僕はここにいる 2

Now I'm here 2-12


 

 直接石榴のエナジーをその身に受けた息も絶え絶えのサフィアに せっかく外界から取り込んだ自分のエナジーを彼の体内に吹き込む事は誰が考えても 無謀と言えた。

 だが、真珠はとてもこの状態のサフィアを捨て置いて自分だけ逃げる等ということができなかった。 瀧海が待っている事も、自分の今の状態も危険である事は分かっていたのに、もう石榴と沙羅を置いてきた時のような後悔は真っ平だと思う。

 エマラウドに締め付けられた首の周りが鬱血し意識がしだいに遠くなりかけた時だった。

 「今度も裏切ったりしようと思うな。お前の星を見つけだしてお前ともども木っ端みじんにしてやる」

 そういってから、エマラウドに締め付けられた首が解放されると一気に空気が咽に入り込み、 真珠はけほけほと苦しそうに咽せた。それでも一刻を争うのだからとサフィアに向って手をかざす。 真珠の周りだけでなく、エマラウドもサフィアの周りもくるくると金色の粉が舞い始めた。

 しだいにその数が多くなり、それはたがいにぶつかりあって虹色のりぼんのようになり螺旋を描いて サフィアの周りを取り囲んだ。真珠が指先をサフィアに向けると螺旋状になった虹色のリボンは すっとサフィアの中に取り込まれ、生気を失っていたサフィアから、明るい色を取り戻し始めた。

 「サフィア!」

 愛おしそうにエマラウドがサフィアを抱き締める。 真珠は力つきたように両膝をついた。 いつのまにか彼の周りをと取り囲んでいた侍従たちに、真珠はぐるぐる巻に縛り上げられ、 天井から吊るされていった。

 極度の緊張と恐怖から、真珠はゆっくりと意識を遠くに飛ばしかけていた。

 悲しそうな瀧海の顔が何度も真珠の意識の中を行き来して真珠は無意識に涙を流していた。

 体中が引き絞られるほど痛むのに、大量のエナジーを放出したことで真珠は経験した事の無いほどの疲れを感じ次第に深い眠り引き込まれていった。

 「瀧海……」

 彼が優しく自分の頬をとらえて啄むようにキスをし、そしてゆっくりと唇を離してから慈愛に満ちた瞳で 見つめて微笑む。そんな何気ない瀧海の表情がなぜ、今思い出されるのか? 一緒にいた時はいつも近くにあって気がつかなかった。

 だけどこうして離れて、もしかしたらもう二度と会えないかもしれない……こんな極限状態の中で 思い出すのは、彼の自分を見つめるいつもの表情。それほどまでに大切なものをあまりにも見慣れた為に日常に埋没し今までそれを当たり前のような気持ちで見過ごしてきた事に真珠は胸が押しつぶされた。瀧海の愛に満ちた笑顔に自分はどれほどの関心を払ってきたのか?それなのに真珠が心配し後悔したのは、沙羅と石榴の事ばかりだったのではないのか。

 幸せがあまりに近くにあってそれがどれほど大切なのかこうして失いそうになるまで 気がつかないなんて。

 今のこの顛末は、どれほど瀧海が真珠を心配しようと顧みる事のなかった愚かな自分に相応しい末路か。

 自分をあれほどまでに大切にしてくれた瀧海がどれほど悲しむかとそればかりが悔やまれる。 今は手に届かなくなってしまった穏やかな日常がどれほど貴重で大切だったか。 彼の厚い胸板に顔を押し付けて眠る夜の安心感……それはもう二度と手に入らないかもしれない。

 瀧海がどれほど強く反対し、自分を決して外に出そうとしなかったか、なおかつそれを煩わしいなどと 考えて騙すように瀧海と翡翠を置いて来てしまったのだから、遥かこんな星で一人朽ち果てるだろう自分の運命を真珠自身が受け入れるのは仕方ない事であるが、瀧海と翡翠を思うと真珠は深い後悔に苛まれ後からあとから溢れる涙を流しながら縛られ吊るされる事による体中の痛みで真珠は夢と現の間を彷徨っていた。

 「このまま簡単に殺すな、生かして死んだ方がよかったとおもうほどの陵辱の限りを尽くしてやろう」

 エマラウドは真珠を縛り付けた綱を乱暴に引き寄せながら憎々しげに辺りの侍従達に吠えた。

 

                   ★☆★

 

