嘘だといってくれ

遥か日輪の彼方に(プロローグ)

You can't be serious.


  金属音に近いグラスどうしが微かに触れて鳴る音がしてくると本格的に客が入ってきた事を知る。

 そろそろ俺の出番だ。店内から漂う、煙草と香水の混ざったどこか淫蕩な香り。

 俺は安い客の相手や、暇な時間から店内に入る気になんかならない。なぜなら、そんな事にエネルギーを使うほど暇じゃないから。

 そう、ここは金だけはたっぷりもってる厚化粧のおばちゃんや、ちょっと頭の足りないねぇちゃん。接客に疲れ切ったホステス、そんな女性たちから金を搾り取る店。

 まぁ早い話、俺はホストだ。正直言って俺の顔は、凄く良いってわけじゃない。

 そりゃあ人並み以上な事は間違いない。一応この辺りじゃ高級なこの店のナンバー1だから。

 だけど、ホストっていうのは元来、顔の善し悪しより、女に金を使わせる為に甘い言葉を囁いて女を喜ばせるのが本筋だ。だから多少の事なら決して感情で怒ったりしない、甘い言葉で優しく諭すだけだ。無論怒る時は本気で怒る。いわゆる飴と鞭ってやつだ。

 俺に夢中になっている女達に言わせるとそれが俺の場合絶妙らしい。

 ホストクラブに来る客は殆ど決まったパターンの客が多いのだけど たまに変なのもやってくる。

 そう言えば今日の客もそんな奴だった。

 サングラスをかけた姿勢の良い小柄な男。

 イタリア辺りの生地を使ったオーダーメイドの背広にピカピカに磨かれた靴。 あのサングラスはガイマティオーロ?どちらかというと女用のはずだが違和感なく身に付けてる。

 こいつ明らかに上客だ。

 残念ながら俺のところに来た客ではない。

 人畜無害の顔のせいかホモに人気のある敦史の客だ。 この客……俺の見立てが間違ってなければ多分、一晩で100万は使いそうだ。敦史のやつうまい事やりやがって。

 100万使う客ならこの際ホモでも構わないのに……俺はそう思って見ていた。

 しばらくすると敦史が徐に立上がって控え室に走ってゆく。目には涙が光っていたような?

 女じゃあるまいに、何をやってるんだ?

 マネージャーが俺の処にきて耳打ちをする。頼むから少しの間あの客の機嫌をとって欲しいと……。

 ナンバー1の俺様に機嫌を取らせるとはいったい何様だぁ?

 まぁ、そんな内心はおくびにも出さず、どんなお固い女も腰砕けにする営業スマイルで俺はその客に近付いた。

 「お前を呼んだ覚えはない」

 第一声がそれかよ。

 「あつしが何か御無礼な事を致しましたか?」

 「知らん、勝手に泣いただけだ」

 抑揚のない小さな声。あまり感情の伴わない……意外とやっかいな客かもしれない。

 俺はそう思って急に気を引き締めた。どうやらこの客とは真剣勝負になりそうだ。そう本気で思わせた男それが彼だった。

 「それにお前を呼んでもいないのに来る必要はない」

 俺はその言い方にむっとした。最初から宣戦布告だ。

 ホストクラブは本来、女が男に対して金を使うところでお前みたいなホモ野郎が来るところじゃねーぞ……

 口には微笑みを浮かべつつ俺は脳内でそう叫んでいた。

 「お隣に座ってもよろしいですか?」

 「だめだ、立っていろ」

 こうなればこいつと根比べだ。立ってその客の姿をちらちらと盗み見る。

 サングラスではっきりはしないが、かなり若い男だ。そしてどちらかというと華奢な…… 何も好き好んでこんなところに来なければ、結構男にも女にももてそうなタイプかと思う。

 しかし……かなり背が低い。162〜165cmくらいだろう。立っているので瞳は見えないが上から見ると睫が信じられない程長く、整った鼻梁だ……おれよりよっぽど良い男かもしれないそう思うとなぜか背筋がぞくっとする自分に驚いた。

 たいしてうまくもなさそうにカミュ・ジュビリーを飲んでやがる。

 俺は思わず喉が鳴った。ここに勤めてから覚えた味だ。

 「欲しいか?」

 俺がコクンと頷くと「私の口から直接飲め」といいやがった。

 もちろん、俺は躊躇なくそいつの口から芳醇なバカラを味わう。

 店内から「いや〜〜っ!しづきくぅ〜〜ん」「志月やめて〜〜」などと女達の悲鳴が聴こえてきたが俺は遠慮なくやつの唇を味わった。

 驚く程柔らかく、男の愛撫に馴れた唇。やつはまさか俺が店内で唇から 直接酒を飲むなんて考えもしなかったのだろう。

 だが、この程度の嫌がらせなら可愛いものだ。逆にもっとこの唇をじっくり味わいたいと思った程だった。

 やつの平手が飛んできたので思いきり、その手首を掴んだ。

 「隣に座ってもよろしいですね?」

 有無を言わさずその男にしては細い手首を握りしめるようにすると思いのほか素直に奴は首を背けて「勝手にしろ」といった。

 少しだけやつの頬が染まっているのを俺が見逃すはずがなかった。

 「ここへは何度も?」

 「今日が初めてだ。だが失礼なホストがいるから2度と来ないかもしれない」

 「そういう方に限って必ずいらっしゃる」

 俺は余裕で言い放つ。

 「あなたは必ず来ます。僕を指名しにね。お名前は?」

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