遥か日輪の彼方に6

Coming Out of the Sun


 下半身の痛みで目が覚めた。

 あらぬところが信じられない程の激痛で思わず仰け反った。

 そのうえもっと信じられない事に、俺はその行為を何も覚えていないときている。

 最悪だ。

 強姦罪で訴えたくても記憶がないんじゃそれすら叶わない。夜の契約を残業として口約束は確かにしたが、それがこんな方法でいきなり実行されるなんて。俺の意志は関係ないのか?男だからって金を貰うからってやっぱりこれは酷過ぎるんじゃないだろうか?

 酒も飲んでないのにここまでされて何も覚えていないって言うのは自分で記憶する事を拒否したのか?それともなんらかの方法で(薬とか?)記憶がない?

  はっきりした事はいえないけれど、具体的な事は何も覚えていないって絶対おかしい。

 まぁいっそ記憶がなかった事をいいことに何もなかった事にできればいいのだが、 身体の痛みと疼きだけがそれを覚えていて、忘れられそうになんかなかった。

 少しだけ下半身の痛みが和らぐと、逆に急に今まで聴こえていなかった遠くで波の音が聞こえる感じにとらわれる。

 薬がまだ効いているのか俺は現と幻の狭間を今だ彷徨っているようだ。

 それにしてもどうして俺は自分が男に抱かれる事を想像すらしていなかったんだろう?

 始めにこの怪し気な話を聞かされて、なぜ自分が男を抱く方にまわる事しか思い付かなかったのか?

 今さら悔やんでも仕方がないが、今後もこの苦痛が続くのかと思ったらとても耐えられない気がした。

 そうだ、微かに思い返せば自分にのしかかった男は男にしてはどちらかというと華奢な印象だった。 そして男とは思えない程のすべらかな肌……少しだけ『え?』っと思ったから覚えている。だからまだ、自分の身の上に起きた現実が信じられなくて。

 それにしてもクライアントは、なぜ俺のような男っぽい男を無理に抱く気になったのか? 顔も見られたくないだけなら、もっと簡単に男を抱く事は今の時代簡単なはず。たとえば、売り専とか。 美少年からマッチョまでよりどりみどりと聞く。

 いったいなぜ、敢て男に興味もない…しかも、少しも女っぽいところのない俺のような男に興味を持ったのか?

 しかもこんな乱暴な方法で恨みをかっても仕方ないような方法で身体を繋げたのか?

 どれほど考えても考えても解らない。

 ……そうか……もしかしたら、俺は知らずに恨みをかっていたのかもしれない。

  小さくため息をついた。

 そうだ、女に散々貢がせ、その背後にいる男達に恨みをかう事は想像できたが こんな方法で報復されるとまでは予想の範疇になかった。

 「手の込んだ事をするものだ」

 しかし、そうだとしたらその男の目的はもう達せられたのだから、こんな茶番はもうお終いだろう?

 相手も手の込んだ事をして随分金も使っただろうが、俺も色々なものを失った。 これも高い授業料だなんてとても割り切れない。

 それどころか俺にのしかかった男の微かな薫りと優しく局部を弄る男にしては細い指先を忘れるのにさえ時間がかかりそうだった。

 女なら金持ちの男と出来てラッキーに感じるのかもしれないが、同じ男に、しかも俺より華奢な男にいいように扱われたのかと思うと腹の中が煮えくりかえりそうだ。

 そんな考え事に沈んでいると室内の電話が鳴って、受話器をとると例のサングラスの男からだった。 身支度を整えて下に降りてくるようにという極めて事務的な指示だ。

 俺にとっては晴天の霹靂のような昨夜の事も、サングラスにとっては折り込み済みのことなのかもしれない。やはり半分やくざみたいなものだとまたため息が出た。

 俺は重たい身体を引きずるように身支度を整えると駐車場に降りていく。

 そのまま昨夜の話はチャラになってお払い箱とばかりに外に放り出されるだろうという俺の予測を裏切って連れていかれた場所は金持ちや有名人がよく利用すると言われるかの有名なエステサロンだった。

 ただただ俺が戸惑っている間に豪華なVIPルームに案内され、しかも俺は綺麗なお姉さんに取り囲まれてそのまま裸に剥かれてる。

 なんだ?なんだ?なんだっていうんだ?

