落涙の果て

Now I'm here(番外)



 地平線の彼方に朝日を背に少しずつ大きくなる陰がある。遠くから観てもその姿から何かしら眩いものが感じられ神々しささえ感じる。

 朝日の向こうからやってくるのは、こんな辺鄙な村には似つかわしくないどこか高貴な線は細いが力強さを感じられる若者のようだった。

 

 この藍の大地と呼ばれるこの星には、表向きに男性単体はいないという事になってる。 それどころか、殆どの人間が女性体であり、その例外は王族だけでしかも彼等は両性具有だった。

 その中、王族の長子だけが、男性単体の王となる事を認められ王として城で一生を過ごす。

 他の王族達は他家に嫁いで子を為した後は、特別な王妃以外は還俗し、子供を作る為に 女性だけの街に降りてゆく。

 つまり彼等はハーレム状態の様で在るが、もともと男性単体ではなく、しかも子を為した事の ある彼等は押し並べて性に対して淡白であった。しかも美しいものを見極める眼も肥えている。 生涯の伴侶を求めるように街から街に流れる王族達は決して少なくなかった。

 むろん、彼等を街の娘達が放っておくはずもなく、父はなくても子供は生まれてゆく。この星では、母子だけの生活、それが寧ろ自然の摂理だった。

 そんな中、いつまでも放浪する還俗した王族の事を、人々は畏敬と侮蔑の入り交じった複雑な思いで『落愛人』と呼んでいた。

 しかし自然に恵まれて絵に描かれるほど美しいとはいえ、こんな辺鄙な村「駿崙」に『落愛人』がくるのは稀であった。

 ところがなんということだろう、今日はこの村に二人目の『落愛人』が辿り着いたのだ。 当然、村中は色めいた喧噪に包まれる。子供を持った事のない少女達は浮かれ上がっていた。

 そんな喧噪に取り残されたように、勢いよく一人の美少女が村はずれの質素な小屋のドアを開ける。

 「妖(よう)さま、どなたか美しい方が村を訪ねてきたようですわ」

 「おや、凛(りん)じゃないか……美しい人ってもしかして新しい『落愛人』か?」

 「えぇ、多分……」

 「それじゃあ、私にかまけてないで、凛も会いにいっておいで。お前ほど美しければ『落愛人』に見初められるかもしれんぞ」

 「妖さまったら……いけずねぇ。私が妖さまに惚れてるのは御存じのはずなのに」

 妖と呼ばれた青年はそれには答えずに腰までくる長い髪をそっと後ろに流し深く澄んだ黒い瞳で淋しそうに微笑む。

 この村に『落愛人』の妖が来て数カ月になるが、彼は誰とも愛を交わそうともせず、まして決めた伴侶 があるわけでもない。本来ならそんな彼の居心地は悪いはずだったがそんな彼を村の女達は暖かく迎えていた。

 だからこそ女達には荷の重い力仕事を妖は率先して引受け、薬草などを摘みながらひっそりと村はずれに小さな小屋を立てて住み着いていた。それでも村の娘達は度々妖の小屋を訪れる。それが妖には申し訳なくもあり、ほっとできる一瞬でもあった。

 外では女達がきゃあきゃあと騒いでいる。むろん、妖は『落愛人』に興味などなかった。

 賑やかな凛が部屋を出ていった後、妖の心を占めていたもの、それは残してきた愛しい子供達と生涯をかけて愛した人…… その事だけだった。

 

 城を離れる時、思いを込めて書き置きしてきた手紙を愛していた人に破り捨てられたのを知ったのは城を出てほどなくだった。

 あの手紙にはどれほどの念がこもっていただろう。その念に自分の全ての気持ちを込めて 城を出たのだ。

 たしかに自分がしてきた事を思えば簡単に許してもらえるとは思っていなかった、

 だが、まさか読まずに破られるとも思っていなかったのだ。

 「私はなんと甘い人間か……」

 だが、あの手紙は破られた……手紙に込めた念がその時黒曜の心も破り捨てられたのだ。

 そしてその時、同時に黒曜という自らの名も捨てた。このまま、どれほど待ち望んでも 自分の元に愛する人は帰って来ない。名前など未練を残すだけだった。

 「花珠(かじゅ)……」

 思わずその愛おしく美しい人の名を呟いた。

 もう、二度とその名を口にするまいと思っていたのに、そのまま喉の奥から出てきたのは嗚咽だけだった。  

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