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「放せ、こいつは、俺が生島産業に引き抜いてやらなかったのを怨んでいるんだ。 今、生島が潰れれば、ここにも少なからず影響があるんだぞ」 ますます話が佳境に入っているので、美杉と社長は顔を見合わせて話の成りゆきを見守るしかない。 「確かに、私はいつかは生島に呼び寄せてもらえると何の根拠もないのに信じて漠然と時を過ごしていた。 だから、ここでの仕事が中途半端だったのは事実です。そんな中途半端な人間を 生島どころかデア・コーポですら持て余していたのを、私は最近まで気付く事ができなかった。 鹿央家に養子に出されてさえ、心のどこかで生島家の次男だという甘えを拭う事ができなかった。 こんないい歳になってそれに気付かせてくれたのは、ここにいる私の上司の美杉さんです」 「な……っ!」 美杉は全身の血の気が引いていくのを感じた。此の期に及んでいったい何を鹿央は言い出すのだろう?まさか、皆の前で自分がされた事を告発するつもりなのか? 「美杉課長が身体を張って私を戒めてくれたからこそ、やっと私がずっと過ごしている我が社というものが、生島ではなく デア・コーポレーションだったことを自覚できました。そして自分が鹿央であって生島ではないという 事実もやっと受け入れられたのです。父に今まで世話になった礼を言って我が社の窮状を 助けてくれないかと頼んでみました。そうしたら父は生前の財産分与の一部として我が社の株を私にまかせてくれたのです」 「ばかな!俺は認めないぞ」 「私は、もう生島家から出た人間です。二度と生島家を頼る事はありません。 父は最近の私の仕事振りを認めてくれて、自分の力で我が社を守るように力付けてくれたのです」 生島は悔しそうに唇を噛み締めた。 頑固な父親の気持ちが簡単に変わらない事を誰よりも知っていたからだ。 「覚えておけ!」 と捨て台詞を残すと乱暴にドアを閉めて出ていった。 「鹿央さん、いや……なんといったらいいのか?今まで知らなかったとはいえ……」 社長が鹿央に媚びを売るように顔色を伺ってくる。鹿央は内心苦笑しながらも穏やかに社長を制した。 「いえいえ、こちらこそかえって報告が遅れて申し訳ございませんでした。それに私は、今のところ、ここの経営や人事に口を出すつもりは毛頭ありません。ですから 自分の処遇は保留していただく事も含めて役員の皆様の良識を信じています。ただ、今回の件について我が課が絡んでいますから、美杉課長と詳細に検討させていただいてから、社長に報告させていただきたいのですが」 鹿央のやんわりとした退席の仄めかしに、社長は一瞬戸惑った表情を浮かべたものの、特に異論はなかったらしい。 きっと社長の頭の中も相当混乱していたから一刻も早くこの場から離れて冷静になりたかったに違いない。 「じゃあ、美杉くん、詳しい報告はメールでもいいから、速やかに頼むぞ」 そういうと深いため息をついて社長も頭を何度も傾げながら部屋を出ていった。 二人だけになると、鹿央はあえて部屋の鍵をかけた。 美杉は、それを見とがめなかった。 正直、勝手にしろ、どうにでもなれという心境だったのだ。 社長にあぁは言ったが我が社の株の殆どを持っているこの男が自分の処遇の決定権を握っているのははっきりしている。この男の胸積もりに全てが関わってくるのだから。 「取り引き先の次男とは聞いていたけど、生島のご次男だったとは、恐れ入ったよ」 本来なら感謝の言葉から始めなければいけないのに、鹿央は毒づくのをもう止められなかった。 「そんな事周りに言える処遇を受けていなかったのは、美杉さんが一番御存じのはずだ」 余裕のある鹿央の言い回しに美杉は余計に苛立った。立場が逆転してる所以の余裕なんだろう。 「もう、俺に丁寧語なんか使ってくれなくて結構だ。俺だって使うつもりなんかない。もう、こんな会社 やめるつもりだからな」 「やめるつもり?」 二人は思わず互いの顔をしばらく振りに見つめあう。 気の弱そうだった鹿央が自分をじっと見つめてくるのに、美杉は胸がぎゅっと引き絞られた。 さっきまでは、自分が鹿央を例え、裏切ったとしても許してやろうと思っていたのに、 立場は完全に逆転してしまった。 彼が自分を裏切っていなかった事は喜ばしい事であるはずなのに、この苛つきはなんなのだろう? 無言で二人の瞳が交差していたが、先に目を離したのは、美杉の方だった。 鹿央は、大人の口調で優しく問いかける。 「それは本気ですか?」 それがさらに、美杉の気持ちを煽る。 「当然だ、本気だよ」 今さら、何を言い訳したって嘘臭くなる。自分が有利な立場だった時は、鹿央が裏切っていても許してやろうなどと驕った事を考えていたのが、ちゃんちゃらおかしいじゃないか。立場が逆転した今となっては、鹿央が自分が特権を利用して行なった卑劣な行為を許すわけもないのに。 「本気で美杉さんが、我が社を離れるというなら、私は株を手放す」 さらなる鹿央の爆弾発言に、美杉は弾かれたように鹿央の瞳を見つめた。 「ど、どうして……そんなことをしたら、デア・コーポは……」 本当に倒産してしまう。それならいったい何のために鹿央は親から株を譲り受けたのだろう? 「そんなことより、なぜ美杉課長は、兄に誘われても生島産業に行こうと思われなかったのですか?」 「それは、あんただって同じだろ」 鹿央の本意をはかりかねて美杉はさらに苛ついた。 「私は兄に誘われませんでした。能力がなかったから」 自分のやってしまった諸事を追求されるのだと身構えていた美杉は、さっぱり具体的に話が進まないどころかさらに変な方向にはなしが進んでいるのに気がついた。 「それでも、鹿央さん、あんたは能力なんか必要ないだろ?努力なんかしなくたって、俺達がどれだけ努力しても手に入れられないようなものが、こうしてきちんと用意されているじゃないか?それであんたは何が不満だ?辞めていく俺に土下座でもしろっていうのか?あんたの今のその立場を利用して」 鹿央は大きく頭を振った。 「そんなことは言ってない。もし美杉さんの転職先が、今より高給ならここでも善処できるように取りはからってもらう。立場だって、もし美杉さんが望むならもう少しなんとか頼んでみる。社長には、つい先程 口を出さないといったばかりで申し訳ないけど」 「あんた何言ってるんだ?さっぱり言いたい事が分からない。そんな風にいえば、まるであんたが俺を引き止めているように聞こえるぜ」 「そうです。頼むから辞めないで欲しい。私のような男と一緒に働くのが嫌なら、私が課を変わってもいい」 「どうして……俺はあんたにあんな……事をした男だぜ。綺麗ごというなよ」 沸き上がるいら立ちを押さえきれずに、美杉は鹿央のネクタイをぐっと持ち上げるように締め上げた。
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