思い出を忘れたくて


バレンタイン(2005)



 俺達はつきあって2度目の冬を迎えた。つまりセンター試験までもう1年を切ったと言うことだ。 昨今の入試は随分複雑化されているらしい。試験日自由選択制だの指定校制推薦入学 公募制推薦入試 など、高校から説明される入試方法に俺は混乱しきっている。
 できれば、私立の大学に行きたい。
 英語と国語なら学科だって俺にもなんとかなりそうだし。
 母などセンター試験を勘違いして共通一次などと訳の分らん事を言い出す。
 「あら、たいした違いじゃないわよ。昔は一期ニ期とかっていう時代もあったらしいのよ」
 おかあさん、たいした違いですから。それにそんないつか分らないほど、昔の話はもういいし……それより結局俺の話は理解してくれたのか?
 沢田がすっと俺とお母さんの間に入って昨今の入試の移り変わりについて 説明してくれた。
 「……というわけで、まだ、この時点でさえはっきりと決まっていない事も多いんですよ。 少なくとも、僕らのセンター入試からはリスニングが加わる事は間違いありません」
 「まぁ、そうなの。沢田君がこんなに分かりやすく説明してくれてるのになんか、さっぱり分らないわ。でもありがとう、最近の入試が複雑だっていうのは充分わかったから」
 疲れたようにお母さんはため息を落とす。
 確かに俺の場合デッサンとかならある程度の自信はあるけど、それだけじゃないからな。母には片親だというのに何かと心配をかけている。父の遺産があるから大丈夫とはいうけれど、本当に母はわかっているのだろうか……俺が思案していると、俺には使った事のない柔らかな口調で沢田はさらに説明を加えていた。
 「どういう進路にしろ、英語は必要ですよ。じゃあ、僕達、二人で英語の予習があるんで」
 英語の予習……ちょちょっと!勘弁してくれよ?まだ、8時だぞ…だって「英語の予習」ってそれは俺らの隠語でえっちを指すのだ。
 「え?あの、まだ、時間が早いんじゃない?」
 「たくちゃん、せっかく優秀な沢田君が教えて下さるのよ。さっさと自分達の部屋にいきなさい」
 この隠語のせいで沢田は俺の母親まで味方につけてるのだ。
 「いくぞ」
 「いくぞって、ちょ、ちょっとまて」
 「なんだよ、今さら」
 とたんに眉間に皺が寄る。
 「なぁ…お前だってさ、毎日だと飽きないか?」
 「全然」
 しらっというなよ。しらっと。
 「お、俺は飽きるっ!」
 「そうか?その割に気持ち良さそうだけどな」
 こいつめ、よくそんな事が……その気にならなくたって勃つまでやるのは、いったい どこのどいつだ。むっとする気持ちをなんとか収めて冷静になる。
 「せめて今度のバレンタインまで少し、時間を開けないか? ケツが弛んだら嫌だし」
 俺の科白に沢田は改めてまじまじと俺の顔を見つめた。
 「……たくちゃん、下品だなぁ」
 おい!おまえ、お母さんがたくちゃんっていうからって。
 「たくちゃんはよせ」
 「わかったわかった」
 思ったよりあっさりと、それこそこっちが拍子抜けするほどに、あっさりと沢田は自分の部屋に入っていった。 絶対何かいわれると思ったのに。いつもはあんなに強引なのにどうなっちゃったわけ?いや、俺としては助かるんだけど、釈然としないのはなぜだろう。
 それからの数日間、沢田の俺に対する態度は殆ど変わらない、何が変わったかといえば、唯一夜の生活だけ。本当にそれだけだ、こっちが気抜けするほどに。
 
