出る杭は打たれる 6 





 「あなたをあのまま帰したくなかった」
 「何をいってるんだ?お前、変だよ。俺はその辺にいくらでもいるおやじだ。そんな事を言われて舞い上がるとでも思っているのか?ばかにするのもいいかげんにしろ」
 照れくささもあって俺の言葉遣いもついぞんざいになっているのに、恐神の方は気にしてる素振りもみせない。それどころか、
 「憧れていたんです。ずっとあなたに」
 恐神がそう淡々と話しはじめるのを俺はなんだか、他人事のように聞き入っていた。
 「初めてあなたにお会いしたのは、多分大学のアイスホッケー同好会の練習試合だったと思います」
 そんな前?
 俺は酷く驚いてまじまじと恐神の顔を見つめる。
 「僕らにとっては、あなたはアマチュアとはいっても花形選手で、雲の上の存在だった。 あなたのプレーを見るまでは、アイスホッケーになんか興味もなかったんです」
 そんな前から?それに……
 「ホッケー……なんかしてたんだ」
 意外だった。
 いや、実際北海道か日光出身じゃなければ、大学からアイスホッケーをやりだすと言うのはごく自然なながれではあるのだが。
 「えぇ、大学にはいってからのプレーヤーだったからあまりうまくはなりませんでしたけどね。 それより、あなたが今の会社に入社されたのは存じてましたが、私に学生時代のような感慨はもうなかった」
 そうだ、大学卒業から20年もたっているのだ。今さら……。
 「だったら、なぜ?」
 「去年の秋でしたか、釧路からの飛行機……偶然御一緒だったんですよ。すぐに矢萩さんだと気がついて声をかけようとしましたが、あなたの様子はとてもかけられるような状態じゃなかった」
 彼がいっている時がいつをさしているのか…俺にはすぐわかった。
 「じつはあの時、僕はちょうど矢萩さんの通路を挟んだ右に座っていたんです。あなたは2人掛けの窓際に座ってじっと外を見ていましたね。何か外を飛んでいるのかと勘違いするほど熱心に窓の外を見つめていた。だけど違ったんだ、あなたは窓に映る自分の姿にただ、ため息をついていただけだった」
 あの時の自分は全く覚えていない。どうやって東京に戻ったのかさえ、覚えていないのだから。
 「あなたが泣き出すのではないかと僕はじっとあなたから目を離せませんでした。でも、結局あなたは、涙ひとつ零さなかった、そんなあなたを見て、僕はあなたにいったい何があったのか知りたくなったんです」
 「なぜ?」
 「なぜでしょうね。女や子供みたいに男だって泣きたい事はある。だけど僕達男は結局泣く事を我慢する。 だけど、泣かないからといって悲しみや苦しみが消える訳じゃない。普通は人前で意気消沈しても しょぼくれたくらいにしか見えないのでしょうが、若い時からずっと張り詰めて突っ走ってきたあなたが、 意気消沈するさまは、まるで迷子の幼子が母を捜すように頼り無さげだった」
 だから、それをしょぼくれているっていうんじゃないのか?
 「あなたに憧れていたけれど、その時まであなたを綺麗だとか、可愛いなんて思った事は一度もなかった。 だけどあの時のあなたをみて、僕は抱き締めて攫ってしまいたいような衝動にかられたんです」
 そういうもんか?
 こいつが変わっているだけだろう?
 というか熱病にでもうなされてるとしか思えないが。
 「東京について、仕事より先にしたことは、あなたに何があったか知る事と、なんとかあなたの会社と コンタクトをとることだった。あなたに何があったか知りたかった。あなたの事を放っておけない自分が あなたに恋をしているせいだと気がついたのは最近ですけどね」
 「ばかな……」
 「ばかでも結構。今までこういう気持ちになった事は一度もなかった。身体を重ねる事に 僕はあまり意味を感じなかったし、仕事もやりがいがあって充実していた、僕でなければと いつも思えたから」
 ふと心に浮かんだ疑問が口をつく。
 「あなたが結婚したことがないのは、ゲイだからじゃないのか?」
 「女ばかり相手にしていたので単に性に対して淡白なんだと思ってましたけど、あなたの事を考えるだけで僕の全身は煮えたぎるようだ。自分でも信じられない」
 あまりにもストレートな物言いは返答に困る。こいつが俺の返答を待ってるとも思えないが。
 「そういうものか?俺はゲイだから、あんたのような気持ちは良く分らんが」
 「あなたの思い人の事も調べさせていただきました。ホッケー仲間の40才。地元の中堅会社の部長さんだそうで」
 いったいどういうつもりで駿の事を……。
 「よせよ、彼はもう俺とは関係ない」
 「知ってます。あなたと付き合いがあったのが20年も前だった事も、彼に結婚話が出てあなたの方から身を引いた事も」
 「いうな、思い出したくない」
 「その間、あなたはずっと彼を忘れてなかった、身体を重ねる青年たちは何人かいたけどどれも本気じゃなかったのか続いたのはなかったみたいですね」
 「そんなことまで調べたのか」
 「葛西さんでしたか?彼の奥さんが亡くなってあなたが、慌てて故郷に戻られましたね」
 「うるさい、そんなの俺の勝手だろ」
 「でも、彼にはもう、他の若い男の恋人がいた」
 「いうな」
 「あなたは彼の本当の気持ちを確認して黙って身を引かれた。彼の為に左遷と思われかねない 転勤を望み、あまつさえ20年も思い続けてきたのに」
 「……。ばかな男だと思っているだろう」
 「知れば、知るほどあなたが好きになった。自分の思いを押し殺せないほどに」
 よくもまぁ、そんな歯の浮くような台詞がすらすらと出てくるものだと俺は感心する。いろいろな面で自分に自信があるからこその台詞なのだろうが。
 「それは一時の気の迷いだ」

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