魔鏡の輪廻 12


 

 俺はそのままカムイを引き止めようと思ったが、アイツの顔がやけに真剣でその上血の気のない覚悟を決めたみたいな怖い表情に何も言えなくなってしまった。

 「一階に救急箱がありましたよね、それを持ってきてくれませんか?」

 「なんでお前に……」

 命令されなきゃいけないんだと思ったが、よく考えてみるとカムイは俺が向こうでやっちまったらしい不始末の尻拭いをしにいく訳だからと、思わず口籠ったままぶつぶつ「ちくしょー」「覚えてろ」と意味のない愚痴を呟きつつ階下に降りて救急箱をとってくる。

 何年も帰って無くても勝手知ったる我が家で、しかも模様替えなんて先代からしてないんじゃないかっていう家だ。救急箱は捜すまでも無くすぐにみつかった。

 カムイは中身を確認するとそれをいくつか袋に詰めて怖い表情のまま鏡の中に消えていく。

 その際、俺を振り返りもしなかった。全く、どいつもこいつも……俺はいったいなんなんだよ。

 確かにいくら何も聞かされてないうえ鈍い俺にだって、カムイとリョウガの動揺を見れば何かとんでもない事が起きつつあると予想がついた。

 いったいユーリーっていうのは何者なんだろう?そういえばユーリーってこっちでいうとジャニーズも真っ青な美少年のくせにやる事はえげつない奴だった。

 だけど俺はユーリーを何かこう憎めないのだ……すがりつくような寂しい瞳がどこか置き去りにされた捨てネコみたいで放っておけない感じだった。死ねと言われて殺されそうになったのに、あいつの瞳は絶望に満ちた悲しい瞳で……あぁ、なぜ俺はあいつに同情なんかしてるのか? 自分の気持ちが良く分からない。もしかしたら、俺こそが捨てられた子猫で同じ立場のユーリーに思いを重ねてるだけかもしれない。

 携帯が鳴っていた。

 ぼうっとしていた俺はいつもの癖で何も考えずに通話ボタンを押すと出たのはなんと……リョウガにそっくりの声が……つまりこっちの世界のリョウガなのか?

 考え事をしながら無意識で出たので『栗田涼夏』という画面表示にも誰だっけ?くらいの気持ちでいたのだ。あぁ、俺ってやっぱりどこか抜けてるよ。

 「カムイ……待ってても連絡なんかくれそうに無かったから こっちから電話した……今いいかな……」

 「あ、はい……」

 あぁ〜〜〜俺ってなんて大バカなんだ カムイには仮病を使えって言われていたのに。

 「出られる?もう君の家の前の喫茶店なんだ……こられなくても暫く待ってるから」

 「行きます」

 こうなりゃやけだ!

 こうして俺はいつも自分の短絡的な行動に後悔することになる。

 彼から指定された『アンブロワーズ』は俺が幼い頃から俺の家の斜迎えで営業している小洒落た喫茶店だった。 時代の移り変わりで多少内装は変わったが、ここのマダムの昔の恋人の名前からこの喫茶店の名前がついたという噂だが真意のほどは定かでは無い。

 それよりここのクロックムッシュが最高でパリで食べたカールトンのクロックムッシュと遜色がないと思っている。

 涼夏に会う事より久しぶりにクロックムッシュかクラブハウスサンドイッチを食べようなんて考えてる俺はなんて食いしん坊なんだろう。

 店の一番奥まった個室みたいなスペースに涼夏はいた。確かに顔だけ見ると間違い無くあいつはリョウガそのものだった。

 「涼夏……」

 「来てくれて嬉しいよ」

 そういって微笑む顔は間違い無くリョウガと瓜二つで俺はどうも意識し過ぎて涼夏の顔をまともに見られない。だからぶっきらぼうにマダムに注文して気を逸らす。

 「エスプレッソとクロックムッシュ」

 俺がそういったとたん、涼夏は奇妙な顔をした。

 「何?」

 俺は嫌な予感に少しだけ不安になる。

 「お前……誰だ?……カムイはどうした?なぜ私の事を知っている」

 問いつめるその表情は不審に満ちていた。なんだ!なんだ!なんだっていうんだ?!たしかに俺はカムイじゃない。でもこっちの世界では間違い無く俺が本物の細岡神威なんだ。お前なんかにとやかく言われる筋合いは無い!俺は思わず頭に血が昇っていた。

 「ふざけるな。俺こそが本物の細岡家の長男……神威だ!俺はお前の事は確かに知らないが、お前にそっくりな奴なら知ってるぜ」

 「カムイは……カムイはどこにいったんだ!」

 俺は無性に腹がたってきた。

 こいつは確かに俺の実家細岡家に電話をしてきたはずだ。俺が本物の神威だというのにこの失礼な態度はなんだ!

