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「なんか…本気であなたを好きになってしまいそうで怖いな」 嬉しそうな顔をしていう科白か。 「バカな事いってんじゃねーよ」 「悪ぶるあなたも可愛いなんて思ってしまうなんて、私も末期でしょうか?」 冗談じゃない、一度命を狙われそうになった男にそんな事をいわれたって逆に警戒するだけだろうに。わかっていて多分からかわれてるんだろう。その程度で俺の気分が浮上するとでも思ってるんだろうか? 「よかった…やっと御機嫌が直ったみたいで」 ふわっと優しげに微笑むシンの顔は本当に俺の事を心配してくれているようで、同情されてるのか?やっぱり? ふっと気がつくとドアの近くにリョウガが無表情な顔をして立っていた。 「リョウガ……」 表情の凍り付いた顔が逆にリョウガの怒りを現している。 「別に怒っているわけではない。お前は神威で、カムイではないのだから」 「リョウガ……それは、無理にここに連れてきた神威に対して言う言葉じゃないでしょう。 もし、あなたがカムイの事を今でも忘れられない対象だとしても、その命を救ってくれた神威に そんな態度はない……」 「ユ−リ−お前は口を出さないでもらおう、席を外してくれないか?」 怒りを内に秘めたリョウガの地を這うような低い声にシンは俺をちらっとみてから、部屋を無言で後にした。残された二人でこの部屋の空気はさらに重くなっているはずなのに、なぜ俺の鼓動はこんなに高鳴っているのか…… 「お前がカムイだと思っていた時、鏡の在り処を私に教えてくれた事があった、その時、私ははじめてお前に信頼されたと感じたのだが、あれは私の錯覚だったのだな。私達にとってあの魔鏡はすべての柵の源……象徴だった。だがお前にとって鏡はただ不思議な鏡というだけのものでしかなかったんだな、私に渡したからといってなんの感慨もない…」 リョウガの口元は微かに笑っているようだったが、俺を睨み付けるような 瞳は冷たく暗くそして燃えるようだった。 「そんな事はない…あ、あれは俺にとっても大切なものだった」 俺は思わず言い訳のような言葉を口に含ませた。 「大切?大切ね……祖母の形見だったからか?それともあれが無くなっては自分の世界に帰られなくなるからか?いずれにせよ、お前が私を心から信頼して私にまかせたのではないのだろう?そんなこと、もう今さらどうでもいいことだが」 どうでもいいこと?それはもう俺の身体を抱かないと言うことなのか? 「もう、お前と私が肌を合わせる意味などなくなった。お前は帰る場所もないのだからここを去るわけもないのだし、しかも元来我等にあった柵がないのだから、身体を縛り付けておく必要もないわけだ」 俺は無言でリョウガの言葉を聞いていた。いつかそう言われると覚悟していた言葉だ……俺をこの世界に縛り付ける為のマウンティングのような行為だった……その事実をリョウガの口から聞く事は身体は鉛のように重くなり荒縄でぐるぐる巻に縛られているような錯覚に陥る。 「リョウガ…俺はもう必要無い?だけど俺は魔術の使い方もわからない、ただそれでも他国との戦いの抑止力になるのなら、ここに置いてもらえないだろうか」 「そうだな……お前がどうしてもと望むのならいつでもカムイの代わりに抱いてやろう。だがお前がそれを望まぬのなら、もうそんな愚かしい行為から解放してやる。私はいくらでも後宮に他国の美しい姫達を入れる事もできるからな。なにより跡継ぎも必要だし、近隣王国ともより深い繋がりができる……。だが、それとこれとは別だ、お前が名目的には私の正式な伴侶となる。永遠にだ……」 「伴侶?男同士で?子供もできないのに?」 「お前の世界では男同士では伴侶になれないのか?所詮、伴侶といってもお前が私の所有物というだけのこと。お前のような偉大な魔導師で正当な王位継承権の持ち主が私だけの所有物であるということが重要なだけだ」 所有物として永遠に囲っておくというのか?自分は他国の姫達と情を交わし、跡継ぎを作らせながら……だがなぜ、今さらそんな俺をおとしめ、傷つけるような事を俺の前であえていう必要があるのだろう? そんなにリョウガが悪ぶらなくとも俺には昨日の時点でその覚悟ができていると言うのに。 