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2年ぶりの帰郷で初めて入る家の中は、随分と今風の洒落た佇まいで2年前までの我が家の面影は何もなかった。 実家の純和風の造りが、それなりに気に入っていた俺としてはかなりショックだった。 まるで、マンションの展示場のように垢抜けて全てが真新しいのだけど、なんだかあまりに 人が住んでる気配に欠けていて俺は言葉につまる。 母に寂しい思いをさせていたのだと感傷的な気分にさせられる。それなのに、 「すごいですね。綺麗!このソファとか雑誌に紹介されていて私もいいなと思っていたやつですよ〜。イタリアのブランドものですごく高いんですもの。あ、このカーテンもお洒落なのにちゃんと遮光だし。あぁ、窓は全部強化ガラスなのね」 まるで自分がこのマンションを手に入れたのかのように盛り上がる亜矢とは裏腹に、俺の心は沈んでいく。それでも俺としては、とりあえず最低限の言うことは、言わなくちゃいけない。 「お母さん、悪いけどしばらく、ここにいさせてもらっていいかな?俺の荷物なんか処分しちゃったか?それに長くクリーニングで勤めてもらっていた人達は、どうしたの?合田さんとか、鈴木さんとかさ。 2世代に渡って勤めてくれてるってオヤジ、自慢していたじゃないか」 一気に言いたい事だけ捲し立ててしまった俺に母は、変わらぬ慈悲深い瞳で俺を見つめていた。 「大丈夫よ。みんな、ここのホテルの従業員になって殆ど昔と変わらない仕事をしてるみたい」 それなら俺の口を挟む余地なんかないか。 「それに心配しなくてもあんたの部屋は河本さんと同じ階に殆ど変わらない状態で置いてくださってるそうよ。あんなに昔はぎくしゃくしていたのに、一番あたし達が困った時にこんなに親身になってくれるなんてね」 俺はますます不機嫌になる。 この部屋だって充分広いじゃないか?親子3人どころか孫が3人くらいできても余裕がありそうだ。 それなのにどうして俺の部屋が、この階の隣じゃなくて河本の隣なんだよ。 「河本さんは、ペントハウスとかいう屋上つきの最上階だから、小太郎もお礼方々行ってごらん。 早い方がいい」 母にそう促され、亜矢にも「いってみた〜い」と甘ったるい声を出されて俺は、せっかく母の為に 横浜からわざわざ俺が買ってきた、お洒落なケーキ屋の詰め合わせを無理矢理持たされて部屋を出された。 そのまま、最上階に向ったが、残念ながら俺達の階とは繋がっていないようだった。一度一階に戻って エントランスから、ペントハウスと彼のオフィス専用だというエレベーターに 俺は複雑な思いで乗り込む。 母にはああ言われたが、俺はお礼なんかいうつもりはなかった。それどころか、俺は河本に、俺という一応真っ当な相続人に、一言の断わりもなく勝手に俺の家の権利書を使って、こんなとてつもない ビルを建てた事に何か言ってやりたかった。 そんな俺の決心を揺るがすように、エレベーターを降りると圧倒されるような風景が拡がっていた。 こんな街だが、2〜30万の人が住んでいるはずだ。その街が眼下に一望できる。 遠くには山並が見え、俺が幼い頃から知っている風景とは似ても似つかぬものだった。 しかも足元まで、壁一面がガラスになっていて足が竦みそうになる。 ずっと小石が敷き詰められ庭石と苔むした箱庭が見事なコントラストを醸し出していた。 観音開きになった玄関は、見た事もないような和風の扉に見事な龍の彫刻が彫り込まれていた。 もしかしてこいつも、やくざかよ? 俺の足は竦んで動けなくなった。 第一、母は河本の隣に俺の部屋があるとかいっていなかったか?どうみても玄関はひとつしかないじゃないか? 躊躇する俺にヤクザの情婦だった亜矢は、肝が座っているのか「早くいくわよ」と俺の腰回りを強く押してきた。 チャイムを探すが、それらしいものは何もなく、俺は何度も亜矢に背中を突かれながら途方にくれかけていた。 「やぁ、小太郎じゃないか、久しぶりだな。遠慮しないで入ってこいよ」 何時の間にか、玄関の扉が開かれ、頭上からそんな言葉が降ってくる。 見上げるとそれは、昔の面影など殆どない、迫力のある男前が立ちふさがっていた。 一瞬、俺は言葉を忘れた。必死に記憶を辿ってもこの男と同一人物の顔が思い浮かばない。 なぜなら中学当時、155cmそこそこの河本は、当時から160cm後半の 俺を見上げていたはずだった。しかもいかにもガリ勉風の冴えないメガネをしたガリだったはずだ。 こんながっちりとした男前のはずがない。俺がそう言おうとした時、昔から変わらない 綺麗なアーモンドの形の大きな瞳が目に入った。 やっぱりこいつは河本なのか?俄には信じられないが、やはりそうなのかもしれないと思わせる意志の強い眼光はそのままだった。 「野本の妻の亜矢と申します」 俺が唖然としているうちに、焦れた亜矢が自分で自己紹介をする。河本は男の俺でも惚れ惚れするような甘い笑顔を作った。 「そうか、小太郎も隅に置けないな。まぁ、あがってください」 そういわれて通された広い三和土には、靴も靴箱も見当たらない。 この既視感。そうだ、母の部屋に入った時も感じたが、ここには生活感というものが、少しもないのだ。 まるで料亭のような造り。大きな居間も足元まで一面がガラスで俺をさらに落ち着かなくさせた。 「俺は何も聞いてないぞ」 ついに我慢できなくなって俺は口を開く。 「勝手に、こんなドでかいホテルなんか建てやがって、どういうつもりだよ」 |