遥か日輪の彼方に9

Coming Out of the Sun


 恐上に掴まってあれこれ聞かれるよりは、サングラスのボディガードに掴まってエステに連れていかれた方が、まだましだと判断して俺は扉に手をかけた。

 それでもあえて俺の方から話し掛ける必要なんてないと思ったから、俺はサングラスを無視するように顔も見ずにすれ違うとそのままエレベーターに向う。

 「志月さま」

 咎めるような声が俺を追ってくる。

 「なに?まだ何か俺に用があるわけ?」

 「エステの予約時間がせまってますので」

 「エステなんかもう、行く必要ないだろ?」

 城にもう会わないって言われた事、この男は聞いていないのだろうか?

 「そんな事はございません。これも志月さまの大切なお仕事です」

 「だからもう、そっちの『残業』は終わったの……聞いてない?」

 「全くお聞きしてませんね。さぁ」

 そう言われて俺は仕方なくサングラスの後を付いてゆく。何故なら後ろからは恐上が追ってきた気配がしていたのだ。こんな男に買われてその上お払い箱になったなんて情けない話を彼だけには聞かれたくなかった。

 それにしてもなぜ、恐上はここでバイトしている?俺を追ってくるほど暇ではないだろうが。

 それでも偶然ではないような気がして少しだけ背筋が寒くなる。

 サングラスの後を屠殺場に連れていかれる家畜のようにとぼとぼとついていきながら、数週間も一緒に過ごしながらこの男の事を何も知らされてない事にふと気が付いて俺はサングラスに名前を尋ねてみた。

 「あなたのお名前……伺ってなかったよね?」

 サングラスの男に一瞬の間があった。今さらと気を悪くしたのだろうか?だが、その後、彼の口から出た言葉は俺を凍りつかせた。

 「恐神朔太郎と申します」

 「え?えぇ?おそがみって……ま、まさか……恐上忍と親戚か?」

 「えぇ、親戚というか……向こうは分家です。恐神のカミの字が上になってるでしょう?神様の神の字は本家しか使えないんですよ」

 彼のその言い方が俺の愚かな反抗心に火をつけた。つい皮肉の一言でも言ってやりたくなる。

 「ふ〜ん、そんな御立派な恐神の本家さまがどうして俺の面倒なんかみてるの?」

 やつは、俺の皮肉なんて端から相手にしちゃいねーって感じで慇懃無礼に答えを返してきた。

 「それは恐神家が代々妙高寺家の御嫡男さまの教育係りを掌って参ったからでございます」

 恐神はそっとサングラスを外す。

 恐上忍に少し似たさらに目つきの鋭い整った顔立ちがあらわれて俺を驚かせた。予想よりずっとイイ男だ。しかも切れ者という雰囲気を醸し出してあきらかにそのあたりの用心棒とは違った。嫌な予感が俺を包み込む。

 「恐神さんはまさか、俺をここに入れる為に恐上忍をホストととして俺の勤めるホストクラブに寄越させたんじゃないよな」

 嫌な予感がして俺の声は上擦り口の中が急速に乾いてくる。自分の意志でここに来たと思っていたが、見えない蜘蛛の糸に絡めとられてここにいるとしたら、これまでの話は全く意味合いが違ってくる。とんでもない事だ。

 「まぁ、あなたに黙っていたのは悪かったと思いますが、志月さまにあのような仕事をやめていただこうと思っておりましたので仕方がなかったのです」

 嘘だろ?なんて勝手な……城の心を弄んだ形の俺は自業自得で仕方なくても忍はどうなんだ?

 「だって、あいつは有名大学の法学部だろう?なんてことさせるんだ。弁護士とか検事とかもしかしたら、判事になれる可能性もあるんだろ?それなのに……」

 「くだらない」

 俺の疑問を一刀両断で切り返す。

 「くだらない?なにがくだらないんだ?」

 「そんなものには、勉強さえ真面目にすればその辺の誰にだってなれる、しかし妙高寺家の執事に成れる可能性は恐神家の血筋を引くものしかないのです」

 そう恐神はなんでもない事のように言い放った。

 「でも……」

 一流大学を出て勿体無い……そう言いかけて、俺は再び閃くものがあった。

「あの……恐神さんはどこの大学を出てらっしゃるんですか?」

  答えを予想して俺はつい丁寧語を使っていた。我ながらこんな自分の一流大学コンプレックスの根深さに笑ってしまう。

 「東大です」

 事も無げに言い放つ。やっぱりな……

  なるほどそれなら悔しいが他の大学なんてカスにしか見えないのかもしれない。

  恐神はそのきつい目つきに似合わず思いのほか優しい声色で語りかけてきた。

 「忍はまだまだ未熟者ですので、何かお腹立ちの点は御容赦ください」

 「別に彼に何かされたわけじゃないよ」

 俺は苦笑した。キスはされたけど半分は冗談みたいなものだったし。

 「それならいいのですが、どうもあの子は分不相応にも志月さまにただならぬ興味を持ってしまったらしいのです。もう志月さまは城さまのモノだと諭したら、いたく傷ついた顔をしておりました。まだまだ弱輩ものですので、長い目で見ていただけませんか?」

