魔鏡の輪廻 10


 

 俺は後ずさりするようにその場を離れた。

 そんな俺の姿を見ても何人もの従者が部屋を急がしそうに出入りしているが、誰も俺の姿を見咎める者もいない。それだけ状況が切迫しているのだろう。

 振り向くとリョウガは必死の形相で従者達に怒号とともに指示を出すのに忙しい。

 「祈祷師はまだか?」

 「このエリアを隔離し、他の者を近付けるな!」

 「早くしろ!呪の種が拡散するぞ!」

 俺に何か手伝える事はないのだろうか?たとえリョウガが俺自身に興味を無くしていてもせめて何か 彼の役にたてたら……。俺はそう思ってリョウガの傍にいようかとも考えた。  

 だが、リョウガは俺には全く関心を示さなかった。まるで俺の存在なんかないような顔をしてテキパキと指示を出す。しかしリョウガの焦る表情から決して状況が好転していないのがみてとれた。どんな些細なことだって俺にも手伝わせてくれたら俺の存在意義だって感じられるのに。

 心のどこかで分かってはいたけれど、何も言わずともリョウガが俺を信じてくれると思ったのは俺の思い上がりだった。

 それを自覚するのがこんなにも苦しいなんて。

 リョウガが愛してるのはカムイで俺じゃない。

 所詮俺はカムイの身替わりか偽者だ。そんな俺にリョウガがどうして好感なんか持つだろう。

 その上、自分の制御できない力を俺は持て余してリョウガに迷惑をかけてしまったんだ。

 このままこの力を制御できないなら、感情にまかせて誰かを傷つけてしまう。

 リョウガと離れたくはないけれどやはり、俺はここにいてはいけないのだ。帰ろう……自分の世界へ。

 リョウガの事は辛いけど、リョウガが俺をカムイの偽者としか扱ってくれないのだとしたら 俺がここに残る意味がどこにある?

 まずはあの俺の世界に通じる唯一の道である魔鏡を捜そう……俺はそう決心した。

 しばらく、行き来する従者達に紛れて彷徨っていたが、なぜか何かに引き寄せられるように俺はまっすぐにその扉の前に向かっていった。そしてその扉の前に来た時、寒気がするほどに空気が澱んでいるのを感じる。

 息が出来ないほど禍々しいものを感じるが、具体的に何かと聞かれれば説明出来ない。

 でも敢えていうなら、例えば真夏の盛りに子供の時に入り込んだ古い寺の本堂に感じた背筋の寒くなるような引き込まれるような冷気……そんな感覚。ここだ、ここにある……俺の第六感というものがあるとするならば、それが激しく俺にここがそうだと伝えていた。

 迷わずその扉を開けると、確かに絹のサテンに包まれてはいたが、確かに俺が持っていた魔鏡とそっくりの鏡があった。

 そっとサテンの布をめくるとそこには活き活きと実家の菓子屋で働くカムイが映っている。

 彼はなんともいえぬ慈愛に満ちた表情で優しく母に微笑み母も幸せそうに彼に微笑み返している。

 知らずに涙が滲んでくる。無性に悔しかった。惨めな俺となんという違いなのか?

 この世界でも俺の世界でももう、俺はいらない人間になってしまうのか?

 いったい、俺が何をした?

 ただ、瀕死の俺にそっくりの男を助けただけだ。

 それなのに俺はこうして苦しみ、彼は幸せそうに微笑んでいる。

 だけど今さらそんな事を考えてしまうなんて……あぁ……俺はなんて心の狭い男だろう?

 リョウガの愛も一身に集め、そのうえ、俺が実現出来なかった母を守り父の信頼を受ける事……そんなアイツに憎しみすら湧いてきたのだ。

 俺の存在はどこだ?

 俺はどこにいったらいい?

 俺はいったい誰に愛される?

 俺は思わず両手を鏡に伸ばしていた。

 辛くて、胸が引き絞られるように痛くて、自分でもこんな自分を持て余していたから。

 身体が引き絞られるように痛い。次元を超えて来たからだろうか?うまく指先が動かない。気がつくと俺は自分の部屋にいた。幼い頃から過ごした懐かしい実家の2階だ。

 少し落ち着いて部屋を見渡すと本棚には俺が学生時代に買った本の他に「菓子の歴史大全」や、「菓子造り秘伝の技」「和菓子から学ぶパティシエ」といった見た事もない本がずらりと並んでいた。多分、あの場所にはちょっとエッチなマンガが置いてあったはずだ。

 その本棚を見ているとアイツと俺の人間の大きさをくらべられているようで俺はますます不愉快な気持ちになった。

 それに俺はそんな本も置いてあったから、母に自分の部屋に入られるのをよしとしなかったが、カムイは清廉潔白で勉強家なのだ。親に部屋に入られようとも恥じるものなどないのだろう。 母がこの部屋を掃除してるのは一目瞭然という感じにすっきりと整理整頓されていた。

 俺ってなんだったんだろう?老舗の菓子舗の嫡男に生まれながら、その現実を拒否してただのサラリーマンになった俺。

 なにがなんでもサラリーマンになりたかった訳じゃなかった。本音をいえば菓子屋を継がないならなんだってよかった。

 明らかに菓子屋より気楽だったから、なんとか入られた商社に入社したのだ。

 そりゃ俺なりに努力はした。それは自分が就職したり進学したりする為で親の為じゃない。

 よくよく考えると俺は一度だって自分から親に歩み寄ろうとなんかしなかったじゃないか?

 カムイは自分を捨ててまで自らの国や国民を守ろうとしたのと雲泥の差だ。

 その上彼には祖先の誇りさえも彼の肩に乗っていたんだろう。だから辛かったんだ。だからリョウガに縋りたかった。そんな自分の恋心さえも他の人々や親や祖先の誇りの為に投げ打ったのだ。

 そんな彼がどちらの世界でも必要とされるのは当たり前の事。

 では、俺は?俺の居場所はどこにある?何処にも必要とされていない俺……気持ちが奈落の底にまっ逆さまに落ちていく。

 どちらにも俺の居場所はなく歓迎もされてないのに、カムイと命が繋がっている事を思えば死ぬ事も出来ない。

 もっとも自殺なんて俺の柄じゃないけれど。


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