 そして何時の間にか時は過ぎてバレンタインの前の最後の週末。街の専門店のチョコレート売り場ははとんでもなく込んでいた。
 どうせ、俺にはそんなに縁のないイベントだから、ウィンドウ越しに覗くだけだけれど、ふと見ると母の姿がある。
 「あれ、お母さん、どうしたの?」
 「沢田君とたくちゃんの分くらいは、コンビニじゃなくて、ちゃんとしたのを買おうと思って」
 そこに沢田がまるで待ち合わせたように現れた。
 「あら、奇遇ねぇ。せっかく顔を合わせたんだから、喫茶室でお茶でもいかが?ここの喫茶室は有名なのよ。」
 上機嫌な母に沢田は、「喜んでお供させていただきます」といってぐいっと腰の引けてる俺の腕をひっぱった。
 デパートのエレベーターで随分と上の階に上がるとそこは俺ら子供が来た事もない専門店街だ。
 なんか、高そうなところばかり。
 「アールグレイでいいわ」
 「あ、俺も」
 気後れしながら、母と同じものを注文する。
 沢田の方はとみれば「僕もアールグレイをアイスティーで」なんて馴れた仕種で注文してやがる。
 お前の方が田舎者のくせにどうなってるの?
 恭しく運ばれてきた紅茶は味音痴の俺でさえ、濃厚な紅茶の香りがここは高級品ばかりを扱う店なんだろうと嫌でも意識させられて。
 ファーストフードならここに払った金額で腹一杯食えるんだろうに。
 俺がそんな事を考えてるのに、沢田はすました顔でグラスを口に寄せて香りを楽しんでる。
 ちぇっ、様になってないのは俺だけかよ。
 「そういえば、バレンタインっていつから始ったのかしらね。お母さんが子供の時分にはもうすでにあったと思うけど」
 「そうですね。実はバレンタインディのバレンタインっていうのはそもそもローマ時代の司教の名前からきているんです」
 思わず、俺もへぇボタンがあったら押しそうになった。
 「この話は西暦3世紀のローマで皇帝クラディウスは若者達がなかなか戦争に行きたがらないのは、恋愛にうつつをぬかしているからだと、勝手に誤解してしまったことからはじまってるんです」
 俺と母は沢田の淡々とした語り口にしだいに引き込まれていった。
 「そのころ、イタリア中部にあるテラモではキリスト教に対する迫害と弾圧に街の人々は戦々恐々としていたのです。しかも皇帝はなんと例の誤解から結婚を禁じてしまいました。 しかしそれを見かねてその街の教会に生まれて司祭になった聖バレンタインが、若者達をこっそりと結婚させていたんです」
「そ、それで?」
 「当然怒った皇帝クラディウスは、聖バレンタインに罪を認めてしかもキリスト教を捨て、ローマの多神教に改宗するように命じました」
 「それで当然その司教様は、断ったのね?」
 「そうなんです。その彼が投獄され処刑された日が、西暦270年2月14日、まさに今のバレンタインディだったわけです」 
 「沢田君って本当に勉強ができるだけじゃなくて博識なのね」
 「いえ、そんな…雑学が得意なだけですよ」
 俺達は和やかな雰囲気のまま、そのまま、近くのレストランで食事をした。そして上機嫌で部屋に戻った俺達だったが、すごく和んだ雰囲気だった今夜もやっぱり沢田は俺の部屋に訪ねてこない。
 俺がバレンタインディまでお預けしたからか?やっぱり俺のせいかよ。俺はさんざん迷いながら、結局沢田の部屋のドアをノックする。
 「なんか用か?」
 声が強張っている。
 「いや、別に……」
 「じゃあ、出ていってくれ」
 「なんだよ、その言い種は」
 「だって、身体が辛いんだろう?」
 そういって口角を上げた沢田の笑みはやけに寂しそうで。
 「今まで、そんなの気にした事なかったじゃないか!」
 俺が怒ると沢田は俺を部屋にぐっと乱暴に引き入れて折れるほど抱き締めた。
 「長く使うつもりだからな。大事にしたいんだよ」
 そういいながら俺の身体を弄っている。
   「お前が悪いんだからな。今夜は覚悟を決めろよ」
 なんだよ、それって〜〜!気遣ってくれてるのはわかる。わかるが、どうも釈然としない俺。そのまま やっぱり俺達の熱い夜は過ぎて……。結局朝までたっぷりやりやがった。やっぱり騙された気がするぞ。こんな感じで俺の身体はバレンタインまでもつんだろうか?

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