えないのだ。

 「どう?気に入ってもらえたかな?ここ、美味しい?」

 「あぁ、すごく美味しいよ」

 「ほんと?」

 「恐神は色々知ってるんだな。俺にとってはどれも貴重な経験だよ」

 俺が満足してるかと厳密に言えば、そうでもないかもしれなかった。

 だけど何より、恐神がこんなにも自分の為に何かをしてくれるという事が 本当に嬉しくて。

 ボーイはゆっくりとシャンパンのふたを真っ白なナプキンで開けている。

 俺はこっそりと恐神に耳打ちした。

 「ぽん!とか音を立てて開けたりしないのな?」

 そんな俺の無知な言葉に恐神は嫌な顔もせずにテーブルの下で足を絡ませてきた。

 「音をしないようにゆっくりと開けて炭酸を逃がすのを天使のため息というそうですよ」

 「天使のため息ね」

 「音なんか出したら、さしずめ天使のげっぷかな」

 普通の男が言ったら噴飯もの科白も恐神が言えば、どこか自然に聞こえて。

 せっかくのこの二人の貴重な時間を大切にしたいと俺は恐神のどこか、迫力のある ほど整った顔に向かって微笑んでみせた。

 「やっぱり、伊織さんって大人だな。本当はこんな事をするのは照れくさいはずなのに、 僕を立ててくれて」

 「照れくさいのは本当だけど、素直に嬉しいよ。俺にこんな時間が持てるとは思ってなかったから 素直に感謝してる」

 年がどうとか、男同士がどうとか、そんな事どうでもいいような気がしていた。

 だって、それより俺の一番大切に思う人が、俺だけの為にこんな素敵な夜を演出してくれているのだから。

 俺達は黙ってしばらく互いをじっと見つめあい。ゆっくりと微笑んだ。

 Fin.

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