 大きくジャンプするウサギの上で石榴は真っ青な顔をして必死に捕まってる。

 「どうしました?大丈夫ですか?」

 沙羅が石榴の普通では無い様子に気がついて肩ごしに声をかける。

 「このままでいい。岬の先端に航空博物館があるようだ。そこに行けばエナジーを使える船を手に入れられるだろう」

 石榴が指差した先には深い緑に包まれた美しい岬が拡がっていた。沙羅はふと気がついたように石榴を振り返る。

 「真珠様をどこで待っていればいいのです?」

 沙羅の無邪気な一言に石榴はますますその表情を固くした。石榴の白い顔は前にも増して血の気がなく本当に白磁の人形のようだった。沙羅が戸惑うように首を傾げた。

 「真珠を置いてきたのは失敗だった」

 そういって深い緑の海に降り立ったウサギの背中から滑るように石榴は降りて無言で歩き出す。

 「え?」

 淡々と告げるその事実を沙羅は実感がわかないまま、石榴の行く先の意味を考えながら遅れないように小走りでついてゆく。

 「だがそのまま、私達が戻っても真珠を救える方法は殆ど無い」

 そのまま立ち止まりどこか遠くを見つめる石榴に沙羅は戸惑いを隠せない。

 「どういう意味ですか?」

 強い透視術を持つ石榴とは違い、沙羅には真珠の危機が伝わっていなかった。 しかも、沙羅は石榴を救いだせた喜びで真珠の現在の危機に対する危惧を見失わせかけていた。

 「まずは、我等が星を脱出して花珠どのの力をお借りしよう。私達まで捕まってしまっては 真珠を救う手立てさえ失いかねない」

 沙羅はやっと理解した。石榴が今、置いてきてしまった真珠が危機的な状況に置かれている事実。そしてそれを感じて石榴が酷く苦悩していることを。その深い苦しみを少しでも楽にしてやりたかった。

 「石榴、僕達は真珠様を置いて逃げるのではない。救う為にその手立てを捜しにいくのでしょう?」

 沙羅は優しく石榴を引き寄せようとしたが、石榴はびくっと怯えたように飛び退いてその腕を避けた。

 「石榴……」

 「私に触れるな……お前まで穢れてしまう」

 その声は掠れ震えていた。

 

                 ★☆★

   

 「何を…している」

 その掠れた声は確かにサフィアから発せられていた。

 「サフィア……気がついたか」

 エマラウドがサフィアにかけよってその頬をそっと撫でた。

 しかし、サフィアは気丈にもその手を振払おうとする。

 「エマ…ラウド……ここはお前の城ではないぞ。勝手な真似は許さぬ」

 真珠を天井から下ろすとエマラウドはそのまま真珠を拘束したまま背中を小突いた。

 思わず、ふらふらと前に倒れ込みそうになるのを真珠はなんとか不自由な身体で堪えていた。

 「心配するな……その生意気な子は捕まえたから、これを囮にすれば」

 「ならん、出てゆけ!今すぐだ」

 先程まで倒れていたとは思えぬほどサフィアは強い口調で咎めた。

 「何っ!」

 「余計な事をするな。今すぐ出てゆかねばお前だとて容赦はしない。地下牢にでも 放り込んでくれる」

 「こんなにぼろぼろになりながら、気丈な奴め。では、この子は必要ないのだな。 俺の方で処分させてもらうぞ」

 「それも許さぬ。ここはお前の領地ではないぞ。ここで獲得した全ては私に決定権があるし 所有権もあるたとえお前であっても勝手は許さぬ。ここで手に入れたものを私の許可なく 自国に持ち帰る事は許さぬ……」

 そういいながら、苦しそうに肩で息をしていた。

 「わかった、今日の処は諦めよう。まずは身体を休める事だ」

 エマラウドは小さくため息をつくと

 

 「運のいいことよ」 と真珠に捨て台詞を吐いて退出したのだった。

 「僕を助けてくださったのですか?」

 「いや、お前になど興味はない。グレナはサラと逃げたのだな」

 力なくサフィアは呟いた。

 「二人はすでに子供を為した夫婦しかも、強い絆で結ばれています。どうぞ このまま、彼らを見逃してやっていただけませんか?」

 「無理だ……」

 「なぜです」

 「グレナは私のものだ。今までもこれからも」

 「私を囮にしたとて二人は帰ってこないでしょう」

 「お前の事など関係ない、グレナの身体にはもう私から離れられないような 仕掛けが施してあるのだ」

 「仕掛けですって」

 「あぁ、見たいか?」

 真珠は無言で頷いた。何かの間違いであって欲しい、でもこのサフィアの自信に満ちた 言動は真珠を充分に不安にさせた。逃げた石榴の身に何かとてつもない危険がおそっているような予感がした。

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