海原

cradle of the deep 10



結局その晩も次の晩も海野は部屋に戻ってこなかった。
そのかわり顔も覚えてないようなクラスメイトが数人雄斗達の部屋にやって来た。
しかし、食事を運んでくれただけで、それも雄斗が食べ終わるとまるでいたたまれないように 慌てて出ていった。
少しくらいゆっくり誰かと話しをしたい。
ふ〜〜〜〜
深いため息が出る。
自由にならない身体でなんとか起き上がり、雄斗は部屋を出た。
何をするわけでもなかったが、テレビもラジオもないし持ち込んでいた本はすべて読んでしまっている。 退屈で仕方なかった。
部屋の角で見知った顔がこちらに向ってくる。
「久住...先輩....」
「辛そうだけど大丈夫?」
「ちょっと退屈だったから」
「お見舞いがいっぱい来ていたようじゃないか」
「.....なんで先輩がそんな事を知ってるの?」
「まぁ、いいじゃないか。それより学校を休んでるくせに部屋をでてもらっては困るな。」
「だから.....退屈なんだよ」
雄斗の声が次第に不愉快なものに変わっていく。
「海野を部屋に返して欲しいのか?そろそろ身体が疼いてるんじゃないの?」
歌うように久住はからかった。半分は脅しである。
「戻ればいいんだろう」
「そうさ、戻ればいいんだ。部屋から出たら承知しないぞ」
ドスを利かせた低い声でそういうと久住はぽんっと紙袋を雄斗に放って寄越した。
雄斗は思わず受け取ってしまった袋を開けて中を覗き見る。
そこにはなぜかキャンディやらチョコやらとマンガが数冊入っていた。
「...っ!俺はガキじゃねーんだよ」
雄斗は悔しそうにその袋をぶんぶんと振り回してみせた。しかし突き返す程の度胸もなく 雄斗はすごすごとその袋を持って部屋に戻るしかなかった。

あちこちの部屋から微かな物音がする。
多くの寮生達は心配そうに2人の様子を伺っていた。殆どの生徒達は雄斗の事を生意気ではあるが 憎めない可愛い奴だと思って同情的だったのだ。ほっとしたため息が寮内のあちこちで漏れ聞こえていた。

「子猫ちゃんにプレゼント渡しておいたぜ。お前からって言わなくてよかったの?」
海野は久住の言う事は殆ど頭に入ってこないらしい。
「....まだ、本調子じゃないんだから、ふらふらしてんじゃねーよ。全く...」
そういって海野は片手で口を閉じると首を振りながら俯いた。
「有賀も苦労してるみたいだな。いちいち森川先輩の行動を監視して嫉妬してるらしい。 あれじゃあ、森川先輩も嫌になるだろうなぁ。」
久住は話を変えようとしたがまた、結局、海野が話を元に戻す。
「嫌になるよ...な。俺だってしつこいやつなんか大嫌いだったし。」
久住は呆れたように海野を肩ごしに見た。
「笙...」
声が続かない....それは久住がはじめてみた、海野の涙だった。
海野の大粒の涙が頬を伝って落ちていく。
「苦しい....。どうしたらいいのか。胸が潰れそうだ。俺が俺じゃないみたいだ。
アイツは途中から殆ど抵抗なんかしなかった。
ただ、嵐が通り過ぎるのを待っているみたいに、心をどこかへ飛ばしていた。
俺と触れあってるのに、アイツの心がどこかへ飛んでいくのが解るんだ。
アイツがいないからっぽの身体にまで欲情してめちゃくちゃにしてしまう自分が 自分でも止められないんだ。
身体を繋げてる間、アイツは指いっぽん動かそうとしなかった。
ただ、待っていたんだ。俺の欲情が通り過ぎるのを.......。
それに気が付いても俺は止まらない、自分を止められないんだ。
どうにかして欲しい。将司....助けて、助けてくれよ」
海野は自分の始めての恋心を持て余しているのだ。そう思うと久住は自分の中に 凶暴な何かが生まれるのを感じた。
「助けてやるぜ.....」


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