KARATE4

試される運命14


 何度も何度も番号を押すが指が震えて最後まで押せない。

 いつもの様にメモリーを呼び出せばいいのだが、それさえ思い出すことができない。

 「冷静にならなきゃ……冷静に……」

 肩で息をしながら深く深く深呼吸する。

 「落ち着け……落ち着け……」

 今、まさに雄斗が健吾の部屋にいる。そして健吾が雄斗の太股の中の痣を知ってるという事は最後までやったのかもしれない。

 しかし、そんな事はたいした問題ではない。一番の問題は健吾が自分の地位を築く為に雄斗に何かしているかもしれないことだ。自分の嫉妬なんか悔しいが二の次三の次だ。

 そしてその次の大問題が雄斗が泣いていたということだ。だいたい雄斗は快感に泣く事はあっても、脅されて泣くような玉ではない事を竜斗が誰より知っていた。

  泣く程心が弱くなる事、いったいそれはなんだろう?家族とうまくいってなかったという 話は聞いていないし、かといってべたべたした関係でもなさそうだ。

 それをいうなら、自分と祖母の方がずっと濃い関係だ。

 そして雄斗は自分と同じ一人っ子で兄弟もいない。だとしたら泣く原因は仕事だろうか?

 否、違う……彼が教員に未練があるとはそれ程思えなかった。

 教員になる前は空手も教えていたくらいだから、人に物を教えるのが嫌いではないのだろう。

 だからといって、仕事に泣く程未練があるなんて考えられない。

 彼を泣かせたものはいったいなんだったのか?

 よく考えると身体は深く繋がってきたが、互いに余計な話は殆ど知らなかった。

 ただ、愛しくて一緒にいると心地よい関係……そう思ってずっと暮らしてきた。

 だが、それは間違っていたのかもしれない。彼の事が何も理解できていない…… それは竜斗を恐ろしく不安にさせることだった。

 雄斗が好きだ。身体を重ね一緒の時間を過ごす……それだけで満足だと思っていたのは 自分の思い上がりだったのかもしれない。

 自分が顧みてもワシバネの事も深く考えるのを先延ばしにしてきた。 黙っていても正当な後継者は自分しかいない。そう思ってきたから、余裕がありすぎたのだ。

 それが健吾のような立場の人間を苛つかせたり、期待を抱かせたりすることになったのかもしれない。

 

 庶民出身の祖母がいつもいっていた。

 『どんなに素晴らしいものを所有していても、幸せになれないの。逆にそれを失いたくないばかりに 本当の幸福を見失っていく人が多いのよ』

 そんな時、竜斗は祖母に尋ねた。何が一番大切でそれを守る為に何をしたらいいのかと……。

 祖母は幼い彼の頭を優しく撫でて囁いた。

 「一番大切なのは、自分の最も大切な人を守る事。そして最低限の衣食住……多分その中でも 一番大切なのは食事よ。さぁ、おばあさまと一緒にリュウちゃんは今夜何を作りましょうか?」

 何が今まで一番幸福だったかというと祖母と一緒に夕御飯を作ってそれを食べる事だった。

 二人でその日あった事を話ながらゆっくりと取る食事……あんなに暖かな気持ちになるものはなかった。

 「まずは腹が減っては戦は出来ぬ……」

 そう自分に言い聞かせるように呟くと竜斗は、ご飯を炊いて握り飯を作り出したのだった。

 そうして少しずつ落ち着くと順番に電話をかけ、健吾を雁字搦めにして二度とこんな真似ができないように懲らしめてやろうといつもの竜斗らしからぬ事を考えていた。

 窮鼠猫を噛むの喩えの通り、普段大人しい男を本気で怒らせる程怖いものはないということを、 まだ、眠っている雄斗を満足そうに見つめてる健吾には知る由もなかったのである。

 そしてまさに艱難汝を玉にすの如く今回の出来事が竜斗をしてひと回りも人間を大きくしたのに違いなかった。


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