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俺は誰もいない部屋の辺りを見回し、そっと扉に手をかける。 かちゃり いつもは厳重に鍵がかけられているこの監禁された部屋になぜか今日に限って鍵がかかっていないのはなぜだろう。 このままだまって外に出ればどんな恐ろしい事が待ち受けているか解らないと思いつつ、俺は部屋を出ることを決心する。ここにこのままいてもなんの解決にもならないからだ。 扉をそっと閉じてあたりを見回すととそこは誰一人存在しないように静まりかえり廊下は向こうが永遠に続いているではないかと思われる程に先が長い。 振り向くと反対側の廊下も信じられない程長かく先が全く見えなかった。 アーチ型の天井の下に所々、凝った造りの燭台が置かれていたが、電灯に慣れている俺には 胸にぐっとくるほどの威圧感がある。いったいこんな大きな城になぜ護衛や従者がいないのか? そっと耳を澄ませたがあたりからは何も聞こえない。俺は意を決して本能の趣くままに俺は歩き出した。 しばらく歩いてからふと思い立って後ろを振り向くと同じような扉がいくつも並んでいて2度と帰って来れないかもしれないという不安が襲う。 だがこのまま部屋にいても埒があかないと思い直し、 これだけの長い廊下に誰の気配もない事を訝りながらそっといくつかの扉に手をかける。 その殆どは鍵がかかっており予想道理とはいえ俺をがっかりさせた。 いくつドアを確かめただろう、そしていくつ角をまがってこの部屋に辿り着いたのか 気がつくとすでにどうやって戻るのかも解らなくなる程の迷子状態だった。 だが、迷子になった自分に脱力しかけた瞬間ふと耳を傾けるとなにやら小声で言い合う声がする。 声の洩れる扉から中の様子をそっと覗くとそこにはユーリーとリョウガが何か言い争っていた。 「だから言ったのです。あの子にそんなにのめり込んではいけないと」 「今さらだ……。カムイはあの鏡の在り処を私に自ら教え、私に素直に身体を開いているのだ。きっと何か言えない秘密があるのだ。」 「それはあるでしょう……なぜならあの子は本当のカムイではない。カムイについているはずの弓矢の傷が何もない時点であなたは変だと気がつくべきだった。」 ユーリーのヤツ、俺にはあんな事いいながらさっさとバラしてやっぱり信用ならない。それにリョウガは肩を震わせて怒りまくっている。 「お前の話は何も信じられない。ではいったいカムイではないというのならあの子はなんだ……」 「私の言うことは信じられなくても、やってきたばかりのあの子の言うことは信じられるのですね?あの子は鏡の向こうから来たのです。だからもうひとりのカムイなのだ」 ユーリーはあくまでも冷静だ。思わず自分の立場を忘れてリョウガに加勢したくなる。 「では、私のカムイはどこにいったのか?」 「あのカムイの幻影の子の世界にあの子の代わりにいるのでしょう。つまり二人は入れ代わったということです」 「なぜ、お前はそんな事を見たように断言できる?カムイには自己再生能力があるのだぞ。傷がない事はなんの不思議もない。お前の話はでっちあげでカムイはカムイでしかないのだ」 「でっちあげですか?」呆れたようにユーリーは小さくため息をついた。 「信じて欲しい。あなたは私達の種族をユーリーと一纏めにいうが、私達は同じ顔をしていても全く違う一個の人格を持っている。あなた達は私達を化け物扱いするが、何も御存じないなら教えて差し上げよう。あなたや、カムイは私達と同じユーリーの血を多少はひいているのです」 「な、なんだって……」 「あなた達の御先祖にユーリーがいたと言えば納得していただけますか?はっきり申し上げれば、あなた達は人間とユーリーとの混血だ。だから私は気がついたのです。