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恐神がいきなり力を抜くので俺は引っ張っていた勢いのまま後ろにつんのめる。
「何するんだ」 「好きにすればいい」
「するよ」
そういってしまってから、おそるおそる恐神の顔を見上げる。
「するにきまってるだろ」
恐神は怒ったように向うの方を向いている。怒ってるのはこっちだぞ。
なんでも干渉しやがって。
「なんか文句あるのか?」
「別に……貴方がその気になったら止められないでしょう。僕は僕で僕のできることをしますから」
片頬をあげてにやりと笑った。この男はこの顔をしたら碌なことを考えて無い。
「できることって?」
「妙高寺グループで夏でも使えるスケートリンク場でもつくりましょうか」
「冗談だよ……な?」
「本気です。北海道では自分の子供の為に年中使える専用リンクを作った人がいるって
おっしゃっていたじゃなりませんか。会社で作るのは福利厚生の為、別に不思議じゃないでしょ?」
「ダ、誰が使うんだよ。それに管理人だって大変だぞ」
恐神はそこでますます極悪そうに、にやっと笑った。
「そうですね。管理人は伊織さんにやっていただきましょうか?わざわざ北海道になんかいかなくても済むようにね」
「うそだろ?」
青くなった俺に恐神はゆっくりと両手で両頬を掴んで顔を覗き込む。
「何でもしますよ。あなたの為なら。自分でもこんな熱い気持ちを持てることが不思議で仕方ないですけど。
これが恋してるってことなのかな」
俺を覗き込む瞳が優しい。
騙されるものか?
「やることしか考えて無い癖に」
「そんなことはないですよ」
そのとたん、俺はくぅっと身体が宙に浮いた。畳の目がぐるっとまわり、一瞬天井がすぐ近くに見える。
「お、おい!下ろせ!」
これでも俺は身体を鍛えてるんだ。貧相にみえても60kg以上あるんだぞ!
そのまま、彼の肩に担がれたまま隣の部屋へと運ばれた。体勢を立て直そうとすると床と天井が
同時に近付く感じがして目がまわる。
ここは商談に使う部屋じゃ無いか。 恐神が俺を座ぶとんの上にそっと横たえるように俺を置くと
障子を開けて軒下に入る。
外は雨。
誰が飾り付けたのか笹飾りが揺れている。
「七夕か……雨だと天上のお姫さまも逢瀬が叶わないのかな」
どっしりした唐木細工の施された紫檀の座卓になんとか掴まりながら頭を上げる。
「毎日のように身体を重ねても、心がつかめないのなら、年に一度の逢瀬の方が心は満ち足りるのかもしれません」
恐神は背中を向けたまま、雨音にかき消されるような声で呟いた。
「恐神……」
「分かってるんですよ。理屈ではね。伊織さんと僕との愛情に差があるっていうことは」
「……」
「それでも、嫌われるのが分かっていながら愚かな悪あがきをしてしまうのが、恋っていうやつなのかもしれない」
恐神はそのまま肩を落として雨曝しになっている。
濡れそぼる恐神を見ていると俺の方が悪いような気になってくる。
「年に一度会うだけじゃ満足できないんだろ?だから夏に故郷に帰るのも干渉してくるんじゃないか」
そういって肩に腕をのせた。
「伊織さん…」
「俺達男同士だろ?牽牛が二人いるようなもんだ。俺はお前みたいに、くすぐっったくなるような事いえないけど、俺なりにお前を受け入れてるって思ってる。それじゃだめか?」
恐神は小さく首を振る。
「お前だから、嫌がらずに女役を引き受けてるんだ。今の俺にはそれでいっぱいいっぱいなんだよ。
それじゃあ、足りないのか?」
恐神が無言でもっと大きく首を振るから、なんだか俺もこんなガタイのいい生意気な男を可愛いなんて
思ってしまったのだった。
Fin
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