|
Coming Out of the Sun |
|
城に誤解されていると解っているのに俺は自分の気持ちをうまく説明出来ない。そのまま立ち去る気配の城にうまく言葉がかけられない。だめだ、これならあの時と同じ後悔を繰り返す事になる。 「解放するなんて……どういう意味だよ。俺は監禁されてた訳じゃない。出ていって構わないっていうのは俺はもうお払い箱っていうことか……」 彼が立ち止まる気配がした。 だが、一瞬の躊躇のあと、俺がそれ以上何も言えないためか、それともこんな面倒な俺などいらないっていう意味なのか……またそのまま気配が遠ざかってゆく……。 「き、づく……待ってくれ」 そう言ってから俺は立上がろうとしたが、その瞬間なぜか急に薬が回ってきたのか、俺はそのままそこに倒れて気を失ってしまった。
重い頭が完全に覚醒した時はすでに辺りは明るくなり日が高く登っていた。 城がこの部屋にいた気配はすでになくどこにもなくて、この広い部屋に俺は何事もなかったかのように取り残されている。 これで全てが終わってしまったのだろうか? 身体は鉛の様に重く自由に動く事も叶わない。 昨夜の事はすべて夢だったのだろうか? だが身体のあちらこちらに残された微かな痕跡が昨夜の自分の痴態を思い出させ、俺は誰もいない部屋で独りで顔を赤らめた。 さらに鏡に映った自分の姿を改めて見直して俺はさらに愕然とした。 なんと信じられない事に俺の顔立ちが変わっていたのだ……自分でもどちらかと言うと男らしい精悍な顔だと思っていたのに、妙に生っちろい生気の無い顔。 だが、もっと俺を驚かせたのは鏡に映った自分の抜けるようななめらかな白い肌だった。なんと表現したらいいのだろうか……妙に艶かしくて昨夜城が付けた跡があちこちに鏤められていて、それは昨夜城に散々喘がされた事を思い出させて再び城にいいように翻弄されているようで息遣いが荒くなる。その姿は性別を越えて自分とは思えぬほどに色っぽかった。 思わずそんな自分が正視に耐えなくて目を背ける。 これは俺じゃない……こんなのは本当の俺じゃない……。 鏡に映った自分に欲情するなんて俺はいったいどうなってしまったんだろう? 思わず両手を覆った指の間から再びちらりと自分を盗み見る。 どちらかというと男らしい顔だと思っていたのに、すべすべした真っ白い肌はお前は女の様に抱かれて喜ぶタイプの人間なのだと見せつけられているようで俺は思わずまた、鏡から目を背けた。 それより、今俺が考えなければならない事は、城に会わないと宣言された事実をどう受け止めるかなのだ。今度と言う今度こそやはり俺はお払い箱なのだろう。待ってくれとすがった俺に城は何もいってくれなかった。 だが、まるで印象が変わった自分が鏡からこちらを伺ってる様に気が付くと俺はすっかり毒気を抜かれて脱力し、ベッドに倒れるように横になる。 「疲れた……」 そう呟き、四肢を投げ出す。そのまま力なく全身の力を抜いて眠りに入りたいのだが、興奮しすぎているせいか、とても眠れそうにない。何か気を紛らわせる物はないかと、見るとはなしに広いベッドルームを見回していると俺の視線が一点で動かなくなった。 なんだろう? 今まで全く気が付かなかったのだが、ベッドの足下の壁の一部が光の当たり具合によっては一部に変色したように見えるのだが? 妙に俺の第六感を刺激するものがあって、近寄ってそっとその場所に手を触れた。 その場所だけ何か違う……そんな予感が俺にその場所を確かめるようにコツコツと叩かせた。 他の場所より少しだけ鈍い音がする。 強く押してみるとそこだけ反転した。 しかも何と中に小さな鍵の掛かった扉があるではないか。 扉を押してみたが残念ながら扉には鍵が掛かっていて開くことはできなかった。 しかしこれだけ厳重に何か隠されていると解ると見たくなるのも人情なのである。 目に付く部屋中の引き出しと言う引き出しを開け、必死に鍵を捜してしまったが、良く考えるとそんなに慎重に隠されたものが簡単に出てくるはずもない。だが俺は諦め切れなかった。こんなテレビもパソコンもなく携帯さえ取り上げられた状態の今の俺にいったいなんの楽しみがあるというのか? こんな秘密にちょっとわくわくしたって罰は当たらないだろう。 いったい何が隠されているのだろう? そして鍵はどこにあるのだろうか? その時。インターフォンがいきなり鳴って俺は飛びのいた。 「志月さま、今日は会社に初出勤の予定です。すぐに着替えて地下の駐車場に降りていらしてください」 サングラスの男の声だ。 こいつが俺のボディガードの様に毎日送り迎えをするようになって、すでに2週間ほど経つのに会社に行くのは初めてなので俺は緊張した。 