魔鏡の輪廻 13


 

 「君とカムイはどういう関係なのか僕にも話してくれないか?」

 俺はなるべくかいつまんで俺とカムイに興った出来事を涼夏に話して聞かせた。

 どちらかというと俺達の関係で涼夏はむしろ当事者だと思ったし、きっと俺の話を信じて力になってくれると思ったからだ。

 俺の話がある程度終わると考え込むように顎に掴んで大きくため息をついた。

 「僕の夢が現実と繋がってるなんて思った事がなかったよ。まぁ僕も医者でありながらファンタジーは好きでよく読むから君の話に違和感はさほどないんだけど、だからって現実味があるわけでもない」

 それは俺だって同じだ。自分の目で観て自分の身体で体験しなければなかなか頭で理解しようとしてもできる訳がないのは当たり前だった。涼夏の前で俺はついつい弱音を吐いてしまう。

 「カムイは大丈夫かな……そのユーリーの呪にやられてないかな……」

 「カムイよりリョウガが心配なんじゃないのか?」

 そういう涼夏にそっと頬を撫でられるとますます切ない気持ちになって。

 俺はリョウガにとってただのじゃまものじゃないかって不安になった気持ちが蘇るから。

 「ひとつの世界に二人の同じ人間が存在するのは本来ありえないことだ。このまま君はこの世界にいて リョウガを諦め僕と一緒に暮らす気かい?親の望む職人になり伝統と格式を守って生きていけるのか?」

 俺は黙って俯いた。自分だってどうしていいのかわからないこの気持ちをどうやって整理したらいいんだ。

 ユーリーに化け物扱いされたことだって正直言ってショックだったのに、リョウガにも同じような瞳で見られたらと思うと恐ろしくてあの世界に戻る事など叶わない。

 きっと俺のしでかした不始末を卒がないカムイがちゃんと始末してくるだろう。

 そうなったらリョウガは役立たずの俺よりカムイをますます惚れ直すに違いない。

 カムイだって本当に憎んでいたらリョウガの為にそれほどまでに危険な世界に帰るだろうか?

 だからきっとリョウガとカムイは元の鞘に戻るにちがいないのだ……そう思うだけで胃のあたりがきりきりと痛む。

 俺はリョウガに必要とされてるわけでもないのに、ただのカムイの身代わりなのに何と未練たらしいのか。

 おばあちゃんが死んだ時だってこんなに涙が出なかったのに、なぜ情けないことに涙が沸き上がってくるのか。

 「神威……」

 涼夏が俺の名を優しく呼ぶとそっと抱きしめて唇を寄せた。

 「よせっ!」

 同情なんか真っ平だったし、顔が同じだってリョウガ以外の男とキスなんかとんでもなかった。

  「カムイがリョウガを選ぶなら君も僕を選ぶといいじゃないか?」

 ふざけているのかと思ったが、涼夏の顔は真剣で、感情のこもらない顔のまま俺を見下ろす様が異様に怖かった。俺は必死で首を振る。

 「いやだ……できない」

 涼夏のその荒治療がやっと俺を目覚めさせる……そうだ、もう俺には選択肢なんかなかったんだと。

 「それなら、リョウガのいる世界に帰るしかないんじゃないのか?」

 俺が力なく首を振ると涼夏の瞳はさらに強く俺の決意を則して爛々と光った。

 「我慢するな……やはり帰った方がいい。君がいるべき世界は本当は向こうじゃないのか?」

 「でも……カムイがいる」

 「僕はカムイがこっちの世界に戻ってきてくれると信じてるよ。っていうより戻ってくれると信じたいんだけどね」

 俺が注文したクロックムッシューだけで涼夏は俺がカムイではないと気がついた。そんな涼夏は俺とは違ってカムイを気遣い機微を穿てるやつだ。こいつもカムイに戻ってきて欲しいんだろう。

 つまり俺はどこからも誰からも欲せらないということなのだ。行き先を見失った俺の居場所はどこにあるというのか?

 「部屋に戻ってみるよ」

 そう力なく言いかけた時、 カランカランと勢い良く扉が開いてカムイが入ってくるのが見えた。

 ところが俺の姿をみてカムイは踵を返すように立ち去ってしまった。慌てて涼夏が後を追う。

 ぽつんとひとり取り残された俺は、絶壁のような絶望の縁に立たされていた。

 絶望は自殺に至る病だと聞いた事があったけど、元来オプティミストの俺には実感が湧かなかったが、今ほどその気持ちが良く分かったことはなかっただろう。

 そういえば英語の時間に習った諺に『Optimists are people who have not had much experience.』っていうのがあった。