「だからお前は二度とシンに逢う事を許さない……無論、シンも含めた誰とも愛を交わす事もだ、それが守られないのであれば、お前を地下牢に閉じ込めておく事になる。そこではユ−リ−達を含めてどれほど強大な魔力の持ち主でもその力が封印される磁場が働かせてある……」 「なぜ?そんな必要はないだろう?リョウガは、俺が魔術を自在に操れない事を知っていてそんな非道なことをいうのか?」 「あたりまえだ、お前など信用ならない。いつ私を裏切りユーリ−の子を宿すかもしれぬ。そのような者を信用できるわけもない」 「どうして…そんな事を……いうんだ」 この世界でこのままリョウガの手を放してしまえば、俺は何も頼るものがない……そんな俺になぜそういうんだろう?どこまで俺のプライドを捧げれば気が済むのか。 「何を調子にのっている?いいか……お前はカムイではない…この世界にも馴染んでいるとはいえない。ユ−リ−がいい例だ、お前は誰にでも優しくされればすぐに心を許してしまう……そんな単純なお前に強大な魔力があるという事に正直戸惑っている……お前はカムイによく似て私と身体の相性もいい……だがそれだけだ。だからといって何度も身体を重ねている内に余計な期待をしてもらっても困るからな」 リョウガは強張った表情のまま、そういってからすっと俺から目を逸らした。 その時急に頭に浮かんだのは俺の唯一の長所……時には短所にもなる諸刃の刃だけれど……楽天家な性格。今はこれに賭けてみようか 「なぁ……もしもリョウガがお前の言うように俺を見限っているのだとしたらなぜ?今、俺から目を逸らす?」 「なぜ?」 今さら何をいうと戸惑った顔で俺を見つめる。 「そうだ、形式だけの伴侶だとしたら俺がなぜ、ユ−リ−の子供を宿してはいけない?いっそそんな特別な才能が備わった俺とシンの子供を取り上げてお前の思う通りに懐柔することもできるのに」 俺は混乱してそんな最後の長所すら手放すところだった。 「なぜって……そんなことをお前に……説明する必要なんかない」 いつも自信に満ちあふれたリョウガの瞳が微かに泳いだ。俺はさらに確信する。 「あるよ。俺はお前が好きだからこそ……リョウガの本当の気持ちが知りたい……なぜ?なぜ? 俺の事がどうでもいいのなら、俺に余計な期待をしてもらったら困るならシンと俺が二人で 地下室に住んだってそれこそどうでもいいはずだろ?」 「だから、さっき説明したではないか!二人で組んでこの国を乗っ取るつもりだからだ」 「だって、地下室では魔術は封印されちゃうんだろう?それにもし、俺とシンが惹かれ合っていたとしたら俺達二人だけで子供を作ってそこで静かに暮らす…それだけだって十分幸せだよ」 俺が穏やかに話せば話すほどリョウガはいきりたった。 「そ、そんな話まで進んでいるのか?ゆ、許さぬ……そんなことは」 「リョウガ……言ってる事がめちゃくちゃだよ。子供のわがままみたいだ、それじゃあ」 いつも冷静で俺を上から見つめてきたお前とは到底思えない。ずっと地を這うような思いをしてきた俺がリョウガをこんなに愛しく思うなんて 「黙れ!」 「ねぇ、聞いてよリョウガ……もしも俺が育った世界で涼夏に出会っても俺は涼夏とは結ばれなかったと思う……だって俺は普通に女も好きだし、向うの世界には男同士だと世間体って言うものもある……それに俺は普通の家の子供として育てられたからリョウガや、カムイのような高すぎるプライドもない。それにあなた達もこの世界ではどれほど想い合っても心が結ばれる事は難しかっただろう」 つい俺の言葉に皮肉っぽいニュアンスが隠る。 だからリョウガとカムイとが惹かれあって いても決して結ばれる事なんかなかったんだと。 いま、この場にいる俺の存在を認め受け入れて欲しいと。 それは、欲深すぎる野望なのだろうか? 「お前は勘違いしている。想い合ってなどと……カムイは、私を嫌っていた……私をむしろ憎んでいた」 不安そうなリョウガ……俺はそのまま近くに寄って彼を抱き締めたかった。そして愛されるカムイを思うとそこに蹲り叫びだしたくなる。 