お仕置きは念入りに



 

【1】


 

 さほど大きくもないオフィスの片隅で人目を忍ぶように背後から囁く人影。

 「どこまで進んでる?」

 そういった男の歳の頃はせいぜい35過ぎに見受けられる。それでもよくみると、育ちのいい爽やかな顔立ちをしていて、その声音と仕種は30代ではない落ち着きがあり、しかも高価な服を身につけている。

 だが、残念ながら嫁がいないのかそれとも夫婦共に無頓着なのか、せっかくのそのイタリア製の背広もきちんとプレスが効いていないので残念ながらその価値は同じ服を持つもの以外には知り得なかった。

 「もうすぐです。あと30分ほどお待ちいただければ」

 そう答えた若いOLの言葉尻には、どこか嫌悪が含まれていた。だが、彼はそれに気づかず、さらに言葉を続けた。

 「そう、お疲れ!麗華ちゃん、肩凝りすぎだよ。たまには彼氏とまったり温泉にいったりしてる?」

 そういって麗華と呼ばれたOLの肩に遠慮がちに手を置いた。

 彼女はいかにも嫌そうにそれを振払って給湯室に逃げ込むとすぐにその場でお茶を入れていた同僚のユミに愚痴りはじめる。

 「全く、冗談じゃないわ。あのセクハラおやじ。肩に手なんか置くんじゃないわよ!」

 「毎度災難ね〜。でもね。ああみえてあいつ、なんでも取引先の社長の次男坊なんですってよ。気に入られてるなら結婚してもらったら?」

 「ばかいわないでよ。あんなキモいおやじ。長男が社長になってこの会社に やっかい払いされてきたんだろうけど、使えない男はどこだって使えないのよね」

 密室をいいことに二人は好き放題だ。

 その時、徐にドアがあいて現れた顔に、二人は思いっきり固まり俯くしかなかった。最近この部署に配属になったばかりでアメリカ帰りの美杉(みすぎ)課長が立っていたのだ。

 「いけないな。仕事中に上司の悪口か?」

 そういった彼はこの会社で一番の出世頭だ。独身で30そこそこ、課長になった手腕といい、長身で甘いマスクといい、仕事には厳しくてもどこか洗練された物腰が女性社員の注目を一身に集めていた。

 「あ、課長!すいません。でもあの人のセクハラにみんな迷惑してるんです」

 「セクハラ?」

 「そうです。スキンシップを装ってべたべた身体に触るし。プライベートな事にも口だしてきて」

 「そうなんです。私達、すごく迷惑していて仕事に集中できません」

 彼女達は詰め寄るように窮状を訴えた。

 「わかった、わかった。あの人も悪気はないと思うが、一応僕の方からも一言いっておくから」

 そういって美杉は這々の態でそこから立ち去った。

 それからすぐに美杉はその男の机に直行する。

 「鹿央(かおう)課長代理、ちょっといいですか?」

 年下とはいえ、上司に呼び止められれば嫌とはいえない。

 「はい、課長、どういった御用件でしょう」

 「ちょっと折り入ってお話したいことがありまして」

 彼は露骨に不快感を顔に出した。

 「仕事の話でしょうか」

 「当然です。社内で話すのは多少憚られる内容ですので、ホテルの一室を借りました。 今夜、9時にいらしてください」

 「ホテル?仕事で?」

 「えぇ、もちろんです。残業の一環として考えていただければ」

 そういって都内でもかなり名の通ったホテルの案内図を渡された。

 ここなら知ってる。鹿央はそう思ったが口に出さなかった。残業なんていってどうせ、またセクハラがどうこうと言う気なんだろう。

 くだらない。一方的に若い娘達に、たぶらかされてやがる。

 鹿央は心の中で自分のこの新しい上司を罵倒していた。 洋行帰りかなんか知らないが自分より若いくせに、先に課長になんかなりやがってと。しかも 背も高く甘いマスクで若いOLからも人気なのが気に入らなかった。