 やっと俺は我に返って抵抗を始めた。

 「こんなに暴れちゃダメですよ。全身綺麗になっていただくためなんですから」

 綺麗になって頂く為?

 ……と首をかしげる俺に優しそうなお姉さんがにっこりと微笑む。うわ〜〜。俺好みのさっぱり顔の美人だ。しかもすらっと伸びた足の形も抜群に綺麗で思わず頬も緩む。

 「いや、でも俺、別に綺麗にならなくていいです」

 こんな綺麗なおねーさん相手にきつい拒絶などできるほど俺も人間ができていない。

 「たしかにお客さまは充分に魅力的な身体をしてらっしゃいますわ。でもやはり私達女性からみても もう少し肌のお手入れをなさったほうがより魅力的ですよ」

 「いや、でも……」

 「もうすでに契約されてお金は支払っていただいてますので、ある程度の結果を出さないと こちらとしても信用問題もございますので、どうか……」

 お姉さんの目付きはわがままなんか許さんぞという風に俺を威圧するように見据えながら口元だけはにっこりと微笑む。

 この自信を持った態度はほんの少し前まで俺が客に向けていたまさにプロの根性だった。 こうなったら俺が多少抵抗しても意地でもやるに違いない。無職に片足を突っ込んでいる俺としては違約金を払えなどと言われたら払うのは簡単ではないのだ。

 仕方ない……おねーさんも綺麗だしエステくらい受けてやろうじゃないか?

 俺は開き直った。

 たっぷりとお姉さん達の念入りなエステを受けてそれなりに至福の時を味わった後、俺は今度は料亭のような場所に通された。

 そこで見たのは食器から違う豪華な日本食……若い俺としてはいくら豪華でも俺はイタリアンとかフレンチの方が嬉しいのに。

 しかもここでもこれまた綺麗な女将さんが色々世話をしてくれる。

 「こちらから召し上がってください」

 青菜の胡麻和えか?

 「いや、俺おひたしとか苦手なんです」

 「そうおっしゃらずに、ほら、身体の中からも綺麗になられないと」

 …………?…………

 今、この女将も変な事を言わなかったか?さすがに二度目になると聞き流すわけにはいかなかった。

 「どうして俺が身体の中から綺麗にならなきゃいけないんです?」

 「このお野菜にはいろいろな不廃物を取り除く働きがありましてね。見違えるように綺麗になられますよ」

 ……だからどうして?

 どうして俺が綺麗にならなくちゃいけないんだ?

 今までだって充分に女にもててきた俺だ。ついこの前までNO1ホストだったんだぞ?こう次々と畳み掛けるように綺麗になれといわれると俺は汚かったのか?とこの女将に突っ込みたくなる。

 食事はたしかに美味しかった。結果、和食が苦手な俺もついつい箸がすすんでいた。きっとすごい板前なんかが最高の食材を空輸して時間をかけてつくったりして、めちゃくちゃ金がかかっているに違いない。

 だけど若い綺麗なおねーちゃんを連れてフレンチレストランにでもくるならともかく何が悲しくて野郎一人で落ち着いた女将相手にこんな料亭で高い飯を食ってるのか?

 こんな事に金を使う奴の気がしれない。 いったい誰がなんの目的でこんな事をするのだろう?

 昨夜、俺の正体をなくして犯した男か?それとも誰か俺を恨みに思ってる男?

 それにしては手が込み過ぎている。もしや宮沢賢治の注文の多い料理店みたいな恐ろしい結末が俺を待ち構えているんじゃなかろうな? 俺は次々と襲ってくる理解しがたい状況に、考えるだけで頭が痛くなった。

 とりあえず、何か動きがあるまでこの状況に流されるしかない。 俺はため息と供にそう自分に言い聞かせていた。

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