遥か日輪の彼方に 1

Coming Out of the Sun


 サラリーマンやOLといったいわゆるマトモな職業のやつらが家路に急ぐ頃 それが俺の出勤時間だ。

 店のドアを開けて戦闘服に着替えようと事務所に入ったとたん、 一番最初に俺の目に飛び込んだもの。それは今月の売り上げ高の某グラフだった。

 やられた!

 予想はしていたけど、やっぱり今年入ったばかりの新人にトップの座を奪われていた。

 俺は思わず目を背ける。

 いつかこの日が来るとは予想していたけどそれが今日だったとは思わなかったからだ。今まで他のやつらを引き離しダントツでトップを独走し続けてきた俺にとってこれは、かなりのショックな出来事だ。

 「先輩……」

 その声に俺は思わずびくっとする。なぜなら、その声の主こそ俺をトップの座から引きずり出した張本人に他ならないからだ。

 俺が無視しているとそいつは「すいません、志月先輩」などといいつついけしゃーしゃーと肩を気安くたたきやがる。

 いったい何が『すいません』なんだ!

 俺はできる限り不機嫌な顔を作ってむっとして振返るとイミシンな片頬で微笑む奴の顔が目に入り、しまったと思った。

 また、してやられたようだ、ちくしょー

 俺は歯ぎしりしたい気持ちをぐっと押さえながら無言で自分のロッカーに入ってる真っ黒なスーツに着替え出した。

 この俺からトップを奪い取った男の名前を恐上忍(おそがみ、しのぶ)といって、某有名国立大の3年法学部だそうだ。

 背は189cmはあるだろう。女受けする優し気な綺麗な顔だち。スマートな着こなし。

 俺みたいな三流私立大学を、しかも文学部をやっと卒業した……背丈だってこいつより5cm以上低い……ような男とはできが違う。

 何が悲してくてこいつはこんなホストクラブに入ってきやがったんだろう?

 そりゃ、ホストクラブは金にはなるが、男としてのプライドを切り売りする仕事だ。

 なにもこんなエリートが俺と同じホストクラブに入る事ないだろう!

 まったくこいつは俺にとってまさに目の上のたん瘤という存在なのだ。

 それなのに、こんなやつは無視したいのに、何かと先輩、先輩と懐いてくる。

 今夜も「先輩、まだ客はそんなに入ってこないから一緒に飯を食いにいきませんか?」などと誘ってきやがった。

 そりゃあ、俺たちみたいな売れてるホストは本格的に客が入る時間まで食事くらい自由にできる特権があるが……。何が悲しくてこんなやつと……

 「やだ、なんで野郎と一緒に食事にいかなくちゃいけない!」

 「だってこれからたっぷり、厚化粧のおばちゃんや、色気過剰のおねーちゃんの相手をしなくちゃ いけないんですよ。気のおけない男同士の方がいいでしょう?」

 「何言ってやがる、お前と一緒なら気がおけないじゃなくて、気が抜けない、の間違いだ。お前一人でいけよ」

 「へー志月先輩!それってもしかして俺といると緊張するっていうことですよね!先輩に意識されちゃうのって……いや〜光栄しごくというか何というか」

 俺の言葉尻を掴んで妙にはしゃいでみせるこいつがうざくてたまらない。

 「ぬかしてろ!」

 俺は恐上を無視して外に出た。それなのにちゃっかりこいつは俺の後からついてきて、俺の腰をぐっと 抱き寄せた。さわんな!ばか!

 「きもいんだよ!」

 「ふふふ……意識しちゃって……」

 「するか!」

 な、何が意識しちゃってだ!男相手に意識するわけねーだろうが。

 「それならいいじゃないですか!僕ね、新しい店に顔が効くんですよ。いきましょ?」

 そういうと有無を言わさず、恐上は今風の中華料理店に俺を押し込めた。

 高い天井と中華料理店にしてはケバくない落ちついた内装、それに中華料理独特のにおいが殆どしない。相当高そうな店だ。

 「試してください。ここの小籠包は最高なんですよ」

 小籠包 か……こういう店の小籠包は中がジューシーですごくうまいんだよな。だがこれから仕事だ。 そんなものを食うわけにはいかない。

 「これから仕事だろ、においのつくものなんか、食えるか」

 「やだな、だからここにお誘いしたんです。美味しさは変わらないのに全く匂わないんです」

 「まじかよ?」

 「えぇ、僕が保証しますよ。もし、少しでも気になるならサプリを飲んだらいかがです?」

 「サプリ?なんの?」

 「自分の体臭を無くする奴です。よく家の中で飼ってるネコに食わせたりするでしょ?あれの人間版です」

 俺は絶句した。なんてこった!ネコじゃあるまいに、客の為に薬で身体の匂いを消すってか?こいつに適わないはずだ……ここまで徹底してやってるとは。

 「驚きました?」

 「そこまでやるか?ふつう……」

 「なんでもやりますよ。一応プロのつもりですからね。僕はデブのババァだろうが、顔も性格も破壊されていようが金さえ払ってくれれば勃ちますもん」

 この時、俺は悟った。

 こいつには勝てない。俺にはもうこれしかすがる物がなかったのに……いったい何を頼りに生きていけばいいのか?

 そう思うとおれはもう地の底まで落ち込みそうだった。

 俺がぼうっとしてる間に恐上は、さっさとレジを済ませ、俺の腰をぐっと引き寄せると ちゅっと軽く口唇にキスしてきた。

 「な、なにする」

 「ここの会計の分です」

 「はぁ?お前ホモか?」

 「まさか、今日の仕事のネタです。志月さんとキスしたなんてったら女の子達喜びますからね」

 俺はもう何も言えなかった。悔しいけれどここから逃げ出したいとさえ思った。

 怒る気力さえない程打ちのめされた……そんな夜だった。あの奇妙な話があったのは。

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