|
|
|
いったい何がどうなっているんだろう? あの懐かしい交番もバス停も学校もみんなそのままだったのに、 2年振りに実家に帰ってきた俺は、肝心の実家の前で、驚きのあまり呆然としたまま動けなくなっていた。 間違いなくここには2年前にはおふくろが切り盛りしていた俺の実家があった場所。 小さな工場つきのクリーニング店があって、2階には俺の部屋がそのままになっている居住区もあったのに。 たしか今年の年賀状でおふくろは、一言も俺に店を建て替えるなんていってなかったじゃないか。 っていうか、いったいこのホテルみたいなゴージャスな巨大ビルはなんなのよ? なんで俺がいないうちに何もかにもなくなってるわけ? それだけじゃない近所の商店も全てなくなってこのホテルに買収されたんだろうか? 聞いてない。 俺は聞いてないぞ。 血の気が引く思いで俺は、ビルの前に立ちすくんでいた。 たしかに俺は、首都圏の大学にいってから、碌に実家に顔を出した事はなかった。 それはオヤジとウマがあわなかったのもあったし、金を出してるからって高圧的にいう事を聞かせようとしてくる親に反発を強めていたからだ。 大学からバイトしていたホストクラブに勤めだしてから、本格的に親とは疎遠になった。 田舎にはいない綺麗な女達がちやほやするし、金回りはいい。 金がないわけでもないのに貧乏臭い田舎なんか帰るのは真っ平だった。 なぜなら俺のまわりの都会は常に輝き、いけてる若い男女が、おしゃれに暮らす魅力溢れる街だった。 親が、せっかく大学をだしてやったのにホストなんか やめろというのも、これまたうざかった。 特に、2年前にオヤジが死んで、おふくろに工場の入ったクリーニング屋を継げといわれた時は、二度とこんなところに帰ってくるかと思ったのに。 ところが、悪さが過ぎたのか、ずっと順調だった俺にとって、遊んでいた女の一人がやくざの情婦だったのが運のツキだった。 次々と彼女の男の関係者だと名乗る強面の男達が、俺の店やマンションに出入りするようになって 俺は店をやめざるを得なくなった。 しかもそういう悪い噂はあっという間に広まるもので、もうどこの店も俺を 雇ってはくれはしない。 しかも、悪いことが重なって彼女が妊娠したからとホスト時代に溜め込んでいたお金はもちろん、 責任を取らされる形で、その彼女、亜矢と結婚までさせられる羽目になったが、俺にはそれを 拒否する選択権もなかった。 やくざにいい思いをさせてもらってホスト遊びなんかやっていた亜矢が、普通の勤めなんかできるはずもなく 増して、俺も亜矢を満足させる勤め口もあろうはずもない。 「もう、いや、こんな貧乏くさい生活。小太郎がこんなに甲斐性なしだなんて思わなかった」 自分の所業を棚に上げてそんな事をいう亜矢の言葉に、俺もつい売り言葉に買い言葉ではらなくてもいい見栄を張った。 「俺のせいじゃねーだろ?俺だって田舎にいけば一応社長令息なんだぜ」 なんて言ってしまったものだから、この際田舎でも我慢するから行きましょうと 、亜矢に引きづられるようにここまで来てしまった。 「思ったより、すごく立派じゃない。見直しちゃった」 そういう浮かれた亜矢の一言に俺は今だ首を傾げながら、おずおずとビルのエントランスに向った。 当然のようにドアマンが不審そうな瞳で近付いてくる。 「お泊まりですか?」 と声をかけられた。 泊まるのは、泊まりたいけど、場所は確かにここだったけど。と心の中で言い訳しつつ俺が、 「ここでクリーニングを営業していた野本……」 といいかけると、驚いた事にドアマンが突然破顔して 「あぁ野本様ですね。マンション部分はあちらですよ。連絡はなさってますか?」 野本様?それは俺の実家の事か?第一、彼はドアマンとして当然の仕事なのだろうが、今まで碌に鍵もかけていなかったような実家に、長男が戻るのに今さら何かいうのも気が引ける。 「野本の長男なんですが」 「それと妻です」 亜矢が、横から口を挟む。顔だけ見れば可愛い女だが、この場を読めない感じは いつまでたっても慣れる事はない。 俺達の困惑をよそにドアマンがすぐに連絡をつけてくれた。 「24階の奥の部屋です。右のエレベーターが住居マンション専用になってます。24階フロアは二つしか部屋がありませんのですぐ、お分かりになりますよ」 ドアマンのいうとおり、エレベーターに乗ってついた先は、かなりの広さがあるにも関わらず ドアがふたつしかなかった。 奥のドアをノックしようとすると「小太郎!」となつかしい母の顔が見えた。 「いったいどうなってるんだよ?これは」 怒りの含んだ俺の声に母はなんでもない事のように答えた。 「あんたが、クリーニングを継がないっていうから、お隣の河本さんに 土地の権利を売ったの」 河本だって? 俺は吃驚した。 河本っていえばオヤジ同志が犬猿の仲で大変だったじゃねーかよ。 俺がガキの頃には、河本の息子とは同じ歳だったのに一緒に遊ぶなとさえ言われて、しかも何かと ライバル扱いで、学校の成績から、女にもらうバレンタインチョコの数まで競わされたものだったはずなのに。 「そしたら、河本さんがこんな素晴らしいところを安く貸してくれて。本当に土地の税金払うより安いのよ」 開いた口が塞がらないとはこのことだ。 呑気な母の話を聞いて俺はだんだん、腹が立ってきた。 そりゃ家は継がないとはいったよ。 だけど工場と店と家とでかなりの土地だったはずだ。 地方都市とはいえ、最近通った高速のおかげで、大都市の通勤圏内としてベッドタウン化していると 聞き及んでいる。 それなのに、長男の俺に一言の断わりもなく、しかも権利書をよりによって隣の河本に売り払うなんざどうかしてるぜ。 「どうして一言相談してくれないんだよ」 俺が、うらみがましく唸ると 母はもっと恨みがましい顔でこっちを睨んだ。 「小太郎は、結婚式にも呼んでくれなかったくせに。何をいってるの。独り息子なのに 酷すぎるじゃない」 「結婚はしたけど、式はまだ挙げてないよ。そんな余裕なかったし。これ、亜矢っていうんだ。 一時期、子供が出来たんだけど、流れちゃってさ……だから」 俺が言いにくそうに口籠ると、さすがに女の事情に詳しい母は、事情を察してくれた。 「そうだったの?何も知らせてくれないから。ほら、亜矢さん、疲れたでしょう? 中で休んでちょうだい」 そういってやっと家に招き入れてくれたのだった。 |