ダイヤモンドダスト番外

8月の七夕2



 すべてが朧げで視界がはっきりしない。足下は湿地だ。手に汗が滲んでいる。

 「森川さん、そっちにいったらだめだ。帰れなくなる。戻ろう」

 僕は必死に叫ぶが、森川さんはどんどん行ってしまう。

 「あいつが待ってるんだ」

 「あいつって誰だよ」

 「君には関係ない……」

 冷たい一言に僕が茫然自失としていると森川は濃霧の向こうに消えてゆく。

 関係ない……。そんな一言に思わず涙が流れた。

 柔らかいものが唇に触れ、そのまま目尻の涙を吸い取るものがいる。 思わず目が醒める。

 「も、森川さん?」

 「何を泣いていたの?夕御飯の支度が出来たみたいだよ……」

 「夢?」

 なぜ、あんな夢をみたのだろう。僕はいつか森川さんが僕を捨ててどこかに行くと 思っているのだろうか?

 「せっかく二人で来てるのに悲しい夢なんかみちゃダメだよ」

 優しく肩を抱いて、食堂に向うと、豪華な舟盛りや美味しそうなサラダ 圧巻は手造りのイクラ丼の食べ放題もあった。どれも美味しそうで目移りしてしまう。

 森川さんと一緒に地ビールと地元産のチーズで乾杯しながらあたりをみると 殆どがカップルか家族連れだった。

 僕らはみんなにどう見えているんだろう?意識するとちょっと恥ずかしいけれど 僕は御馳走を前にしてどんどん食がすすんだ。他の人も僕らよりこの御馳走に関心がありそうだ。

 どれも新鮮で手造りのアットホームな感じがして嬉しかった。ふと隣をみると森川さんはあまり食べてない。

 「もう、食べないの?」

 「食事が終わったら出かけよう」

 「どこに?」

 「湿原だよ」

 湿原と聞いて僕はさっきの夢を思い出し、少しだけ躊躇する。

 「いいからおいで、すてきなものをみせてやるから」

 僕は小さく頷く。彼を信じないで誰を信じると言うのだろう?

 車で30分ほどのところに目指す湿原はあった。 森川さんが僕の背中を軽く押しながら、早く行こうと急かす。 乗り気のしなかった僕も暗い闇の中で何が起こるのかわくわくしてきた。

 いったいこの闇はどこまで続いているのだろう。僕は怖くなって携帯を出した。 携帯の明かりが廻りを照らす。

 森川さんはにっこりと笑って携帯を仕舞うように指で合図する。 まだ、駐車場から数メートルも離れていないのに、森川さんは僕の顎を掴んでいきなりキスしてきた。

 「んっんんっ」

 舌までいれてその上指が下に降りてくる。僕は慌てて身を捩って避けると、彼のからかうような 笑い声がした。

 勘弁してよ!いくら暗いっていっても人も通る木道だ。遠くで話声もする。

 「可愛い寝顔みたら早くキスしたくて仕方なかった」

 彼はそう涼しい顔で言い放つ。

 「……だからって、こんなとこで……」

 「祐也はいつまでたってもウブだなぁ」

 僕がウブなんじゃなくて森川さんが節操無しなんだってば。

 「森川さん……」

 「それに祐也はいつまでたっても名前で呼んでくれないね」

 「だって年上だし」

 僕がそういうと 怒ったのか森川さんはどんどん先に進んでいたが急に立ち止まったので慌てて追いかけていた僕は森川さんの背中におもいっきり激突してしまった。

 「いた、あそこ」

 彼が指差す真っ暗な中にぼうっと小さな黄緑色の光がゆっくりと点滅してる。

 ホタルだ

 「あれはメスだな……」

 「どうしてわかるの?」

 「光の点滅の仕方がちがうのさ」

 そういいながら、僕がホタルの幻想的な舞いにうっとりしてるとすたすた奥にいってしまう。 ところどころで家族連れや恋人達とすれ違いながら、僕らはどんどん奥までやってきた。

 もう、すれ違う人もいない、僕は闇と湿原の匂いとカサカサと鳴る茅の音にしだいに心もとなくなるのを 感じていた。森川さんは不安じゃないんだろうか?

 「ほら、天の川だよ。ここは七夕にぴったりだ」

 彼に即されて天空を見上げる。満天の星

 本物の天の川は初めてみた。

 「あれがベガであっちがアルタイルだ。織姫と彦星だよ。 正倉院の時代から、この星は親しまれているんだ」

 彼の声が闇に吸い込まれていく。

 ところがロマンチックな気分が一瞬にしてぶちこわされるような、妙な動きの星。

 「あれ?もしかして人工衛星?」

 「いや、あれは僕だ。可愛い織姫に会いに行くのさ」

 謎めいた彼の台詞を訝しくおもいながらも、僕はその星から目が離せなかった。 その星は消えたりついたりしながら、ゆらゆらと蠢いている。

 「あ、もしかして?」

 「そう、ホタルだよ。あんな高いところも飛ぶんだね。この時期、ホタルをみた古代の人が 織姫と彦星の出会いの話を考えついたのかもしれないね」

 そういってまた抱き締めてくる。

 「好きだよ、祐也」

 キスをしながら、さらに強くぎゅっと強く抱き締められた。 彼はこれを見せたくて僕をここまで連れてきてくれたのか?

 あぁ、なんてロマンチックな夜。僕は拙いながらも必死に彼のキスに答えようとすると息が上がってきた。

 「後は部屋でゆっくりしよう」

 彼にそう言われる頃には僕は肩で息をし、腰が立たなくなるほどキスに夢中になっていた。 森川さんは僕を丸太のベンチに座らせるとポケットから何か出した。あれはたしかペンションで管理人さんから受け取っていた透明な容器に入った謎の物だ。

 その謎のモノからまるでホタルのような光が発せられる。

 「あ……来る、また……」 僕らの廻りにホタルがいっぱい集まってきた。僕の掌にも乗って光っている

 「……なぜ?」

 「これはね、メスがオスを誘惑する信号さ。この定期的な光でオスを引き付ける。そしてオスの方もこうして3回続けて光らせて会話してるのさ」

 光り方を変えると今度は別のホタルが集まってきた。メスが集まってきたのか。 ホタルの世界でも男は働き者らしい。

 「森川さん……こんな素敵な夜を……ありがと……」

 僕はめずらしく素直に感謝の言葉がいえた。

 「いいんだよ。これからベッドでたっぷりお返ししてもらうから」

 彼がいうと冗談に聞こえない。でも僕はそっと彼の指に自分の指をからませて 彼の肩に頭をもたれかけた。

 「帰ろうか?」

 「うん」

 8月の七夕を僕は一生忘れないだろう。






(18禁……18才以上でこれ以上読みたい方だけは『お返し』をクリックしてね(笑))

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