落涙の果て4

Now I'm here(番外)



 黒曜と若い美少女とのじゃれあいに、花珠はさらに深く唇を噛んだ。

 かつて自分が黒曜に投げ付けた言葉がそのまま蘇り覆い被さるように花珠を苦しめる。 自分が怒りにまかせて黒曜に吐き捨てた残酷な言葉を……

 『お前はなんの関係もないと思え。それだけ忘れるな』

 さら、こうも言った。

 『2度と私の前に姿を現すな。もうお前を見るのも汚らわしい』

 と追い討ちすらかけた。

 しかも出ていこうとする黒曜に『あのような我が儘な者にかまっている暇など無い』とまで言い切った。

 そのうえこともあろうか 封も切らずに破り捨てたのだ。唯一残された黒曜の手紙を……。

 あの手紙に手をかけた時、まるで悲鳴のような音がした。 どれほどの思いがあの手紙に込められているのか封を開かずとも偉大な白魔導師である花珠が気付かぬはずがなかった。それを解って敢えて黙殺し怒りに任せて破り捨てたのだ。

 ここまで徹底的に彼を追い詰めた自分に黒曜を攻める権利などない。だが、だが……どこかで花珠は望んでいたのだ。

 「いつかきっと私が黒曜を必要としてくれる日がくるまで黒曜は自分の力を溜めて私を見守る……とあの手紙には認められてあったじゃないか……『お前と再び愛しあう日がくるという夢の中で私を死なせて欲しいから』……そういったお前の気持ちは偽りだったのか!」

 そう、手紙を開かずとも怒濤の様に花珠の心の中に黒曜の悲鳴のような言霊が刻み込まれていた。 それが心の隙間に入り込んでどんなにかき出そうとしても出ていってくれないのだ。花珠はもう、その一字一句さえ忘れる事ができなかったのに。

 それなのに目の前の黒曜はさも楽しそうに美少女といちゃついている。

 花珠の心にふつふつと怒りが沸き上がってきた。

 同時にこのまま、立ち去れともう一人の自分が語りかける。

 本当に黒曜を愛してるのだとしたら、このままそっとしてやるのが本当の愛情じゃないのか? 自分のところに戻ってくるより黒曜は幸せではないかと。そう思いつつ、花珠は二人のすぐ近くまで近寄っていた。どれほど理性で忘れようとしても、身体と心は、どうしようもなく黒曜を求め続けている。 黒曜も、きっと自分と同じ気持ちなのだと信じてこんな所までのこのこやってきた自分はなんと愚かなのか。

 そして黒曜が少女を見つめる優しい眼差しに花珠は深く傷ついていた。あんな優しい瞳で他の子を見つめるなんて……

 「黒曜……!」

 押さえる間もなく花珠の言葉は迸った瞬間、黒曜は弾かれたようにびくっとしてから、不思議な表情で花珠を見つめていた。

 「花珠……なぜ?」

 一瞬にして黒曜の少女に向けられていた優しそうな笑顔が消え、戸惑った顔に変化するのを花珠は見逃さなかった。ここに来るべきではなかった……花珠は後悔する。なぜ、声などかけてしまったのかと。 それでも残っていた僅かな理性を掻き集め、喉から声を振り絞った。

 「元気そうだな……黒曜……」

 「花珠ここにはいったいどういう用件で来たのだ?一国の王たるお前が『落愛人』なはずがない」

 「黒曜……なぜ、お前は私が死を決した戦いの時、私を助けに来てくれなかったのだ?」

 「……?……」

 「私は待っていた、きっと必ずお前がくると……私は待っていたのに」

 「私だって行きたかった……いってもよかったなら行きたかった。でも行けるはずないじゃないか」

 「来なかったのは、手紙を読まずに破り捨てたからか?」

 「やはり、読まずにアレは捨てられたのか?」

 「あぁ、捨てたよ。読まずとも、お前の言霊は私の心に深く突き刺さった……抜けない棘の様に……」

 信じられないという顔で黒曜が花珠を見つめた。

 「だが、こんなに幸せそうに暮らしていれば城に帰ろうなどと思わないはずだな……」

 「……なっ!」

 花珠は力なく首を振った。

 「いや、誤解しないで欲しい、決して黒曜を責めているのではないのだ。幸せそうに暮らすお前をみて、私もやっとこんどこそお前を諦められそうだと思っただけなのだ」

 「花珠……じゃ……じゃあお前はもう、私を許してくれるのか?」

 花珠は唇を必死に笑みの形にしようとするが、頬が震えただけだった。

 「許すも何も、ここで幸せに暮らせ……もう二度と会う事はないだろう」

 そういって踵を返した花珠の腕をがっちりと黒曜が掴む。

 「放せ!」

 しかし黒曜は後ろから羽交い締めにするように花珠にしがみついた。

 「いくな、行かないでくれ!私も待っていた。いつかお前が許してくれる日を……」

 花珠の頬が紅を差したようにぱぁっと明るくなった。しかしふと思いだしたようにその瞳が曇る。

 「だが黒曜……あの娘は……」

 凛は少しだけ淋しそうな顔をしてから黒曜に小さく微笑んだ。

 「妖さま、この方があなたの言っていた想い人だったんですね。さきほどお目にかかった時は、とても怖い眼をしていたのに今はこんなに優しい眼をしてる……妖さま……ずっと待っていた甲斐があったじゃない」

 「……凛……すまぬ」

 黒曜はそっと瞳を閉じた。

 「凛……というのか」

 花珠はそっと彼女の元に跪く。その瞳は慈愛に満ち、熱いもので潤んでさえいた。

 「黒曜をふたたび后に迎えたい……どうか私達を許しておくれ」

 凛が小さく頷くと、彼女のその大きな瞳からも、ぽとりと熱い涙がこぼれ落ちた。

 「凛、何か困った事があれば、西の丘の向こうにある瑠璃国を訪ねてくるといい 必ず力になろう」

 花珠はそういうと熱く凛の両手をとってその手の中に自分が付けていた七色に輝く真珠の首飾りを、そっと彼女の手を包むようにして握らせる。

 涙を押さえながら凛が立ち去ったあと、二人は永遠に続くかと想う程熱く唇を交わした。熱い吐息と共に幾度も幾度も……。

 辺りが夕闇に包まれた頃、それでもまだ名残惜しそうに、キスを交わしてから、やっと二人は西に向ってゆっくりと歩き出す。いつの間に来たのか、二人の向う西の彼方には、目映いばかりに豪華な龍の曳く龍車が二人を待っていた。

 ふと思いだしたように黒曜が、花珠の方を向く。

 「やっぱり私が后なのか?」

 「当たり前じゃないか」

 前を向く花珠の顔は美しく輝き自信に満ちていた。

 

 

 おしまい

 

 

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