落涙の果て3

Now I'm here(番外)



 片づけに夢中になっていた妖は、自分の後ろに誰かが立っていた事にも気付かないほどだった。 小さくため息をついた凛は、おずおずと遠慮がちに声をかける。その声は心なしか震えているようだ。

 「妖さま、何をしてらっしゃるの?荷物なんか纏めて、まさかこの村を出ていくおつもりじゃないでしょうね?」

 一瞬、びくっとした妖だったが、その声の主が凛だとわかると、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 「凛……私はここに長くいすぎたようだ。凛達が優しくしてくれるからつい甘えてしまって」

 「どうしてそんなことをおっしゃるの?抱いて欲しいなんて言わない、ただ、妖様がここにいてくださるだけでいいんです」

 いつも、そんな我が儘を言った事もない凛に、妖は少しだけ戸惑ってしまう。

 「しかし、新しい『落愛人』も来たそうじゃないか。大きな街でさえ何人もの『落愛人』がいるのは稀だ。ましてこんな小さな村に二人の『落愛人』がいるのは不自然だよ」

 「でも、でも新しい『落愛人』様はすぐ出ていくかもしれないわ」

 「出ていかないかもしれない、彼が私を不快に思う前に私が出ていかなくては」

 「いやよ、新しい『落愛人』様はすごく綺麗な人だった……あんな綺麗な人見た事がない……でも、瞳が瞳が凄く冷たいの。ぞっとするくらい、淋しくて他を寄せつけない眼をしてるのよ。あんな人にこの村にいてほしくなんかないわ」

 「凛、それはお前の気持ちだろう?他の娘達がなんと思うかな? みんな若いうちに子供が欲しいはずだ。私がいたのでは彼女達のせっかくのチャンスをダメにしてしまうかも しれないんだよ」

 「妖様……じゃあ私もいくわ。私も小間使いとして一緒に連れていってください」

 「……すまないがそれはできない」

 「妖様は、もう子供も旦那様もお城に置いてきて二度と会えないっていったじゃない?」

 「確かにそう言ったが、もう会えないからと言って、他の者と情を交わす事など私にはできないんだ。凛、お前程美しければ私ではなくもっとお前に相応しい者が現れるよ」

 「嫌っ……」

 小屋を出ていこうとする妖に凛は必死に取りすがる。

 「今まで色んな人に出会ったわ。でも妖さまだけなの、こんな気持ちになったのは 妖さまだけなのよ。お願い……抱いてなんて言わない、ただ傍にいるだけでいいの」

 「凛……冷たいようだが、私の心にはまだあの人しかいないんだ……諦めても諦めても いつもあの人の優しく美しい微笑みだけが私の心をつき動かす。だけど別れる前のあの私を見る冷たい瞳を思いだせば心は凍ってしまいそうになるけれどね」

 「私が忘れさせてあげる……心が離れた人をいつまでも思っていても幸せにはなれない」

 「いいんだ、幸せになろうなんて思っちゃいない、私のような者は幸せになってはいけないのだ。 愛する者を苦しめて不幸にしてしまったのだから」

 「あなたの子供は不幸になってしまったの?」

 「いや、今はあの子も愛する者に思われて幸福だと思うけどね。でも、それはあの子が勝ち取った幸福だ」

 子供が愛するものに思われて幸福だと言った言葉に、凛は妖を不思議そうに見つめて呟いた。

 「妖さまっていくつなの?」

 「あはは、もう30を越えているよ。凛からみたらおじさんだ」

 「や〜ね。妖さまは絶対そう見えないわ。私よりちょっとだけおにいさん」

 そういって妖の首にしがみついた。

 「こら!凛」

 「いかないって言わなきゃ放さない……」

 二人の笑い声が辺りに鈴を転がすように明るく響き渡る。

 

 その様子を少し離れた小高い丘の上から凍り付いた瞳で見下ろす者がいた。

 拳を握りしめ唇を強く噛み締め微かに肩が震えている。

 『落愛人』の風情でこの村に現れた青年……それはだれあろう花珠その人だった。  

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