お仕置きは念入りに



 

【5】


 

  部屋に入っても美杉は背中を向けたまま無言でカクテルを作っていた。

 カラカラに乾いた口の中から、何か鹿央は言おうとするが、言葉にならない。 何か美杉が怒っているのだろうが、不機嫌な気持ちになっているのは自分の方だった。

 美杉は今の会社からも、充分に評価され、それどころか兄が自分の社に引き抜こうという 現場まで目撃してしまったのだ。

 それを思い出すとまた胃がキリキリと痛みだす。

 冷たい顔で無言のまま差し出されたカンパリソーダの入ったグラスを 鹿央は思いっきりよく呷るように喉に流し込んだ。

 度数の低い酒とはいえ、くっと喉が痛くなる。

 そのまま、「もう一杯もらえるか?」と美杉に空のグラスを差し出した。

 美杉が不振そうな顔でもう一杯カンパリを作ると脇から奪うようにしてまた鹿央は一気に呷る。

 「感心しない飲み方だな」

 「喉がカラカラなんだ。会いたくもないやつに会って満足に飲めなかったし」

 その一言で急速に美杉の顔が強張ったかと思うと、「じゃあ始めるか?」と残酷に言い放った。

 「もう少し飲んでから」

 「もう、いいだろう」

 そういってカンパリのボトルを仕舞おうとした美杉の腕から無理矢理ボトルを奪い取るとそのまま 喉に流し込む。

 「よせよ」 そういって美杉にボトルを取りかえされた時には、鹿央はすでに足腰が立てない状態になって

 その場に座り込んでいた。

 唇から溢れた酒が顎を伝う。

 それをみて美杉の喉がごくりと鳴った。

 そのまま倒れ込んだ鹿央がゆっくりと美杉に手を伸ばす。

 「身体が熱くて起きれにゃ〜。なんらか雲の上に、いるみらいだ」

 急速に変化した鹿央の状態に冷たかった美杉の表情に困惑の色が浮かぶ。

 「起こして?」

 そのまま身体を預けてくる鹿央をソファに寝かせた。

 「熱いね〜〜」

 ネクタイに自分から手をかけるとゆっくりと引き抜いてぽとり落とす。

 誘っているのか?

 美杉は目の前で起っていることを信じられないように呟く。

 「らってどっちにしろ、お仕置きされちゃうんらろ?僕はちゃうっていってるのにさ」

 美杉は一度深いため息をついてから鹿央のシャツのボタンを外しだした。

 「だまれよ」

 鹿央は邪気のない顔で微笑みかける。 美杉は胸が押しつぶされそうだった。

 どうしてこんなおやじに。どうしてこんなセクハラを繰り返すノンケに俺は欲情しているのかと。

 「黙ってろ」

 そういって美杉が乱暴に鹿央の唇を奪う。

 何もこれ以上何も話させたくなかったから……そう自分に言い訳しながら男にしては 柔らかい唇を何度も味わうように角度を変えて吸い上げる。

 

 きっと、これは現実なんかじゃないのだ……。鹿央はそう思った。 自分を見つめる美杉の瞳が潤んで見える。身体の奥深くから熱いものが込み上げてきて 自分を全く違うものに作り替えていく気がした。

 そのくせ意識はフワフワと現実感がなく、夢心地でこんな至福の時を感じたことは今までに 一度も経験がなかった。

 何が起るのかという恐怖より、興味が勝り、どんなことでも許せそうな気がする。

 彼の指先は熱くてまるで指揮者のように自分の快楽を上手く引き出して 奏でている。

 お仕置きという名の元に自分がまるで彼に愛されているような錯覚を起こす。

 彼に大切にされ、愛されそして自分が味わったことのない官能のエロスを引き出してくれる。 そんな風に今だけは信じたいと思った。

 夢なら覚めてくれるなと。そして夢なら目覚めてからもこんな幸せな道足りた気持ちを忘れないでいようと。

 一方、美杉は酔った鹿央が思いのほか快楽に素直なのに戸惑っていた。

 このままなら、雰囲気で最後まで行きかねない。

 今までは、お仕置きで済んでいたが、これ以上進展すれば、いくら天然の鹿央とはいえ、 自分の欲望に気付くだろう。

 『おやじだぞ、おやじ』

 自分にそう訴えかけるが、下半身はさっぱり言う事を聞いてくれない。

 それどころか、逆に自身を主張し始めていた。

 「気持ちいいのかよ」

 美杉の問いに恥ずかしげに顔を背ける様が、彼の劣情をさらに煽った。

 「結局気持ちさえよければ、何でもいいんだよな。あんたって」

 「……ちがう」

 「違わない。飢えているんだよ。それでも、セクハラやるより男とやって感じてくれた方が会社的にはずっとましだからな」

 その一言で満ち足りた気持ちが急速に萎んでいくのを美杉は感じていた。

 今までだって本当に自分を必要とし愛してくれた者はいなかった。

 時々、勘違いして相手を好きになれば、それは必ず兄や親にどこかで通じていた。

 だから、いつからか誰にも期待しなくなっていたのではなかったか?

 熱が冷めれば、男同士で自慰をしあうなんてこれほど滑稽なことはなかった。

 「帰る……」

 もう、ひとときもこんな所にいたくなんかなかった。

 「帰って誰に逢うんだよ?」

 美杉が怒ったように手首を掴んだ。

 「さっきの男に逢うのかよ。男でも女でも気持ちさえ良くしてくれるなら誰でもいいんだ」

 「違う、触るな……」

 「触るなだって?これは、お仕置きなんだ。罰なんだ。あんたが気持ちよくなっていたら 罰になんかならない。あんたが嫌がらなくちゃ意味がないんだ」

 「もう、いやだ」

 「ダメだ、帰さない」

 手首をぐっと掴んだまま、美杉は自分の懐に鹿央を引き寄せた。

 無言の鹿央に美杉は顔を覗き込む。

 鹿央の瞳は微かに潤んでいた。

 「泣いてるのか?泣くなよ」

 「違う、これは悔し涙だ」

 「どっちにしろ泣くな……悪かった、もう何もしないよ」

 酔っているからこんなに涙があとから後から溢れ出るんだ。だってそうじゃなければ、こんなに子供みたいに泣くはずなんてないんだから……そう鹿央が自分を納得させようとするけれど、 やっぱり簡単に溢れる涙を抑える事ができない。

 美杉は背後から腕をクロスして首に回して包み込むように優しく抱き締めた。そして首筋に優しく口付けた。

 

 

 

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