華の翳り 4 忘れ物番外

(熊谷 涼編)


 俺は当て馬か?俺は腹を立てながらマンションのエレベーターのボタンを何度も何度も叩くように押した。

 こういう時に限ってエレベーターは下に降りたばかりだ。

 たった今、目前で繰り広げられていた光景を俺は思い出す。

 あいつの部屋に……孝之の部屋に他の男が入ってきた。

 合鍵を使ったと言う事は、間違い無く前の男なのだ。この俺を嘗めやがって……。

 考えれば考える程腹が立つ。

 リストカットもあの男のせいなのだ。

 俺と寝たのもあいつに嫉妬させる為。

 そうじゃなかったらあんなに人目を惹く美貌の男が 簡単に俺のいうことなんか喜んで聞く訳がなかった。

 最初は騙されまいと思ったのだ。

 あいつが俺のカクテルの蘊蓄を目を輝かせて聞く度、こいつは誰にでもそうなんだ。騙されちゃいけないと何度も自分に言い聞かせていたのに。

 あいつの部屋に来る度に少しずつ増えるバーボンやジンを見て、もしかしたらと微かな期待をしたことは否めない。

 俺のような我が儘で乱暴で好きなものの話になるとまわりが見えなくなる程話し込んでしまう男など どんな辛抱強い女だって1ヶ月しか持たなかった。

 だからいつも期待して無かった。

 友達だって、彼女だっていらないと俺は決心したはずなのに。

 あんなに女に人気があって男達からも一目置かれている美貌の男が、なにが嬉しくて男の俺にだかれてるのかさっぱりわからなかった。

 抱いてみたら具合がよかった……ただそれだけだ。

 後始末もいらない。

 俺が喜ぶと思えば酒も用意する無料の宿泊所だったはずだ。

 あいつが何人の男と寝ていようが、まして前に付き合っていた男が合鍵をつかって入って来たからって なんだというのだ。

 ちくしょー

 なんで俺はこんなに苛ついてる?

 そうださっきの俺は完全に逃げていたからだ。

 事が終わっていないなら何も俺が逃げ出す事なんかなかった。あの空って男を追い出せばよかったんだ。

 くだらね〜な。すべてがくだらねー。どうでもいいんだ。

 あの綺麗な男が俺の下で喘ぐのがちょっと面白くてちょっとアイツの身体がよかっただけだ。

 それなのになぜ、俺はあの晩からあいつを小平孝之をこんなに露骨に避けてるんだろう。

 もう小平に会えなくたって俺ならいくらでも新しい女がついてくる。

 一晩だけなら、後腐れない女だっているはずだ。

 小平と後腐れ無く別れられてよかったじゃないか?

 それなのに、あいつはいまだに俺を捜してあちこちの教室や俺の根城にしていた、クラブなんかを 彷徨っているらしい。滅多に人が来ない図書館の裏で煙草を燻らせていると木陰から大きな人影が現われる。

 「おい、小平ずっとお前を捜してるぞ?どうしてそんなに露骨に避けてる?喧嘩した?」

 声をかけてきたのは同郷の嵯峨で、俺は心の中でほっとした。

 「なんでもねーよ」

 そこに最悪な事にあいつがまた現れやがった。肩で息をしてる。誰かに俺をこの辺で見かけたと聞いて慌ててやってきやがったんだろう。

 「熊谷……待ってくれ。この前はごめん」

 こんな場所でいきなりあの話かよ?

 「俺はお前らと違ってな男を取っ替え引っ換えする趣味はないんだ。汚いから寄るんじゃねーよ」

 あいつの耳許でそう囁いてそのまま立ち去ろうとしたら思いっきり腕を掴まれた。

 小平はなんとも表現し難い複雑そうな顔をして俺の顔をみつめている。

 「なんだよ、気色悪い!」

 「ごめん、熊谷が初めてじゃなくて……」

 小平の消え入りそうな声に俺は飛び上がった。お前、人前で何をいってやがる。そんなこと、そんなこと一言も俺はいってねーぞ。

 嵯峨が少し離れた場所で腕組みをしたままこっちを見てにやにや笑っている。

 「なんだ痴話げんかか、随分大胆なカミングアウトだな。まぁ、俺は誰にもしゃべりはしないけど、今度おごれよ!熊谷」

 「ば、ばっかやろ……」

 小平も赤い顔をしたまま俯き加減にくすくすと笑っている。

 「好きだよ。涼……今は僕にはお前しかいない」

 「あいつは……どうしたんだよ」

 「謝って鍵を返してもらったよ。1年も振り回したけど今の僕は涼しか見えない」

 お前、どうしてこんな往来でそんなベタな事いってるんだよ?

 「僕と一緒に新しい二人だけのカクテル作らないか?」

 俺はこれ以上小平に恥ずかしい台詞を吐かせない為に思いっきり彼を引き寄せてそのまま口を封じた。

 勿論俺の口で……

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