遥か日輪の彼方に10

Coming Out of the Sun


 そして高鳴る胸を押さえながら俺は部屋に入るなりベッド下の壁にある下の壁を反転させた。小さい割には重厚な隠し扉についたカギ穴にゆっくりと鍵を差し込む。いったい何がはいっているんだろう?

 証券とかなら処分に困るが宝石なら金に変える事もできる。現金が入ってるかもしれない。

 何の根拠もなかったが、この隠し扉は恐神も城も気が付いて無いと確信していた。だからこれは俺のモノだ。俺が自由になる為の……。妙高寺家があえて隠すのだから半端な金額じゃないぞ……

 今まで散々な目に合わされたのだから彼等を出し抜いて意趣返しをしてやることも可能かもしれない。俺はほくそ笑んだ。

 ゆっくりと俺は小さな隠し扉を押した。

 震える指で鍵を外して中を開ける……。

  金庫の奥に書類の束のような物が見える。株券かな?こんな風に厳重に保管されてるんだから株券か 権利書か?と思わず俺の頬は弛んでくる。

  だが、そこにあったもの、それは……お金じゃない……宝石でも証券でもない……出てきたのは……。

 ……なんだ……これはいったい?嘘だろ?

 指が震えて上手く持てない。

 取り出した指の間からそれがぱらぱらと落ちて辺りに散らばってゆく。 

 厳重な扉の向うにあったもの…それは、何枚もの写真だった……俺は血の気が引いていくのを自覚していた。

 自分でも解らない激情が込上げて俺は目頭が熱くなり、指の震えが止まらない。

 それはまさに天国から地獄へと突き落とされた瞬間だった。

 真っ白な肌に鏤められた陵辱の跡……。涙を堪えてファインダーを睨む大きな瞳。幾度も弄ばれたのであろう腫上がった桜色の乳首。なだらかな白い肌にとぐろを巻いた大蛇のように巻き付く荒縄との対比。

 全裸でそこに写っていたのは、まだ、少年だったであろう人形のように美しい十代の城の姿だったからだ。

  まるで作り物の大きな人形のように現実味がないほど美しい……そしておぞましい姿。

 いったい何枚撮られていたというのか

 縛られ鞭打たれそして失神しているであろうものまであった。快感を受け入れるほどの年令ではなかったのだろう。

 ただ戸惑い、畏れ、遠くを見つめるうつろな瞳。二つに割られた白い股の間に飛び散る乳白色の液体。きらびやかな花嫁衣装や貴婦人のドレスを着せられ、それが無惨に引きちぎられている。

 どれもおぞましい光景であるはずなのに、なぜこんなに美しいのか。

 そこだけ切り取られ現実だと認識するのを拒否したくなるような惨い光景。

 恐神と俺の案じた城の過去はやはり現実だったのだと、まぎれもない証拠が目の前に歴然と突付けられていた。こんなことが現実にあっていいのか?

 俺の場合は、自分が納得してそれなりの見返りも保証されていた。そんな『残業』についた自分ですら筆舌に尽くしがたい 恐怖を感じたのだ。しかも俺の場合、相手が自分が恋こがれていた城で、その行為を睡眠薬で和らげられた為覚えていなくても、どれほどのショックを受けただろう。

 まして成人で女性だけとはいえ、性行為の経験だって決して少ないとはいえなかったのに。

 幼い無垢な城の事を思いやると、心臓が潰れるほど苦しさを覚える。

 そしてなにより俺を怯えさせたのは、その城の痛々しい姿にかつて無いほど興奮している己の浅ましさだった。

 いくら絵画のように美しく写されていても、こんなおびえる城に欲情する俺と言う人間はなんと醜い生き物であることか。

 俺はその場を動く事もできずに写真を拾う事も忘れて、しばし石のように動く事すらできなかった。

 

 「志月……」

 蚊の鳴くような声に、飛び上がらんばかりに驚いて振り向くと、そこには最も今、会いたくない人が立ちすくんでいた。

 「何をしている……」

 その声は今までにないほど抑揚がない。月明かりに反射した真っ青な城の顔は、初めてその顔を見た時よりさらに美しく魅力的だった。それなのに俺は何に怯えているのだろう?

