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Now I'm here(番外) |
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妖は女達と違って多少の魔法が使えた。それはごく初級の攻撃の為の黒魔法と癒しの白魔法だったが、 彼はその魔法の力で、村の女達にどれほどその恩恵に感謝されたか解らない。 だから、どの少女とも愛を交わさなくても、この村に留まる事を許されているのだろう。 今度の『落愛人』はもしかしたら、もっと高等な魔法が使えるかもしれない。 そうしたら、もうここにはいづらくなるだろう。 「ここには長く居すぎたし……」 妖はそう呟くと、ゆっくりと身の回りの物を片付けはじめた。 とはいっても、たいした値打ものは持ってはいないが、少しでも価値がある物は世話になりっぱなしの凛に残してやりたかった。 今まで、妖はどれほど、この村一番の美少女……凛に助けられたか解らない。 人生に絶望しかけた妖に、新しい人生を歩む勇気をくれたのは彼女だといっても過言ではなかった。 妖は彼女がどれ程望んでも抱きしめてやることすらできなかったのに。 そう、彼女が子供を欲していたのは知っていた。だから花珠が手紙を破り捨てた時に 自分ももう、諦めて第2の人生を歩むべきだったのだ。 それなのに、どこかで未練があるのか どれ程娘達に請われようと妖は、彼女達を抱く事ができなかった。 「全く、なんと未練がましいのだ……私は……花珠は自分の命を賭けた戦いの時でさえ 私の事を一度だって呼ぼうともしなかったのに……」 実際、あの戦いの時になんの魔法も使えない黒曜には、苦しむ花珠を楽にする術があったとは到底思えない。とはいえ、どれほど「帰ってきてくれ、傍にいてくれ」という花珠の言葉を待ちわびていただろう。 もちろん、心を痛めていたとて、妖が勝手に城に帰られる訳もなかった。自分が城に戻る事でどれほどの人々を混乱させるかを考えただけで怖かったし、そして なにより恐ろしかったのは、自分の息子……真珠と、花珠の態度だ。 もし、彼が黒曜が来た事で不愉快な思いをし、あまつさえ罵倒などされたら、身の置きどころもない。 そう、自分は、人生でたったひとりの花珠に翻弄されて産み落した子供……真珠を売り渡したのだ。 この星を取り巻く事柄に、真珠の将来と自分のプライドを慮ってしたこととはいえ、そんな言い訳など許されるわけなどあろうはずもなかった。
滅多に人が訪れる事もないこの村には、宿はない。『落愛人』を迎えるための小奇麗だが小さい小屋に新しい『落愛人』は案内されていた。その落愛人は一番幼そうな娘に声をかけた。 「さっそくなのだが、この村に私の他に『落愛人』はいないか?」 「妖さまのことですか?」 最初に自分が声をかけられた事で、少女の頬はほんのりと色付く。 「妖さまというのはどんな人だい?」 「髪も瞳も濡れたように真っ黒で、優しい瞳をした方です。私達に薬を分けてくれたり、危ない時は魔法を使ってくれたり」 「そこに案内して貰えないだろうか?」 せっかくやってきた美しい『落愛人』の本当の目的を聞いて娘達は一様に落胆のため息をもらす。 「すまぬ、人捜しをしているのだ。遠くから一目みるだけでよい」 「いいわ、でも妖さまは誰にも会わないし、それに妖さまには凛がいるのよ」 少女はどこか得意げに話した。 「誰だ、その凛というのは?」 「この村で一番の器量よしなの。色んな『落愛人』に求愛されたけど、誰にも靡いた事がないのに、 今は妖さま一筋なのよ。妖さまも凛が気に入ったから、この村に住んでるんだと思うわ」 娘達の誰よりも美しいその男の顔が一瞬にして曇った。 「子供……がいるのか?」 「今は、まだだけど、そのうちきっとできるよ。だっていつもあの二人仲良しで 私達の出る幕なんかないんだもん」 「そうか……」 そういって男はぐっと両手を握りしめた。しかし決心したように顔を上げると 「それでも構わぬ、案内してくれ」 と立上がった。 「あなたのお名前は?」 「忝ない、今は訳あって名のれぬが、礼は必ずしよう」 一番幼い顔をした娘が彼の手をぐっと握りしめた。 「いいよ、あたしが案内するから」 少女はそれでも、自分より一回り以上も大きな身体の美しい落愛人に、甘えるように見上げて微笑んだ。 |