 何をいってるんだか?

 俺が誰のものだって?

 何が分不相応なんだよ。

 そういう面でいけば俺よか城には忍がずっと相応しそうだ。

 ……それとも何か?……まさか忍まで俺の事、女みたいに押し倒す対象と見てる訳じゃねーだろうな?

 俺は本気でぞっとなり慌てて頭を振った。  

 また素朴な疑問が俺をとらえる。

 「どうして僕が選ばれる訳?城の相手なら女の方が跡継ぎが出来ていいんじゃないんですか?第一、僕はバカだし、城に合わないと思う」

 「話せば長いお話なのですが、城様はもう女性の方がダメな御身体なのです。しかもお心も病んでおられる」

 「え?そうなの?」  

 それならますますなんで俺なんだよ?俺だって男なんか嫌だよ。城は好きだけど、こんな女役なんか絶対に勘弁して欲しい。俺が城を押し倒すならまだ解るけど。

 「城さまが、まだ幼い頃に借金のカタに実の親から妙高寺家に養子に出されたのです。実家が恋しくて幼かった城さまは何度家出を繰り返されたことか。しかも先代のそんな城様に対する執着も並み大抵ではございませんでしたので……」

 朔太郎がその後の言葉を飲み込むように言淀んだ。その意味を考えて俺は血の気が引いてゆく。

 「まさか、子供相手に無体な事をしたわけじゃないでしょう」

 「私もそう信じたいのですが、今まで城さまは何度となく記憶障害を起こしておられるのです」

 記憶障害?記憶喪失のことだろうか?良く解らないが、ストレスが大きかったのだろう。

 「じゃあ……」

 「いいえ、お二人の事はお二人しか解りません」

 恐神が苦しげな表情で頭を振る。

 胸の上に何かが押し付けられたように俺は息苦しさを感じた。城のおかしな言動もすべて彼の孤独な 戦いの結果なのかもしれない。

 「あの……恐神さん、ちょっと聞いていい?特別な鍵なんかは誰が預かっているの?」

 「鍵ですか?妙高寺家の鍵は私がお預かりしてますが、それが何か?」

 「取りあえず1日その鍵を貸してもらえませんか?」

 少し俺を訝しげに見つめながら、恐神は口角を上げる。

 「鍵は一つじゃ無いんですよ」

 「じゃあ、なんの鍵か解らない鍵があったらそれを貸してください」

 「志月さまが何を考えていらっしゃるのか、解るような気がしますが……」

 右手を顎に当ててにやりと笑うとポケットから小さな鍵を取り出した。

 「城には内緒にしておいてくれないか?」

 「解りました。じゃあこれは一つ貸しですよ」

 「貸し?恐神さんに特別業務なんてごめんだよ」

 その俺の台詞には恐神は何も答えなかった。そして何も聞かなかったようにゆっくりとサングラスをつける。

 「明日には必ずお返しくださればいいですよ。さぁ、エステの時間です」

 そういってエスコートするようにそっと肩を押す。

 なにか幼い子か女の子にするようなその仕種は、自分の今の立場を慮ると切なく胸が疼くのだった。

 

  一通り綺麗な男?ってやつになる為の苦行が終わると俺は食事もそこそこにマンション最上階の例の部屋に戻った。  

 普段ならなけなしのプライドをずたずたのけちょんけちょんに傷つけられ、時には気持ちが悪くなるその作業も今日に限っていえば、アッという間のできごとだった。

 実際城は今までだって週に1度来るだけ、今後は城の方からもう来ないと宣言したのだ。  

 こんなエステなんかする意味なんかもうないのではないのか?

 そんな思いから半分不貞腐れていた俺である。  

 だが、今は鍵を手に入れた事で、まずはあの秘密の隠し扉をあける事……期待で張り裂けそうに唸る心臓を押さえていた。

  いったいあそこには何が入っているのだろう?

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