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P子さんへ(孝之編) |
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彼が無言で帰り仕度をする背中を僕はだまって見つめていた。 どうしてノンケのこの男が僕を抱く気になったんだろう?そしてどうして一度だけでなく 何度もこうして僕を抱きにやってくるのか? ホモだと噂されるのは怖くはないのだろうか? 僕にちゃんと女の代わりは勤まっているのだろうか? 少なくとも熊谷の為に彼とこの関係が続いてる間だけでもゲイの友人たちと あったり連絡を取るのはやめておこうと決心したのは、彼と身体を繋げた翌日だった。 それから、様々な誘いがあるが、ひとつもこちらから連絡を取ってはいない。 いつか熊谷に捨てられて寂しい夜を過ごす時には、きっと誰も僕に暖かい言葉をかけてくれないだろう。 それでもいい。 僕はただ、この男を守りたかった。 ただ、気紛れで身体を繋げている関係であったとしても、僕は彼と触れあう事ができる 僅かな時間がとてつもなく大切だった。 最近彼も、やっと男の身体に慣れてきたらしく、泊まる晩は必ず携帯を寄越すようになっていた。 「これから行くから用意しておけ」 そう一言だけ。 甘い言葉なんかない。 事が終われば一杯のカクテルを飲むくらいで あっという間に帰ってしまう。 彼の携帯ナンバーを僕の大好きなポルノの揚羽蝶に設定してあったから、そのメロディが流れ出すと 僕の胸は高鳴り思わずその曲に聞き惚れる。 「いるならさっさと出ろよ」 怒ったように言う声に僕は思わずくすっと微笑んだ。 僕がいつも待ち続けてる、待つって気持ちを彼に少しくらい味合わせてやりたかったから。 そんなささやかな抵抗も熊谷には全く関心がないらしく、最近、彼が頻繁に来るので、彼が喜ぶようにと僕の部屋には次第に様々な酒が増えていった。
裏通りの目立たないビルにある地下の階段を降りて行くと、そこには曰くありげな人を寄せつけない重厚な扉があり、その向こうには小さなショットバーがひっそりと客を待っていた。 そこ『ムーンドッグ』は8人も座ればいっぱいで、テーブル席はたった二つ。その奥に凝った造りのビリヤードと壁にはダーツがかかっていた。 決してゲイバーではないが、男がひとりで入るのに気兼ねない隠れ家。 そんな心地よい雰囲気のところだった。 実は僕は彼の喜ぶ顔が見たくて少ない小遣いでシェーカー、ミキシンググラス、ストレーナー、バースプーン、メジャーカップ、スクイザー などといった道具を取りあえず揃えてみた。 しかし使い方がさっぱり本を見ても解らない。 僕はなめるようにマスターの魔法のような華麗な指先を見つめる。 熊谷が一流のバーテンダーの指先は男も酔わせる……といった一言が僕に小さな希望を与える。 できるなら指先だけでも好きな男にみつめられてみたいと 最近、すっかり常連になった僕はマスターに気に入られたらしく、熊谷が来ない日は、半分ボランティアでそこのカウンターに入るようになった。 なんだかんだとマスターを質問責めにしていたこともあったのだろう。 「そんなに興味があるならちょっとやってみる?」 といってくれたマスターに勿論僕は二つ返事でOKした。 だが、僕がやってるのはバーテンダーの格好はしてるが、殆どは洗い物か雑用だった。 それでも暇な時間にマスターのレイさんにちょっとしたカクテルの作り方を習ったり、シェイクの真似事をさせてもらったりと楽しい時間だ。 バカなやつだと笑うだろうが、熊谷の為に僕は一つでもまともなカクテルが作りたかったのだ。 現金はくれなかったが、マスターはオールド・フィッツジェラルドや、ドライ・ジン、ドライ・ベルモットなど気前良く分けてくれたから決して悪いアルバイトではなかった気がする。 その晩は熊谷が前日に来たから絶対もう、彼は来ないと思って『ムーンドック』のカウンターに入ったのに、休憩で携帯を確かめると10件も熊谷から着信が入っていた。 『どこにいる?』 「あ、バイト先……12時までは 帰れない」 『今度合鍵渡しておけよ』 そういった熊谷の一言に俺の頬は熱くなる。 誤解しちゃいけない、ただの便利な宿泊所だ。 後始末のいらない性欲処理だ。 ただで、酒が飲めてあいつのくどい蘊蓄を嬉しそうに聞く聞き役。 あいつにとってただそれだけの価値しかない僕。 そう思うとなんだが涙があとからあとから押し寄せて止まらなくなる。 着替え部屋、兼休憩室からなかなか出てこない僕を心配して、レイさんが顔を覗かせた。 「どうした?」 「なんでもないです」 「今夜はもうお帰り……店も込んでないし僕一人で充分だから」 レイさんはいつも優しい。 迷惑をかけてはイケナイと思いつつ僕の心はすでにマンションの前で待つ熊谷のところに飛んでいた。 「遅い!」 熊谷は不機嫌そうに呟くと乱暴に後ろから僕を抱き締める。 「バイトって何をやってるんだ?」 熊谷が僕の事に関心を示したのは初めてかもしれない。 「うん、バーテンダーの真似事」 「まだ、洗い物だろ?」 「ビルドからステアに移ったくらい」 「お前、ステアって2種類あるの知ってんの?」 そういいながら首筋に唇を這わせ胸の粒を刺激してきた。 できるならさっさと乱暴にやって欲しい。 彼の愛撫に慣らされて辛くなる前に。 「男も胸に性感帯があるのな」 僕の顔を覗き込むように確認する。 「野郎の喘ぎ声なんてと思っていたけど、お前は別だよ。色っぽい声だ。女のきゃんきゃんする声より腰にくるぜ」 「う、うぅ……」 「もっと啼けよ……その可愛い声でさ」 後ろに彼の昂りを押し付けながら彼が囁く。今夜の彼はいったいどうしたんだろう? 「知ってンのかよ?北埜にはもう他に男がいるんだぜ。あの女狂いって評判のすぎっちだ。お前は二股かけられてるんだ」 熊谷はいったい何をいってるのか? 「俺以外の男の前でパンツ脱ぐんじゃねーぞ。分かったか?」 そんな事をいったら、まるで熊谷が嫉妬してるみたいじゃないか? 僕はなんか可笑しくてくすりと笑ってしまった。 「余裕だな……何を笑ってやがるんだ?」 「涼が僕に嫉妬してるみたいに聞こえるから」 「ばかいってんじゃねーぞ」 熊谷はそのまま乱暴に身体を繋げてきた。 乾いてたそこにいきなり昂りを押し込まれる痛さに僕はうめきながら必死に抵抗したが彼は全く手加減も加えようとはしなかった。 その時、玄関で鍵を開ける音がした。鍵を渡したのは1年も前に別れた空(そら)だけだ。 まさか……僕は真っ青になった。 |