 自分だって彼くらいの時は夢があった。父親が会社を経営していたから漠然と自分もそこに勤めるのだろうと思っていたのに、父はできのいい長男ばかり可愛がって重用し、自分はこうして修行の一環だと上手く丸め込まれて子会社に派遣されて十数年。未だに課長代理どまりで本社復帰の話もない。 まるでお荷物を処分したような、島流しでもされたようなやっていられない気分だ。

 最初こそ、ここで一発奮起して名を為して凱旋してやる気分もあったが、上司に恵まれず、何をやっても裏目に出て今に至る。  数度あった見合い話しも、良さそうな美人は、みんな兄貴の使い古し、後は会社の為でもお断りな 無神経なお嬢様ばかりだった。

 『そんな俺が少しくらい若い子にちょっかいを出したからといって セックスを強要したわけでもあるまいし。多少のスキンシップをして何が悪いのか』

 鹿央が舌打ちをしながら呼び出されたホテルのラウンジを見回していると、ブランディーグラスを片手に先に待っていた美杉が鹿央に軽く手を上げた。

 最近建てられたばかりのこのホテルは、海外の一流ホテルを模した造りでイマドキの若者に人気のスポットだった。

 『外国気触れが』

 たかだか部下に注意を喚起する為にこんなホテルを選ぶ美杉に舌打ちしたい気持ちだったが、鹿央はさすがに顔には出さなかった。

 「参りましょうか?」

 そういって突然立上がる美杉に鹿央はその時なぜか少しだけ何か違和感を感じた。

 「あの、もう飲まれないんですか?」

 「部屋にもバーがありますよ。二人でゆっくり話した方がよろしいでしょう」

 強引な物言いに反発を覚えるが、相手は年下だとはいえ上司だ。 仕方ない、いつか自分が本社に戻った曉には、充分に思い知らせてやろう。鹿央は心の中でそう憎まれ口はたたいてみても、そんな事は永遠に起きないのではないかと心のどこかで諦めざるを得ない。

 だが、そんな面白くない事は、努めて考えないようにする。嫌な現実はいつも目を瞑っていれば そのまま通り過ぎたし、どうしても困った時は渋い顔をしながらも父母がなんとか尻拭いをしてくれた。 まぁそれぐらい当然だろう。

 なぜなら同じ家庭に生まれながら一人は全てを受け継ぎ、自分は補佐するだけの役割だ、それを我慢をしなくちゃならないなんて。

 そんなことをつらつら考えながら美杉の後をついていくと、案内された部屋は思ったより豪華な部屋だった。本来、社内の話題をするのに適した部屋には思えなかったが、普段から金回りの悪くない鹿央は、『次男とはいえ取引先の息子を説教するつもりなのだろうから、まぁ、こんなものか』と勝手に自分を納得させる。

 案内された部屋はスイートとは言えないが、かなりそれに近い広さと設備が整えられていた。夜景の見える窓際にバーも併設されていて自分でちょっとしたものは作って飲めそうだ。

 むろん、いくら部下だからって美杉に酒など作ってやろうなどという殊勝な気持ちにお坊っちゃん育ちの鹿央が思いつくわけもなかったが。

 「なにかリクエストはありますか?」

 そんな鹿央の雰囲気を察してか、美杉は予想外の柔らかい笑みで優しく尋ねる。

 「じゃあカンパリソーダでも」

 そういうと殆どの男達は意外な顔をする。

 女の飲み物だと思っている所以だろう。

 だが、美杉はそうは言わなかった。 再びにっこりと微笑んで「承知しました」とまるで鹿央を客か上司に様に扱う。

 それから、ふたりで色々な話をしたが、どちらかというともっぱら美杉が鹿央の愚痴につきあってくれる形になり、久しぶりにこんなに丁寧な扱いを受けた鹿央は、知らずにかなりの酒を飲んでいた。

 「まったく、最近の若い子はちょっとした事で、すぐセクハラセクハラって騒ぐんだ。こっちは単にコミュニケーションを取ってやろうと思っているだけなのに、過敏すぎるんだよ」

