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そろそろ連日の暑さでだれも彼もが疲労とストレスがたまりかけている。
村上志月がこんな時思い出すのは馴れ親しんだホストクラブの喧噪だ。
高い金属音のするのグラスの囁きや、柔らかでムーディーな音楽が柔らかく身体を包み込む。そして煌めくシャンデリアに彩られた座り心地の良いスエードのソファ。一瞬に今日のストレスを吸い取ってくれそうな、
統一された空間に粒ぞろいの洗練されたホスト達が丁重に客を迎える場所。
自分が勤めていた時は、戦場以外のないものでもなかった。
いかに上客を押さえ、売り上げに貢献するか。そんなことばかり考えていたような気がする。
だが、そこを離れ妙高寺グループの会長に納まった城の専任秘書のような立場の今は無性に昔がなつかしくなる。
「ホストクラブに行ってきたいんだけど」
志月のおずおずとしたその申し出に、妙高寺グループの会長に祭り上げられたばかりの城(きずく)は
少しだけ驚いた顔をしてから
「そうだね。さっぱり志月の世話ができないから、志月がそれで暇つぶしになるなら自由に
行ってくればいい」
そう柔らかく微笑んだ。本当に最近の城は寝る間もないほど忙しい。
前に 「実際は僕にすべての決定権があるわけじゃないんだ。寧ろ恐神一族は元々、妙高寺家の血筋から
別れてるから本当は恐神が引き受けてくれて、僕にそこそこの仕事をくれればいいんだけど。
結局、彼もお飾りより実質的な権力が欲しいのさ」
そう城が言っていた事があった。
やくざみたいなサングラスをかけて志月と城の間の様々な事に干渉してくる恐神をうざいと思った事もあったけれど、そんな事情なら仕方がないのかもしれない。
実際、恐神はいったいいつ寝てるのかと思うくらい働いていて、泊まる時も妙高寺家の接待専用の
離れに泊まるか、会社に泊まるかと聞いていたから彼が実質的な妙高寺一族の指導者と聞いてさもありなんと
納得してしまったのだけど。
いったいいつまでこの忙しさは続くのか?
ホストクラブ飲みに行くとは言え、志月の場合はホストは不要だ。グラスと酒といった最低限のサービスをうければあとは大きめのボックスを一人で占領し、カミュジュビリーバカラを注いでゆっくりと楽しむ。
そこでゆっくりと瞳を閉じると色々な事が思い出されてそれこそ至福の時なのだ。
無論、普通の客がホストも呼ばずにこんな贅沢ができるはずもないのだが、ここのオーナーは城だから
なんの遠慮もいらない。ホストクラブを買い上げるなんて城に勿体無いと言ったら、 「志月が他の店で何をやってるのかと心配するより100倍ましだよ。安いものだ」 と事も無げに言われてしまい、志月は苦笑した。
これが他の奴にされたらうざったいと思うのだろうに、城ならくすぐったいような気持ちで逆に嬉しくなる。
やっぱり自分は城にべたぼれなのだと再認識させられる。
「できるだけ綺麗な格好をしておいで。僕の志月が誰より映えるように」
生地から誂えたスーツやイタリアから直接呼び寄せた職人が城や志月の足の木型を作ってから手作りで造り上げる革靴など、揃えてくれるものも一流品だった。
時々、来るなと言うのにいつの間にかやってきて人の席に勝手に座る恐上がうざったらしい事をのぞけば
唯一志月が心落ち着く場所といっても過言じゃなかった。
城が接待で遅くなるといっていた晩に志月はやはりその夜もホストクラブ『クレッセント』の一番奥にある10人は座れるであろうVIP席に志月はひとりで腰をかけ、クリスタルのバカラグラスにカミュジュビリーをゆっくりと注いでいた。その黄金の揺らめく液体をみているだけで志月はなぜか心が落ち着く。
周りでは、何人かの客達が志月をホストだと勘違いしてちらちらこちらの様子を伺ったり、他のホストに尋ねたりしていたが、そんな喧噪も志月にはいつものホストクラブのBGMにしか感じられなかった。
その喧噪が志月にとっては逆に静寂のような落ち着きを与える。
その志月にとっての静寂を破るかのように携帯のバイブが振動しだした。
相手は、恐神だ。 余程の事がないかぎり電話してこない彼からというので、志月は急いで店内の電話ボックスに向った。
「どうかされました?」
『今、城さまがそちらへ向ってます。ちょっとやっかいな取引先にからまれてまして』
「わかりました。僕でお役に立てるといいんですが」
そうこう言っているうちに、城は取引先と思しき年配の男性にからまれながら店内に入ってきた。
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