蒼く儚い望み6

Pie in the sky


 成ヶ澤が俺の頬骨を掴むと顎を上げさせた。思わず俺は顔を背ける。

 「い、いやだ」

 成ヶ澤が不思議そうな顔で俺をみた。

 少し前の俺ならありえないことだから、売り専の俺がキスやフェラを嫌がっていたら商売にならない。

 俺は自分で言って狼狽していた。

 「……嫌だって?……お前が?」

 左右に瞳を泳がせながらますます所在がなくなってしまう。

 「本当に嫌なんだ、お願いだから……」

 「どうしたんだ?お前らしくもない。好きだったろう?」

 成ヶ澤はさらに強く掴んだが俺がえづき始めたのをみて不思議そうに顔を覗き込んだ。

 「何かあったのか?何かあったのだな?翼と」

 俺は無言で首を傾げて俯く。

 「何か酷くされたのか?」

 慌てて首を横に振った。

 「じゃあ翼は……可愛がってくれたんだな?」

 ひと粒涙が落ちると後はもう止まらなかった。次々と流れ落ちる涙が自分の瞳から流れ落ちてるなんて まるで現実じゃ無いみたいだ。

 「じゃあ、何が不満だったんだい?」

 成ヶ澤は幼子をあやすように俺の背中を撫でながら優しく問いかける。

 「アイツは僕を調教したんだ……」

 「調教……?」

 成ヶ澤は絶句している。俺はきっと睨みあげるように成ヶ澤を見た。

 「そうさ、調教だ……もうアイツ以外の誰かに抱かれても感じないように」

 「お前……もう翼以外に触れられたく無いのか?」

 「もう、もうこの行為自体がぞっとするよ」

 「乱暴にされたのか?」

 「じっくりと一ヶ月かけて俺を成ヶ澤さん好みに変えられたんだ。翼が成ヶ澤さんにされた テクニックを駆使して……俺を……俺を改造したんだ……」

 そうして俺はますます胸の奥から込み上げる熱いものが涙に変わっていくのを止められずにいた。 成ヶ澤は複雑そうな顔をして俺を見つめていた。

 それはどこか悲しげで切なそうだった。

 「それは翼がお前を一ヶ月心を込めて愛撫したのだ。別に調教したのではない」

 「愛撫?あれが愛撫だって……愛撫なもんか……成ヶ澤さんには解らないんだ!」

 俺の声は酷く震えていたのだ。だって成ヶ澤がさらに強く俺を抱き締めてそっと宥めるように背中を撫でたから。

 「解るよ……」

 「……?……」

 「俺も心を込めて翼を愛撫したからだ……ノンケの翼がもしかしたら少しでも俺を好きになってくれるようにって。でも俺の愛撫は翼を通り過ぎてそのままお前の心を捕えてしまったんだな」

 「ちがう……ち、ちがう……」

 「何が違うんだ?」

 「違うんだ……ただ……アイツは男なんか興味なくって……俺は、俺は これ以上ないっていうくらい汚れてしまってるから」

 俺はそこまでいうと流れ落ちる涙だけじゃ無くて嗚咽まで抑えられなくなっていた。いったいどうなっているんだろう。

 俺の身体は?心は?不安だ……不安で仕方ない……誰かに掴まっていないと崩れ落ちてしまいそうだ。

 だけど俺は気がついてしまった。もう俺は誰でも縋れるわけじゃ無い。

 俺はアイツの……女が好きな……多分今頃は女を抱いて眠っている翼の腕じゃなきゃもう本当の満足を得る事は不可能なのだ。

 こんなに男に塗れていて、セックスが好きでそんな俺が、バイの、もしかしたらノンケの 俺を利用して出ていきやがった翼じゃ無きゃダメだなんて……。

 突然大きな物音がして開くはずのないドアが開き翼がそこに立っていた。

 「つ、翼……」

 成ヶ澤の声が上擦っていた。俺はなぜ、ここに翼が立っているのか理解出来ずにいる。

 翼は俺達が抱き合っている姿をほんの一目だけ見ると何も言わずに踵を返すと 乱暴にドアを閉めた。

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