 「確かに過敏過ぎる子もいるかもしれませんね」

 美杉が、予想したような説教をしない事をいいことに、すっかり鹿央は心を許し普段では言えない事まで 酒の力を借りて、つい口にしていた。

 「ここが僕の終着点だと思っていないからね。別にここの役員たちが僕を認めてくれなくたってかまやしないんだ」

 そんな愚痴にも美杉は反論もせず穏やかに微笑んでいる。すっかり気持ちが良くなった鹿央はもっと綺麗な夜景を見ようと窓際に近寄った。

 窓から切り取られた夜景はまるで深い群青色の蝶に抱かれた不揃いの真珠が零れたかのように妖しく瞬いている。 もしも、この状況で美杉が部下でしかも女だったらいい雰囲気になったかもしれないのに。

 鹿央がそう思ってふっと笑みを零した時、背後から先程と同じ人物とは思えぬほど、妙にきつい瞳のまま近付いてくる美杉の姿がガラスに映っていた。

 ぎょっとして振り返ると

 「あなたは、いったいどこまでいいかげんな人なんだろう」

 声色まで変化した美杉にぐっと顎を掴まれる。

 そのまま後頭部をいやと言うほど窓に打ち付けた鹿央は酔っぱらっていた事もあっていったい何が起きたのか 自分でも把握できないでいた。

 「何が?」

 そのままの勢いでぐっと下半身に手を伸ばされ大切な場所を握られる。

 「おい、何を……」

 「別に……ちょっとコミュニケーションを取ろうと思いましてね」

 「こ、こんな事をするなんて……セ、セクハラだろう」

 美杉は片頬で意地悪そうににやりと笑う。

 「男同士でこんなのたいしたことではないでしょう。まさかこの程度で鹿央さんはセクハラだなんて騒いだりしませんよね」

  「じゃ、じゃあ、何のためにこんなことを」

 鹿央の声が上擦ると更に美杉は上目遣いに妖しく唇を上げた。

 「お仕置きです」

 「お、お仕置き……」

 「そう……あなたは言ってわからないタイプのようだからお仕置きが必要なんですよ」

 いくら酔っていても今の状況が普通ではない事くらい、解る。

 「ば、ばかな事をいうな」

 「愚かなのはあなただ。多少手荒な真似をしても、あなたがきちんと更生できるように 我が社の上司からだけでなく、あなたの御家族からもお許しが出ています」

 家族と聞いて鹿央の血の気が引いていく。さもありなんと思ったのだ。 自分を子会社に厄介払いするような兄と父ならやりかねない。

 「よせ、お前はホモか」

 「まさか。だから、ただのお仕置きですよ。仕方がないんですよ。あなたの場合今までに他の上司からも幾度となく忠告してきたはずだ。それでも改善されないから僕に白羽の矢が立ったんですよ」

 美杉が本気だと悟って思わず鹿央はドアの方に逃げようとするが、酔っぱらって足がもつれてうまく歩く事もできない。みっともなくその場に顔から倒れ伏すといきなり美杉は鹿央を肩に持ち上げた。

 「よせ、吐く……吐きそうだったら」

 そのまま鹿央は乱暴にベッドに落とされる。頭が振り回された事でさらに酔いがまわり吐かないのが不思議なくらい気持ちが悪かった。

 抗議して抵抗しなければと思うのだが 何をしようにも力が入らないし、口もまわらない。 こんな年下の男にしかも自分より上の立場なんていうやつにお仕置きと称して好き放題なんかされたくなかった。

 第一、お仕置きってなんだよ。

 それなのに、抵抗しようとしてるのに、身体は雲の上にいるようにふわふわして半分くらい仕方がないような 気持ちになって思うように身体が動かないのだ。

 美杉はなれているのか、あっという間に鹿央を裸に剥いた。

 「ばか、やろ……おやじを脱がせて何が面白いんだ」

 ベッドの端に転がるように逃げながらシーツを掴んだ。

 「そうやって嫌がるから面白いんじゃないか。気持ちがいいからってすぐに両足を開くようなやつよりずっといい。たしか鹿央さんって42歳だっけ?俺より一回りも年上の男をいたぶれるなんて最高だね。」