 つまり楽天家なんてものは経験のないやつの言い種だという意味だが全くその通りだと今は思う。

 どこにいっても邪魔者の俺のプライドはぺちゃんこの粉々だった。

 それでもやっぱりどれほど傷つけられてもリョウガに会いたかった。

 彼の優しい大きな腕に抱かれて快楽に身を任せ、なにもかにも忘れてしまいたかった。

 そんなことはもう、夢のまた夢だと思うほどリョウガが恋しくて仕方なかった。

 「顔色が悪いけど大丈夫?」

 店に戻ると母が心配そうに顔を覗き込む。

 懐かしさのあまり抱きつきたくなる気持ちを堪えて軽く会釈をする。

 「ちょっと休むよ。寝不足みたいだ」

 母を騙すのは忍びなくもう二度と会えなくなるかもと思うともう一言だけでも声を掛けたい気持ちをなんとか押さえた。勘のいい母に何かと詮索されるのは得策じゃなかったから。

 部屋に戻ると鏡の前にリョウガが立ちすくんでいた。一瞬涼夏かとも思ったが見間違う事のないリョウガだった。あれほど会いたかったリョウガが目の前にいるというのに俺はどうしていいのか、何を言っていいのか解らなくて立ちすくんでいた。

 「カムイ……」

 「俺はお前の世界のカムイじゃない……」

 「そんなことはとっくにわかっている」

 だったらなぜ、俺をカムイと優しく呼ぶのか?

 俺が憎いんじゃなかったのか?

 カムイの振りをしてお前を騙し、ユーリーを傷つけた俺を汚いものでも見るような顔で見たじゃないか!

 お前の顔が表情が俺を偽者だと冷たく拒絶したじゃないか。

 「お前が何者でも……もう一度こっちの世界に来てもらう」

 それはいったいどういう意味だろう?もしかして少しでも期待していいのか?

 「呪の拡散はカムイの尽力のお蔭でどうやら押さえる事ができた……しかしこのままならユーリーが……シンが……助からない……お前が呪詛ったのだから……お前に呪を解く義務がある」

 俺が呪詛をかけただって?俺はその場に立っていられないほどショックを受けていた。?それはとんでもない誤解だ……

 「俺じゃない……」

 「否……お前だ……」

 「違う……誤解だ……」

 「カムイが俺達の世界に戻ってユーリーを見て判断し、彼がそういったのだ。お前が呪詛を放ったのだから、お前しかユーリーを救うことはできないと。よく思い出せ。ユーリーはお前を殺そうとはしたが、呪詛は放っていなかった。お前は無意識に彼に呪詛を放ってしまったのだよ」

 嘘だ……そんなのは嘘だ…… 俺はユーリーを呪ってなんかいない。

 後ずさる俺をリョウガは、思いきり引き寄せた。

 「逃げるな!神威!お前の名前はこの世界でも神という意味だそうだな……とにかく来るんだ!」

 そのまま肩を掴まれ俺は、有無も言わさぬ強引さでリョウガの世界へ連れ戻された。もう迷っている余裕すらなかった。

 魔鏡の裏の世界では、鏡のすぐ脇に天蓋付きのベッドが用意されユーリーは青白い顔のまま身体を横たえていた。リョウガが俺に顎をしゃくるように合図するので俺はしぶしぶユーリーの枕元にある気取った猫足の椅子に落ちるように座り込む。俺の気分は落ち込むばかりだ。いったい今さら俺に何をさせようというのだろう?

 俺の傍らにリョウガも腰をかける。そしてそのまま俺ではなくユーリーの姿をみつめたまま語り出した。

 「神威……お前には自覚がないだろうが、魔術を使う能力があるらしい。それもとんでもなく強力なものだ。俺が使う魔術は黒魔法と言って相手を攻撃する魔法。そしてカムイが使えるのが白魔法といって回復系の魔法だ。傷を直したり毒を消したり、強力なものは敵の攻撃を避ける為のバリアも作る事ができるという。 ……実際に俺が見た事があるわけではないがな……。そしてそれが進化したものが銀魔法と言って自分を守る為に相手を攻撃できるものだ。攻撃は最大の防御ともいうからな。攻撃してくる相手が二度と攻撃をしかけてこないように相手を麻痺させたり、気絶させたりできるという」

 リョウガはここまで一気に俺に淡々と語りかける。俺は無言で頷くしかなかった。

 「その中でも最も強力なものが、禁遏(きんあつ)の呪詛というらしい。代々語り継がれている文献を読む事が出来たカムイは詳しく知っているらしいが、私は詳しくは知らない。 使えるのはユーリー達と正当な王族であるカムイだけのはずだった。 だが、カムイはなぜかその魔術が使えないのだ」

 「なぜ?俺に使えて彼に使えないんだ?」

 「それは私達にもわからない。カムイはそれで随分悩んだらしい。自分が真の後継者として相応しいのかどうか」

 リョウガがふっと瞳を逸らし、どこか遠くを見た。そうかカムイだって悩んでいたんだな……。

 「カムイがどんなに努力しても使えなかったものが、お前には無意識に使える……。それが彼にはそうとうショックだったようだ」

 


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