 あっちの世界のリョウガは最後の時はともかくいつも俺を大切に扱ってくれた。

 それに比べてこの男の失礼な態度!

 こいつになんか何も教えてやるもんか。エスプレッソとクロックムッシュを食ったら即行帰ってやる。ところが俺が急に不機嫌になる知ると涼夏は、我に返ったように優しい口調に戻っていた。

 「神威くん、いきなり失礼な事をいってすまなかった。何か君と僕の知ってるカムイ……くんの間に何か深い事情があるようだね?ここで話すのは君も憚られるだろうから、個室でゆっくり話さないか?」

 涼夏はさすがに俺が気分を害すほど失礼な事をしたのにやっと気がついたようだった。

 「別にここで話したって構わない、この時間は客もそんなにいないし、店のマダムも口の軽い人じゃないし」

 俺が不機嫌そうに横を向いたまま席を立とうとしないので涼夏は小さくため息をつく。

 「君には失礼な事をしたと思うが正直いって僕も酷く戸惑っているんだ。カムイから双児がいるなんて話は聞いた事がないし、それに最近のカムイはどこか様子がおかしかった……僕を誰かと重ねてるような気がして……」

 その一言で俺の胸の奥がキリを突き付けられたように痛む。そうか……こいつも俺と同じ思いをしたのではないのか?

 自分の背後にあるリョウガの影に不安にかられ時には傷ついたのではないのか?

 もし、そうだとしたら涼夏に不用意な事は言えないと気を引き締める。それにしても憎いのはカムイだ。

 涼夏もリョウガもそして勿論、この俺もみんな彼に振り回されている。俺にもアイツみたいな自分勝手な性質が含まれているのかもしれない……そう思うといらつく気持ちはもっと強くなった。

 俺とアイツは別人格だが、どこかで命が繋がっているのも経験からして分かっていたから不用意な事はできない。まさに八方塞がりで気持ちはますます落ち込んでしまう。

 涼夏は黙り込んでしまった俺の顎を中指でそっと取るとくいっと上に向ける。

 「本当に顔だけ見れば瓜二つだ。君が自信いっぱいに『エスプレッソとクロックムッシュ」』なんて慣れた口調で注文しなければ私は今でも君が僕の知ってるカムイだと疑いもしなかった」

 「カムイはクロックムッシュは嫌いなのか?」

 俺のとんちんかんな受け答えにも彼は柔らかな微笑みで俺を包み込む。

 「そうじゃない……彼はどこにいても何かをするのに自信をもってするということがなかった。まるで異邦人のように所在なさげで自分の行動にミスがないかと常に緊張してる感じがした。 でも君は違う。まさに自分のテリトリーをマーキングするのごとく自信いっぱいに振る舞っている。」

 「だってここは俺の生まれ育った街だ」

 「そうだね、それはよくわかるよ。僕の知ってるカムイはどこか捨てられた子猫みたいで君のように自由奔放な感じは全くなかった。だからすぐ別人だと分かったんだ」

 ここでもカムイは愛されてるらしい。

 「自由奔放で悪かったな……俺はお前の子猫チャンじゃねーから」

 だけど今はよっぽど俺の方がどこにも居場所がない。

 退院後は勝手に、俺が帰りたくなかった実家に跡継ぎのように舞い戻ってしまってるカムイ……俺の職場もアパートも引き払われちゃったのだろう。

 成人すぎた男が仕事もせずに実家に舞い戻れる訳もなく、いまさら実家を継ぐ気持ちなんかさらさらない。だからといって女のように誰かの嫁になるなんて選択肢もない。

 こっちに戻ってきたって俺が八方ふさがりなのに変わりはなかった。だけどこんな目にあってさえなお、カムイをなぜか憎めないと思ってしまう自分に気がついていた。

 俺はいったいどうしたらいいんだろう。

 殺すほどユーリーに憎まれ、好きだったリョウガには冷たい瞳で睨まれたのに、やっぱり俺はこの世界に残るより憎まれたって危険だってリョウガの近くにいたいと思ってしまうのだ。

 もう二度とリョウガの腕に抱かれなくてもリョウガに降り掛かる火の粉を少しでも払ってやれたらなどと未練がましい事を考えてしまう自分がなんとも情けなかった。


 BACK NEXT  WORK TOP