 いつの間にかタメ口になってる美杉の変化に背中に冷たい汗が滲む。

 「よ、よせ」

 「結構歳の割には鍛えてあるじゃないか。それに妙に色が白いな、あまり外に出ないんだろう」

 まるで捕食動物をいたぶるように美杉の視線がすべて剥かれた鹿央の全身を隅から隅まで舐るように見つめてゆく。

 「女だけじゃなくて男も好きなんじゃないのか?乳首が立ってるぞ」

 「う、嘘つくな」

 「まだまだ綺麗な色で可愛いものじゃないか。それにあんた男の癖に随分毛が薄いな」

 そういった美杉がゆっくりと太い指で唇を撫でた。

 「なめろよ」

 どうして…そう言おうとして半開きになった口に乱暴に指が入り込む。

 「どうせ溜まってるから女の子にちょっかいだすんだろうが。今夜は当分やりたくないと思うほど しっかり抜いてやるから覚悟しておけ」

 しだいに乱暴になる言葉遣いとは裏腹に、口の中を蹂躙する右の指と連動して左手は、縮こまった鹿央の雄を宥めるように優しく扱く。 酒が入っている為なのか鹿央はいつもの数倍も感じやすくなっていた。 掬うように取り出された唾液で後穴をリズミカルに愛撫しだした。いっそ乱暴に扱われた方が耐えられるのに。

 「よせ、やめろ……」

 「嫌がってる割には随分敏感だな」

 鹿央の意志とは関係なく触れられる度にぴくぴくと身体が震えた。

 「セクハラなんてする割に実はあまりセックスの経験がないとか?」

 図星の質問に鹿央は全身いたるところまで身体を真っ赤にしたことが無言の答えになっていた。

 しかもよくみるとその唇は半開きでさらに目が潤んでいる。ただのおやじだと思っていたが、鹿央のパーツはそれぞれ改めて見直すとどれも綺麗に整っている。特にその唇は美杉の理想の形に近かった。その唇が微かに震えいつも男には不機嫌そうな整った顔も表情が違うだけで今まで見た事のない別の人間に見える。

 こんなに男が色っぽいものなのか?しかもいいおやじが……。

 「そんなに感じるんだ……なんか妙な気分になりそうだな」

 そういうと美杉は 鹿央の欲望の芽を口に含む。

 「あ……っ、そ、そんな……やめろ……頼むから」

 口にそれを含んだまま、ゆっくりと愛撫した後ろの窪みにノックするようにゆっくりと 慎重に指を入れてゆく。

 「あ……あぁ……あ、あ、あ……っ」

 鹿央の欲望はその雫をあふれさせて今にも溢れそうになっている 。その様子をみて美杉はすぐに口を離した。そしてポケットから徐に携帯を取り出すと鹿央が後ろに指を嵌んだまま、くっくっと震えながら欲望の華を迸らせる瞬間をムービーに撮った。

 「なにを……」

  泣きそうになっている鹿央に美杉はそのムービーを見せつけた。

 「ほら、可愛く撮れてますよ」

 再び美杉は丁寧語に戻っていた。まるで何ごともなかったかのように。

 「ば、ばかいうな」

 「これ以上女子社員 にセクハラ行為をすればこれをしかるべきところに送りつけます」

 鹿央は真っ青になった。

 「大丈夫、そんなエッチな気分になったらすぐに僕を呼んでください。いつでも抜いてあげますよ。 まぁ、この次は抜くだけじゃすまないかもしれないけどね」

 シーツを掴んで震える鹿央を見下ろしながら美杉は不敵な笑みを浮かべると 何ごともなかったかのように鹿央を置いたまま部屋を出ていったのだった。

 そんな美杉の後ろ姿を何か物足りないような複雑な面持ちで見送った自分の気持ちが鹿央は理解できないでいた。

 FIN.

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