思い出を忘れたくて3-2

早春の番外


 「いやだ!」

 俺は夢中で身体を捩った。いつもならまぁいいかとか、仕方ないとか思う行為もなぜか今日ははすごく嫌だった。多分、さっき変な事を考えたからに違いない。

 暴れた拍子に俺のエルボーが沢田の鼻にHITした。しまったと思った時にはすでに遅く。な、なんとぽたぽたと鮮血がシーツに染みをつくる。

 あわわわわ〜〜〜〜!!!

 ゆ、許して〜〜お仕置きだけは勘弁して〜〜〜!

 俺は真っ青になっておろおろするばかり、そんな俺を沢田は冷たい目で見つめていた。

 一瞬、殴られると思ってびくっととするとさらに沢田の瞳は細くなって俺の背筋を冷たいものが走る。

 あぁ……もし気を失えるなら失った方が楽かもしれない。でもここで気を失っちゃったら 朝まで信じられないほどエッチな事をされる可能性もあってそれはそれで嫌かもしれない。などと逡巡していたら突然沢田の地を這うゾンビのような声が頭から降ってきた。

 「……悪かったな」

 肘鉄を喰らわせたのは俺なのに沢田はなぜかそうあやまると目頭の辺りをぐっとティッシュで押さえながら自分の部屋に戻っていく。え?うそ?沢田が謝るなんて絶対変だ。これはあとでもっと恐ろしい事が待っているに違いない。そう思うと声まで震えてうまく話せない。

 「あ……待って、大丈夫か?お、俺……」

 俺は慌てて背中を丸めた沢田のあとに付いていこうと立上がる。先ずは謝らなければ……。

 「いいから、ついてくるな!」

 「でも……」

 「ついてくるなって言ってんだ。犯すぞ!」

 やつはそう吐き捨てるようにいうと俺を振り返りもせずにドアを閉めた。

 なんだよ。なに、まじになって怒ってるんだよ?

 いつもと同じように俺は嫌がって、いつもと同じように沢田はそんなことも意に介さずに最後までやってしまう。それがいつもの沢田だったし、いつもの俺達だったじゃないか。

 確かにいつもより少し抵抗が激しかったかもしれないけど、そんなことは気にせずやりまくるのが 沢田だったはずだ。

 怒られなくてほっとしていいはずなのに、あっさりと部屋に戻ってしまった沢田に俺はなにか取り残されたような気持ちになってしまう。

 せめて謝りたかったなんて思ってる俺ってやっぱり相当の愚かモノ?今さらだけどさ。

 朝、目が覚めると沢田は朝連に行った後だった。俺にはなぁにも言わずにだ。

 いつも先に出かける時は俺に一声かけていくのに今朝はそれすらなかった。いやな予感に俺は心臓を雑巾みたいにぎゅーっと引き絞られるような気持ちがした。なんだろ、この変な気持ち……俺も変態の仲間入りしてるってことか?あの時、やっぱりすぐに謝るべきだったのだ。あの時、怪我をしたのはあいつで俺じゃなかった。 こうして時間がたてば経つほど謝りずらくなるというのに。

 全く、嫌な予感ほど良く当たる……沢田に確実に避けられてる……そう確信したのは3日目の朝だった。

 沢田はしばらく伯父さんの家から学校に通う事になったと母に告げていた。

 「調べモノがあって……図書館が近いんですよ」

 彼はそう母に言い訳していたけど、俺が俯きながらちらちらと沢田を盗み見てもこちらを振り向きもしない。

 沢田のやつ、俺が存在していないみたいに全く無視して話しを終えると何時の間に整理したのか スポーツバックをひょいと軽く肩にかけそのまま家を出た。俺には一言もなしかよ?そんなのありかよ?

 いつまでいるんだ?

 俺はそう聞きたかったが聞けるわけなんかなかった。 もし、もう戻ってこないなんて言われたら立ち上がれそうになかったから。俺なんか飽きちゃったのか?まさか他に男ができたって訳じゃねーだろうな?そんなのちっとも嬉しくないぞ。俺は……俺はどうなるんだよ?

 「喧嘩でもしたの?早く謝りなさいよ」

 母には完全に俺の方に落ち度があるようないわれ方をされ、俺はますます落ち込んむ。ちくしょー!もう、てめーなんか知るもんか!さっさと出ていけ!もう、二度と戻ってくるんじゃねーぞ!

 そう心の中で喚きながらなんだか俺のロンリーハートは軋むような切ない歌を歌って俺を苦しめた。

 そんなロンリーな俺に追い討ちをかけるようにとんでもない噂が俺の耳に入ってきた。

 サッカー部の後輩の鯉積昂(こいずみたかし)という1年生が最近いつも沢田に纏わりついて「ホモっぽい」とからかわれてるらしい。

 鯉積はそんな噂を否定しないどころか、「沢田先輩ってかっこいいから平気」なんて公言してるらしい。

 一部の女子が二人を理想のカップルなどと面白がって話してるのが耳に入ってくる。 なんかすごく面白くないんだけど。俺だってずっと沢田と恋人同志だったのに、なんでその時は噂してくれなかったんだよ!

 「あの二人なら絶対いいかんじ」

 「タカシくんの誘い受け?」

 「攻めだったりして」

 などと訳の解らないことを言いながら大盛り上がりで、そんなのを聞かされる俺としては 実際彼がゲイだと知っているからこそいたたまれなかった。

 ちょっとした食い違いなんだ……俺はそう思った。 あんな絶倫野郎が何日も俺の身体無しでいられるわけがないんだ。あいつの欲望はここのところずっと俺一人が相当の努力を持って受け止めてやっていたんだぞ!これを男気と言わないでなんというんだ!

 「お前なんか大嫌いだ!」

 「そうか」

 「二度と俺の家になんか戻ってくんな!」

 「そうか……そうだな」

 どうして俺の独り言に返事が返ってくるのだ?しかも聞いた事のある声のような嫌な予感がして後ろを振り向くと俺の独り言に答えていたのは沢田だったらしい。 すでにそのでかい背中が俺から遠ざかっていくのを俺はただ、呆然とみつめていた。

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