俺だってリョウガに愛されたいと。 「それは、違う……と思うよ。カムイも好きだったからリョウガに身を預けたんだろう? あなたに裏切られたと思って傷ついたからこそ、まるで自らの命を断つようにあなたを かばったんじゃないか……カムイは知っていたんだ。この世界ではあなたと永遠に 理解しあえない事……今、彼は涼夏に愛されてきっと満足してると思う」 「今さら……聞きたくない…そんなこと」 「そしてあなたは、あなたなりにカムイを深く愛していた、そうでしょう?」 俺が神威であってカムイではなかったからこそ、あなたは私に優しかった…心からの愛情を込めて 同じ身体と顔を持つ俺を愛してくれたんじゃなかったのか? 「わかったような事をいうな」 「いや、俺にはわかる、あなたと身体を重ねて直接あなたを受け入れた俺には。」 「どっちにしろ、お前はカムイではない」 「そうだ、俺は神威だ。あいつじゃない。あんなにプライドが無駄に高くて そのくせ寂しがりやで、そして自分の立場に雁字搦めになる男とは違う」 俺の安っぽい挑発に乗るように苦しげに顔を歪めた。 「顔は同じだ……名前だって、姿形だって瓜二つだ。そんな風にカムイを貶めるな」 冷静じゃないリョウガがなぜか凄く愛おしい。 「貶めてるわけじゃない。だからこそ彼は、全く未知の世界で自分を必要としてくれる 和菓子の道を極めようとしてる……俺が逃げたあの道を彼はすでに自分の居場所にしていたよ。彼の高貴なプライドは守られ、先祖を大切にする彼の気質が、皆から珍重されている。 彼はすでに、俺の育った世界に根付こうとしてるんだ。そして彼は涼夏に出会った……ここでは 決して成就しえなかった恋を掴むことができた」 「そうして私だけが取り残されたのだな……この世界に……お前とシンも 自分達の伴侶として認めあったのだろう?」 いつも憎らしいほどに自信に満ちたお前がそんな顔をするなんて。 「ばかだな……リョウガが好きだって言ってるじゃないか。第一、根っからの男の俺が子供なんか作るつもりないし」 そういって挑発するように彼を見つめるとリョウガが跳ねるように後ずさった。 「今なら魔術であなたを俺の虜にできるような気がする」 そういって微笑むと観念したようにゆっくりと瞳を閉じた。 「いっそしてくれ、その方が楽だ…」 リョウガの力強い手が俺の腕に食い込んでくる。 「ばか、何をいってるんだよ?…それなら全く意味がないんだ、それなら。……あなたは気がついていないだけでもう本当は俺に惹かれてる」 俺がそうリョウガの耳許で囁いたとたん、俺達は、鷲を象った廃虚になったカムイの古城の近くの草原に弾き飛ばされていた。 どろどろだった沼が俺達の周りからしだいに乾き、小さな白い花が辺り一帯を取り囲むように拡がっていく。 それは、まるで春の心地よい風が、通り過ぎていくようだ。 「また、無意識に魔法を使ったな?あぁ呪が解けていく……」 リョウガが、放心したように呟いた。 「お前には言っていなかったが、私達の先祖はユ−リ−の子を宿しながら、彼等を裏切った。その時、この世界の殆どを不毛の大地にするように腐った心と同じ世界にするように呪をかけられたんだ」 カムイを悩ませていたであろう、荒廃した土地……俺はリョウガの厚い胸板をガツンと肘で叩いた。 「俺達、きっとシンに……ユ−リ−達に許されたんだ…互いに素直な気持ちになる事を」 苦しいくらいにリョウガが俺を背中から抱き締める。『もう、いいよ。もう、いい…』シンの切ない甘い感情が俺の心になぜか共鳴している。 「お前のその暖かな心が禍々しい術を解かしたんだろう。誰もがお前といると癒される」 軟弱で楽天家な俺が、この世界に受け入れられた…俺もここにいていいんだな? 「リョウガ……それはお前も癒されるってことなんだろう?カムイのことはもう、いいじゃな……」 俺が最後までいう前にリョウガの大きな掌で乱暴に顎を上に向けられると 息もできないほど、強く唇を吸われている。 俺は力が入らないままリョウガに身を預け、こんな遠方まで弾き飛ばされて、どうやってリョウガの城に戻ったらいいのかなんて暢気に考えていた。
【fin】 |