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「女性なら金さえ積めばいくらでも手に入る。それは妙高寺さんも同じでしょう?何もこんなホストクラブに
こなくたってただ、二人だけでゆっくりとお話がしたいと申し上げてるんですよ」
相手は最近IT関係で何度か名前も取り上げられたやり手の実業家だった。
いったいどういう経緯で城がこんな男と話をしているのか志月にはさっぱりわからなかったが、
ピンチな事は間違い無いようだ。
「ここには、おもてなしのプロがいっぱいいらっしゃいますから」
苦しそうな城の声が聞こえた。
2席あるVIP席は互いにすぐ近くにあるので、多少なりとも会話は隣のVIP席にかけていた志月にも微かに聞こえてくる。
「別に男にもてなしてもらわなくても結構です。女もいらない。私はただ、妙高寺さんとゆっくりね。わかるでしょう」
その会話を聞いて志月は頭に血が上りそうになるのをやっとの思いで押さえる。
七夕飾りが飾り付けられたソングオブジャマイカの葉の蔭からそっと様子を窺うと城はすでに真っ青で微かにふるえてさえいる。
相手の男は嫌らしいおやじかと思いきや、いかにも遊び馴れていそうな30代そこそこの青年だった。
多分女遊びにも男遊びにも飽きて、城に目をつけたのだろう。 一部の人々には城と前会長との仲は周知の事実だったから。
業務提携で大きな損失を出しそうだと先日話をしていたので、この青年実業家はその関係かもしれなかった。
どちらにしても城が窮地に立たされているのは間違い無かった。
こんな時こそ、恐神の出番だろうに、彼は今数年ぶりの長期休暇をとってここには来られないと言う。
『今まで殆ど年中無休24時間営業のコンビニみたいな無茶な働き方をしていたから、ほっとしてるんだ』
城は数日前に本当にほっとしたようにそういっていたから、きっと恐神に頼る事もできないのだろう。
志月が横から見ていると俯き加減に話す城が可憐に見えて、城に難題を吹っかけているのであろう取引先の男をなんとかできないものかとそっと聞き耳をたてる。
「別にね、僕はいいんですよ。金は使い切れないほどあるし、この投資した株が紙屑になろうとも
かまわない。それだけあなたにかけているんだ。何もとって喰おうっていうんじゃない。
二人だけで話す機会が欲しいっていってるだけなのに。ちょっと過敏すぎるんじゃないかな?」
城がその一言でびくっと狼狽える。それをみて猪原は満足そうに微笑んだ。
「いや、過敏は嫌いじゃ無いんですよ」 志月はその様子を歯噛みしながら堪えている。
「猪原さん……」
城の膝に不自然に置かれた手を城はぐっと押し退けながらぶるっとさらに身震いをした。
もう我慢がならないと志月は立上がった。
「これは、これは妙高寺さま、いつも御利用ありがとうございます。震えていらっしゃるようですが、
冷房が強過ぎましたか?」
まるで、自分がここのホストのような振りで近付いた。
「おい!」
猪原と呼ばれていたその男は、不機嫌さを隠さずに立上がって志月を睨み付けるが、志月はまったく気がつかない振りをしながら、大袈裟に城に近寄って額に手をやった。
「大変だ!熱があるじゃありませんか?控え室を用意いたしますから、ささ、こちらへ」
そういって城を抱きかかえるようにして奥に下がらせると、顔見知りのホスト潤に城を預ける。 「悪いがこのまま城さまを裏口から自宅のマンションに帰らせてくれないか?後は俺がなんとかするから」
「誰かヘルプをつけましょうか?」
「いや、多分いらない。なかなか客が帰らなかったら新人でもつけてくれ」
そういうと志月はすぐに席に戻りながら、営業スマイルを浮かべた。
城に最高級のエステやヘアカットサロンに連れて行かれるようになって、もともと整った顔立ちの志月はさらに色っぽさも加わっていた。尤も残念ながら本人にその自覚は全くなかったが。
「おい!一緒に来た客を勝手に帰して失礼だとおもわないか?」
「申し訳ありませんが、妙高寺様は急病の御様子です。このまま入院かもしれません」
「入院?わざとらしい。嘘をつくな」
「嘘なんかじゃありません。妙高寺さまは最近めっきり痩せられました。風邪のような症状が長く続いて…」
「どういう意味だ?」
「別に深い意味なんかありません。先だって無くなった前会長が倒れられた時と症状が似てるような気がしたものですから」
猪原は謂わんとするところを慮って真っ青になった。
「急用を思い出した。もう、帰らせていただく」
「ここのお会計は、猪原様に回してよろしいですね?」
志月は畳み掛けるように猪原の背中に向って言い放つ。
「勝手にしろ」
別に嘘を言った訳では無い。前会長は心臓病で亡くなっているし、城も心臓が特別強い訳ではない。たしかに勘違いを誘うように大袈裟に城の事を話したが、勝手に変な勘ぐりをしたのは猪原だ。
奥の控え室に行くと城はまだ、マンションには帰らずに控え室で蹲るように震えている。
「志月さまをお待ちするとおっしゃるので」
顔見知りのホスト潤はそういって肩をすくめてみせた。そのまま潤を控え室から退出させるとそっと後ろから抱くように城を抱き締める。
「城さん、大丈夫ですか?もうあいつ、絡んでこないとは思いますが」
30も軽く過ぎているのに、どこか可憐な少年のような佇まいの城の肩に志月はそのままそっと唇を寄せた。
「俺は頼りにならないかもしれないけど、たまには恐神さんじゃなくて、俺を頼って欲しいな」
城はほっとしながら、ゆっくりと身体を後ろに預けながら志月の肩に頭を乗せると安心しきった顔でそっと目を閉じる。
「さぁ、もう今日は部屋に帰ろう?今夜は雨だけど、去年せっかく城が作った寝室のプラネタリウム
で綺麗な天の川が見られるよ」
そういった志月に城は照れたように柔らかく微笑む。
そのあまりの愛らしさに今夜こそ、今までのリベンジができるのでないかと微かな期待をしてしまう志月だった。
Fin
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