なぜか俺の身体にぴったりに誂えられたオーダーされたシャツと背広が何着もウォークインクローゼットに用意されており、俺は小首を傾げながらも急いで適当な服を選んで着込んだ。 今まで自分が持ち込んだラフな格好が多かったから少しだけ気持ちが引き締まった気がした。 しかも俺をさらに愕然とさせたのはいやだ、嫌だと思いながらもこの運転手とボディガード付きの生活にしだいに慣れてきた俺の節操のなさだった。 確かに少し前までの俺はホストクラブとはいえ、誰にも頼らず自分の力で生き、自分の足で立っていた。それなのに、この緊張感の無さはいったいなんなのか?まるで小屋に閉じ込められたペットじゃないか? 本来、会社に運転手付きの車で乗り付けるなんてつい数週間前までとんでもないと考えていたのに、俺は気が抜けていたのか、サングラスの男が「志月さま、会社の前で降りるのは不味いのでここで降りていただけますか?」と声をかけられるまで、ぼうっとしていたのだ。 「先日行かれた10階の特別会議室で下村が待ってますから、そこで詳しい話をお聞きください」 そんな事をわざわざ指摘されるまで惚けていたなんて、俺は自己嫌悪でますます重くなる足を引きずり小さくため息をついてから「ありがとう」と答えるのがやっとだった。 下村から社員証を受け取って細かなアドバイスを受けた後、俺は37階にある企画室に向った。 指紋をとられてこれがないと部屋に入れませんとカードを渡される。 少しだけ緊張してカードと指紋を照合し、やっと部屋に入ると誰一人俺に関心を向けるものがいなかった。 ただ、一人を除いては……。
「先輩!遅かったですね?」 俺は上司に挨拶をするのも忘れて呆然としてそこに立ちすくんでいた。 「お、恐上……どうしてお前がここに?」 お化けか化け物でも出た方が俺は驚かなかったに違いない。もっとも逢いたくなかった男がこんな場所に現れたのだ。 「やだな、そんなに驚いて……僕ももう大学3年なんですよ。就職活動を兼ねたアルバイトです」 「だけど、お前……夜もバイトしてるだろう……」 大声で叫びたい気持ちを押さえてなんとか俺は声を落とした。この話は諸刃の刃だ。俺だってほんの少し前まで彼と同じ職場で勤めていたのだから。 しかしこいつは法学部のはずだ。 司法試験に現役で受かってるのかしらないが、こんなところに勤めるなんて変じゃないか? 俺はそんな不審そうな瞳で彼を見ていたに違いない。 「俺の事よりどうして志月さんは、ここに出勤してなかったんですか?俺、ここでバイトしてから随分断つのに志月さんに会えないから変だと思ったら、今日が初出勤なんですって?」 俺はそれを聞いて血の気が引いた。 どうしてこいつはこういう事に変な感が働くのか? しかもなぜ、よりによって、こいつが俺の職場にアルバイトにきているのだろう? こいつにだけは、もう終わってしまったものとはいえ、城との関係を知られたくなかった。 「新人研修に決まってるだろ」 俺はわざと怒ったように言ってからそのまま恐上の返事も待たずに課長の席に挨拶に向った。 うまくごまかせたかどうかは定かではないが、表面上はなんとかとり繕えたはずだ。心臓の高鳴りまでは誰にも聞こえないだろう。 そこ課長席に部長の下村もいたので、俺は少しだけほっとする。 「雉子(きじ)くん、彼が村上君だ。優秀だから時々企画課じゃない部署でもお借りする事があると思うがよろしく頼むよ」 そういって俺に小さく目配せした。こんな下村の合図も恐上に見られてなければいいなどと思ってしまう俺はなんて小さな男だろう。 そんな俺の思惑を知ってか知らずか課長は忙しく働いてる社員をつかまえては俺を紹介してくれた。 一通り紹介するとそっと俺の肩にその大きな手を置いた。安心させるためにしているのだろうが、今の俺はいちいち男同士の触れあいにすらびくびくしてしまう。 「ここは完全フレックスだから君のデスクはないんだ。必要な時だけ来てくれればいい。君は部長に大切な案件をすでに任されてると聞いてるから、それが一段落するまで、出社の必要はないよ。その最重要案件が済んだら君の歓迎会を開くから」 最重要案件っていうのはあの件か?城と俺の『残業』の事なんだろう。 いろいろ手を尽くしたであろう下村には申し訳ないが、それに関して俺はもう御用済じゃないのか? だが今の俺にはいくら今の状況に迷っても誰にも質問できる立場にない。 しかも最悪な事に、後ろでは何か聞きたげに恐上がちらちらと様子を窺っていたし、ガラス越しの部屋の外にはあのサングラスのボディガードがこちらに向ってくるのが見えて。 まさに俺の立場は前門の虎後門の狼だった。 |