 「城……もう来ないんじゃなかったのか……」

 もともと色白の城はさらに青白くみえる。

 「いいか、ここは私の部屋だ。私の部屋に私が来るのに問題はない……ましてお前の指図など受けない。お前はあくまで俺の部屋に住まわせてやっただけだ」

 城がそう言ってから、俺たちは暫く無言で睨み合うように見つめあった。

 沈黙を破ったのは城の方だった。

 黙って俺の指先から溢れた写真を拾い集めながら深い、深いため息をついた。

 

 「部屋の事などそんなものどうでもいい……。それよりこれはなんだ?志月……私の人の知られたくない醜い過去をこうやって抉り出す事はそんなに面白いかい?」

 「え?」

 城……何がいいたい?

 「そこまでして……志月が私を傷つけたいと思っていたなんて知らなかった」

 「……違う……ご、誤解だ」

 「誤解?誤解ね……確かに私のした事はお前にとってとても許せるものではなかったかもしれない。 私の元に来るように仕向け、追い詰め、そのうえ薬を使ってお前を抱いた。私はどうしてもお前を自分だけのものにしたかったけど、それでもお前だけには私の味わったあんな恐怖を味合わせたくなかったんだ」

 「城……俺の話も聞いてくれ」

 「聞いてるよ」

 淋しそうに城が呟く。その声は深く沈み絶望し、すでに彼は自分の世界に入り込んでいて俺はなんと説明していいのか解らなくなる。

 鉛のような沈黙の跡、口籠る俺より先に城が再び口を開いた。

 「不思議だね。これも運命なのかな?父が亡くなった後、あんなに部屋中くまなく捜しても見つからなかったのに、よりによって志月が『これ』を見つけるとはな」

 「違う……お、俺……知らなかったんだ……まさかあの中にこんな写真が入ってるなんて……」

 それには全く聞こえないように頭(かぶり)を振った。

 「……因果は巡るとはこの事だ。あんなにも男同士の性行為がおぞましいと思っていたのに……。嫌がるお前を追い詰めてまで無理矢理抱こうとするなんて。全く男ってやつは業の深い生き物だと思わないか?」

 俺は城の言ってる意味が良く解らなかった。自嘲するように片頬を上げる。

 「え?」

 「父に触られるのはあんなに嫌だった癖に、彼が亡くなってしまうと毎晩、身体が疼くんだ。 あんなことは汚らわしいと思っていたのに、気が付いたら私はお前に同じ事をしてる」

 そこまではっきり城に言われないと俺は解らないのか?俺は頭を抱えたくなった。

 俺達、どこか違う国の言葉で話してるようだ。

 どうして俺は自分の気持ちをうまく城に伝えられないのか?

 俺だって城を愛していると……。

 あんな形で城と別れた事をずっと後悔していたと……。

 そして男に抱かれるのは抵抗があるけれど、その相手が城だと知って嫌などころか嬉しかったのだと……。

 それなのに俺は口籠ってしまう。

 「ち、違うよ。俺は自分で来たんだから」

 あぁ、だけどこんな言葉じゃうまく城に俺の気持ちが、伝わる訳なんかないんだ。

 そんな俺の声がまるで聞こえていないかのように城は黙々と写真を集めると その美少年の絵画のような美しい肢体の写真も城の細く白い指で細かく千切られていく。

 俺はその様を俺は固まった石のように身動きすら出来ずに見つめていた。

 「志月を独占したかった。だけどそれは父が私にしたかったことと何が違うんだ?」

 「城……」

 城はもう独りで結論を出している……俺が抉ってしまった、城の傷はもう取り返しがつかないのだろうか?

  許されるものならば許して欲しい。たとえ俺の心がどれほど傷つけられてたとしても。

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