あの幻影のカムイに入り込んだ時、彼には私達の血が全く流れていない事に」 「う、嘘だ……」 「嘘などいってどうするのです。まさかあなた達はまだ、子供騙しの本に載っているユーリー族の話を鵜呑みにしているのですか?私達が、人間に我等の種を植え付け意のままに操る化け物だと……」 血の気を無くしたリョウガは固まったように何も答えられないでいる。 よほどショックだったのだろう。唇は彼に強く噛まれて血の気を失っていた。 「いつ、私がお前を化け物などといったのだ……」 「そうですね。あなたから言われた事は一度もない。そうなのです。この世に本当の化け物などいるわけがない……自分の理解し難いものを化け物だと一纏めにしているに過ぎない。だけどリョウガ……あなたは化け物扱いされた私達の苦味を解ってくれた。あなただけです……リョウガ」 そっと扉の陰から覗くとユーリーがそっとリョウガの顎に指を伸ばした。 あ、リョウガが危ない……ユーリーの瞳に見つめられてあのまま彼の唇を受け入れれば きっとリョウガは彼の摩訶不思議な磁場に捕らわれてしまうのではないか? そんな不安で俺は固唾を飲んで見守っていた。 「バカな事はよせ、ユーリー……私にはカムイがいる……」 リョウガは何かを振払うように数度細かく頭を振っている。何か仕掛けられたのかと俺は不安でいっぱいになる。 「カムイ?あなたとの交わりを嫌い外界に逃げた皇太子殿ですか?それとも あの何も知らない初心なカムイそっくりの幻影のような子の事ですか?」 「カムイはカムイだ」 「また、同じ事をおっしゃるのか…愚かな…彼等は別人だ。それがあなたらしくないといっているのです。現実を見てください」 「私らしくないだって?そうだ……私はカムイに出会った瞬間から私らしさなど どこかにやってしまったよ」 「ふふん、恋は盲目と言う訳ですか?では、あなたにカムイの身替わりにされてるあの子の気持ちはどうなのです?」 さっとリョウガの顔色が青ざめる 「身替わりだ……あの子はカムイではない」 「違う……」 「本当はあなたも気がついていたはずだ。どんなに顔立ちが似通っていてもあのやんちゃな坊やとあの気高いカムイ皇子は別人だとね」 「……違う……カムイなんだ。あの子は私のカムイなんだ……」 「リョウガ……愚かな方だ。だがそんなあなたが私は愛おしい……」 「ユーリー……」 落ち込んでいたリョウガがユーリーを見上げた時にはすでにリョウガの身体はユーリーの銀色の髪に捕らわれていた。 「ユーリーは種族の名……あなたにだけは覚えて欲しい……私の本当の名はシンというのです」 リョウガがそれを聞いているのかいないのかリョウガの瞳は虚ろになっている。お願いだ……正気を取り戻してくれ、リョウガ! 「あなたを愛している……リョウガ……あなたに私の卵を産ませたい」 なんて恐ろしい事を……俺は心臓が止まるかもと思った。その時、ユーリーは人相の変わった冷淡な顔で思いきり振り返った。 「誰だ!」 ユーリーの腕にはぐったりと意識を失ったリョウガがまるで 糸を切られたマリオネットのように力が抜けて抱きとめられている。 「カムイ……」 ユーリーはなんの感情もわかないという無気味なまでの無表情さで俺を見つめていた。 「いつからそこにいたんですか?」 「リョウガに何をする気だ」 「あなたに報告する義務などない」 「リョウガから手を離せ」 ユーリーは力の抜けたリョウガをそっとソファにもたれかけさせると ふっと小馬鹿にするように片頬だけで微笑んでみせた。 「ふふん、いったいいつからあなたは こんなところにいて盗み聞きなとという皇子にあるまじき下品な真似をしているのかな?さすが顔は同じでも中身は似ても似つかぬまがい物よ……」 声の調子でユーリーが何かに変化しているのがわかるが、俺は怒りも忘れて言葉もなくただ立ち尽くしていた。 |