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それから、数日間リョウガが俺に会いにやってくることはなかった。 「つまり鏡はお祖母様から手に入れられたのですね?」 ユーリーは俺にこの世界の事を語りながら巧みに俺の世界の事を尋ねてくる。 ユーリーの真意を俺は測りかねていた。 「僕の鏡の事はもういいから、この国の事をもっと教えて……」 顔立ちからすると年下にも思えるユーリーに俺はなぜかすっかり頼り切っていた。あんな事をされたにも関わらず俺にはこいつしか話し相手がいなかったこともあるし、あの日から決してユーリーは必要以上に俺の心に立ち入ってこないからだ。 どちらかと言えば慇懃無礼に近い態度で接してくるユーリーにかつてのあやうさはもう、感じられない。 「ここは大国の部類に入るでしょう。産業も盛んですし国は栄え潤っている。国の富の殆どを国王軍ではなく革命軍であるリョウガさまが握っていらした。だからこそ国王軍はたとえ正規軍であっても勝算などないに等しかった。それがこれほどまでに戦いが長引いた理由のひとつでもある。リョウガさまが和平を望んだ事もまた、もう一つの理由なのです」 そういうユーリーの声が心無しか元気がなさそうな感じがしたのはなぜなのだろう? 「私は自分に自由がない事より、あなたを自由にできるのがリョウガ様だと言う事の方が もっと辛い事です。」 彼はどういう意図でこんな事を言っているのだろう?まともに考える必要もないのだろうが、どうも気にかかる。 彼が敵なのか味方なのか さっぱり分からない。 ただ、彼が普通ではない能力の持ち主だというのは分かる。 あの瞳を見ただけで催眠術にかかったようだった。 他の人々と一緒にいる時は無垢な美少年を演じていて彼のその姿にリョウガさえも騙されているようだ。 だが、俺と一緒にいる時のユーリーはまるで老成した仙人のような佇まいで俺を混乱させる。 また、時には猛獣のような激しい感情を見せる事もあり、いったいどれが本来のユーリーなのかさっぱりわからない。 「リョウガさまがあなたを無垢なお姫さまのように扱うのがいい事なのか悪い事なのか解らないが、 あなたに執着してる事は間違いない。それをどううまく利用するかであなたの将来が見えてきます」 「そんな事をいっていいの?ユーリーがリョウガにいい感情を抱いてないように聞こえるけど」 ユーリーはそれには答えずにそっと俺の手を取って口づけた。 「あなたがいらっしゃらないことで、国王軍の士気は低下しています。もし行動を移すなら今しかない」 だが、いくらユーリーに煽られても俺には国王軍に対してなんの思い入れもない。むしろ戦いが早く終われば国が平和になるのにと思ってしまう。 ユーリーが指し示す窓の外をみると高い城壁の向こうに美しい町並みと緑に萌える山々が見える。 荒涼とした台地の拡がるカムイの領地となんという違いだろう。 天山から見えたのはおどろおどろしいとも言える、荒涼とした魑魅魍魎でも徘徊していそうな魔境だった。どちらかと言えば、悪夢にも似たニ度と訪れたくない風景だった。 この世界のカムイはいったい何を守ろうとしてきたのだろう? この世界を知れば知る程分からなくなる。身体が冷えきる程に俺はずっと窓の外をぼんやりと見つめていた。そしていつの間にかユーリーの姿はどこにもなかった。 「カムイ……」 いきなり声をかけられてびくっとする。それがリョウガの声だったからだ。 「期待させて悪いが今夜は忙しい」 からかうようにリョウガは神威の顔を覗き込んだ。 「そんなところから覗き込んでも、警備は厳重だ。残念だがここからは逃げられん。天山よりももっとここでのお前は鳥篭の鳥だ。逃げようとすればする程雁字搦めになる。お前は蜘蛛の糸に絡め取られた蝶も同然だ」 そういって恐怖を煽るように何度も指の裏側で俺の顎を撫でる。 だが逆に俺は冷静にリョウガの瞳を見つめる事ができた。 「なぜ、お前はあの時、私を庇ったりしたのだ?私が憎かったのではないのか?」 「やっぱりカムイは庇ったとあなたも思うのか?」 「庇っただろう?それはなぜだ?なぜ、そんなことをするなら、私と一緒にこの戦いを止めようとしなかったのだ?」 カムイは戦いを続けたがっていたのか……俺は愕然とした。 なぜ?なぜあんな泥沼の戦いを彼はやめられなかったのか?俺には解らない。 「私がもし助けなければお前は死ぬかもしれないと思った。お前に私の気持ちを確かめられているのだと……。なぜ、命をかけてまでお前はあんな事をしたのだ?」 カムイが瀕死だった時はリョウガの助けなど誰も待ってはいなかった。ただじっと死の訪れを覚悟していた事をリョウガに話していいものなのだろうか? 俺は迷っていた。 この二人の関係はいったいなんなのだろう?多分カムイはむしろ死ぬつもりでリョウガを庇ったのではないのか。 決して彼を試すなんどという感覚はなかったに違いない。 俺の中のカムイの一部がざわざわと疼いている。 彼はきっと自分の立場に雁字搦めになっていたに違いないのだ。 皇子で戦いの大将であり先祖からの面子の為に自分から戦いをやめることの出来ない不器用な男。 そんな彼がきっとリョウガに恋をしたのだ。自分の立場を考えて死を選んだのではないのか? そんな彼のあまりに悲しい恋心を思いやったとたん、俺の胸がなぜかキリきり痛んだ。 俺の顔を持ちながら俺とは全く異なる男……カムイ……彼がリョウガの心を捕え、リョウガもそんなカムイの真意を知りたがり、愛おしんでいる。 俺は愕然とする。俺はもしかしてリョウガとカムイの間を嫉妬しているのだろうか? いっそあの時、リョウガに強姦でもされていればきっとこんな苦しい思いはしなかった。リョウガがカムイを思いやればやるほどに、自分の心が血を流す。 彼等の互いを思いやる切ない気持ちの蚊屋の外に置かれている事実。 それががなぜ、こんなに身の置きどころがない感覚に陥ってしまうのか? リョウガがカムイを愛し、大切にし……。 そして命をかける程にカムイもリョウガを愛している事実がなぜか俺を傷つける。 こんな、こんな思いを俺は知りたくなかった。 認めたくはない。だが、俺は知らぬ間にリョウガに恋をしていたのだ。 |