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俺にできる精一杯の迫力ある顔を作って睨む俺に、河本は余裕の笑みを浮かべた。 「小太郎もよく言うぜ。お前、葬式の後もずっとお母さんを一人で放っておいて。大方、金がなくなって親に泣きつきにきたんだろう?」 半分は当ってるから、俺もぐうの音も出ないのが悔しい。 亜矢が、 「これから、色々お世話になると思います。つまらないものですけど」 と先ほど母に持たされた菓子折りを手渡した。 河本の表情がふっと和らぎ、俺はほっとする。こいつもやっぱり男なんだな、女に和むのか。 だが、向き直った河本が俺には、冷たい表情に戻っていた。 「用があってきたんだろ?権利の件は、もう今更すんだことだが、小太郎の荷物は預かっているぞ」 そういった河本言い種が、人を小馬鹿にしてるようで俺はどうやって返事をしていいのか 迷っていた。 「本当ですか?私も拝見していいですか?」 俺の困惑を知ってか知らずか亜矢が俺達の間に割って入るように口を挟んできた。 河本の眉間の皺が深くなる。 亜矢のその一言は、ますます河本の機嫌を損ねたらしい。 「悪いが、小太郎と二人で話したい」 亜矢は自分の一言の影響を知ってか知らずか甘ったるい声を上げた。 「でも、私もお部屋を見てみたいです〜」 俺は仕方ないだろうと河本を見た。女のこういった要求は、断るより従った方がのちのちの面倒が少ないからだ。 「時間が分っているのかな?もう、夕方になる。小太郎と下のマンションに世話になる気なら、夕御飯の手伝いくらいしたらどうです?客じゃないんだから」 元々、性格にきついところのある亜矢でさえ、圧倒される有無を言わさぬ物言いだった。 夫である俺だってこんな風には言えない。 亜矢は怒りで顔を真っ赤に染めて「失礼します」とドアを鳴らして出ていった。 「旦那は俺だぞ!」 一応俺は、そう言ってみるが、迫力ない事、此の上ない。 「小太郎、お前の荷物を見ないのか?」 そんな俺の意見など意に介さぬように、河本にそう促されて、俺は大きな床の間に連れていかれた。20帖近くはあるだろうか?いったい何に使う部屋なのだろう?そしてこんなところのどこに俺の荷物があるのかと訝っていると、河本がついてくるように俺を顎で促す。いったいお前は何様だよと腹を立てている 俺の様子など河本は全く気付いてないようだ。 随分、高価そうな床柱がある床の間の掛け軸をぐっと河本が押すと、なんと壁が見事に反転して、向こう側が見えるじゃないか。 後ろからぐっと河本に腰の辺りを押されるようにして、俺はその奇妙な部屋へ押し込まれた。 「あ……」 俺は言葉を失った。 なぜなら、そこにはかつての俺の部屋が、荷物を置いた場所も寸分違わぬように そのまま存在しているのだ。懐かしい淡いブルーのカーテン。小学校の時から使っている机。チェックのベッドカバーも傷のある本棚の中身も全く昔のままだ。壁の色褪せ具合も天井の染みまで同じ場所にある。 まるで、一瞬あの頃に戻ったような感覚になる。 「どうして?」 俺が後ろを振り向こうとしたとたん。自分のベッドの上に押し倒された。 「何が、何も聞いてないだ。権利書どころかお前には、相続するまともな財産なんか何もなかったぜ。それどころかお前のオヤジは、立ちいかなくなったクリーニング工場と従業員の為に、借金までこしらえていたんだ。 いったい誰が、それを立替えてやってると思っている?」 顎を大きな手でぐいぐいと押され、俺は返事もできない。 「このままヤクザの餌食になるところを、俺がお前の母親も含めて面倒をみてやってるんだ。 少しは感謝したらどうだ」 締め上げられる喉が苦しくて堪らない。必死にもがいて唸るとやっと解放される。 「知らなかった……それが本当なら、謝るよ。だけど、どうして……」 どうしてお前のペントハウスに俺の部屋が?と聞こうとしたのだ。 「ここまで、見せられて分からないお前は、馬鹿だ」 「なんだと?」 「顔は、可愛いが、頭はその上に乗ってるだけらしいな。知りたきゃ教えてやる。 この部屋でお前をおかずに自慰をすると、とっても気持ち良くイケるのさ」 「嘘だろ」 俺達、子供時代に僅かな接点があっただけで、学生時代は挨拶さえしてこなかったじゃないか? しかも俺は都落ちした、金もコネもない男だ、男だぞ? 「残念ながら嘘じゃない。どっちにしろお前には俺に払わなくちゃいけない莫大な借金がある。 今更、母親と女房を路頭に迷わせたくないだろう?」 「だけど、だけど…職もなくて……とても返せそうにない」 俺の頭の中はパニックだった。嘘だ。こんなにオヤジが困窮していたなんて。何も知らなかった。母も何も言ってくれなかった。確かに家に帰りたくはなかったけど、ここまで追い込まれていたなんて。それなのに俺ときたら地元に帰れば、数日旨いものでも食べさせてもらって、 母に小遣いをせびるか、あわよくばクリーニング工場の社長の座にでも治れないかなんて 皮算用をしていたのだ。 |