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Now I'm here 2-4 |
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グレナは後先も考えず思いっきりサフィアに飛びかかっていった。 だが、一瞬で足払いをされ不格好に尻餅をつく。 魔法も使えない状態のグレナに体格差のあるサフィアにかなう相手ではないのだが、しかしそんな自分を鑑みる余裕が今のグレナにはなかった。 「沙羅に謝れ!」 子供のように大声でサフィアに怒鳴りつけると瞳いっぱいに涙を浮かべる。 沙羅が侮辱される事はグレナにとって我慢ができぬことだった。 自分がどんなに愚弄されてもいい。沙羅だけは……沙羅だけは。 沙羅がグレナにとって生きている最大の目的でかけがえのない決して穢されたくないものだった。 「黙っておれ、グレナ!おい、サラとやら!お前がグレナを忘れこの娘と乳くりあって子を為した事を グレナに説明してやるといい。グレナがくだらぬ夢からさめるようにな」 沙羅はグレナの姿から顔を背けたままやっと聞こえる程度の声を絞り出した。 「石榴さま、私はこの地に骨を埋める覚悟です。ですからこの地の国王から斯様な勿体無い程の 姫ぎみを頂く事になりました。グレナ様も幾久しく……」 沙羅はその後の言葉が震えて出てこない。 美しく華奢な娘が恥ずかしそうに俯いてそっと沙羅の陰に隠れるように後ろに下がった。 「……沙羅……その娘を娶るのか……」 グレナの声も震えて殆ど擦れて聞こえない程だった。あんなにも沙羅にあえる日を心待ちにしていたけれど、それがこんな形だなんてなんて残酷なのだろう。 「それはお前の意志なのか?じゃあ……」 じゃあ私はどうしたらいい?その一言をグレナは思わず飲み込んだ。 ここで沙羅に取りすがっても沙羅が辛い立場に追い込まれるのは解り切っていた。 沙羅が裏切ったとは思いたくない。だが、この美しい娘と同衾しまして子供までなしたのだとしたら グレナに何が言えただろう。 放心したようにグレナは座り込んだ。 「沙羅……達者で暮らせ……」 グレナの微かに残ったプライドがやっとグレナからその言葉を吐き出させた。 沙羅が丁寧に会釈をし、グレナがいつか会いたいと恋いこがれた優しい瞳と微笑みを 少女に向けるのをグレナは放心したまま瞳の端で捕えていた。 グレナとは結局目も合わせようとしなかったのに……。グレナは力なくその瞳を足下に落とす。もうそんな沙羅を見つめていられなかった。 二人が出ていった直後、グレナの瞳から大粒の涙が後から後から溢れ出す。 思わずサフィアが駆け寄ってグレナを抱き締めるといつもなら身を捩って抵抗を示すグレナが、まるで 電池の切れたロボットのようにそのまま力を抜いてなすがままになっていた。 「グレナ……」 サフィアが不安になって呼ぶ。崩れ落ちたグレナをその両腕でがっちりと抱き起こす。 「グレナ……お前には私がいる……私が誰よりもお前を愛してやるよ……」 そういってサフィアが強く抱きしめる。しかし 滑り落ちたまま力なくサフィアの膝に落ちたグレナの指先はどんどん冷たくなっていく。 サフィアの肩に乗せたグレナの頭は抵抗する力も意欲もないようだった。ただサフィアの肩を後から後からグレナの涙が少しずつ大きな染みとなって濡らしていく感覚をサフィアは唇を噛み締めながら感じていたのだった。 「グレナ……グレナ……」 部屋でサフィアの悲痛な叫びだけが虚しく部屋に谺(こだま)する。 サフィアが何度も呼び掛け強く揺さぶり乱暴に引き寄せてもグレナは無言で涙を流すだけだった。
沙羅と少女が部屋を退去させられたあと、二人は密閉された船に閉じ込められ、やっと戒めを解かれた。これから船は沙羅と少女を乗せて北にある小さな公国に向おうとしていた。 二人だけになると少女は沙羅の腕をすっと引き寄せる。 「サラ、よかったの?私の為にあなたの大切な人を失っても?」 サラはぐっと唇をかんだまま首を左右に振った。 「私が石榴に未練を示せば辛いのは石榴です。このままなら石榴はあの我が儘な皇子に身も心も苛まれてしまう。 今でも充分に苦しんでいるあの方を今はこれ以上困らせたくはない。 ただ、残された子供の為にも自暴自棄にだけはなってくださるなと」 「グレナって本当に綺麗で魅力的な方ね。前にハーレムで見た時は冷たそうな感じが苦手だったけれど サラを見つめる瞳が切なくて私まで泣きそうになったわ」 沙羅は辛そうにますます深く首を垂れた。しかしそっと少女を振り返るとぽつりと言った。 「ペリド姫……あなたこそこれでよかったのですか?あなたがその身に宿してるのは サフィアの子でしょう?」 「サフィアさまは、私の顔など覚えてもいらっしゃらないでしょう。あんなに後宮には多くの女性がいたんですもの。でもサフィアさまの血を受け継ぐ子を宿し、このまま故国に帰って育てられるのだけでも私は幸福よ」 沙羅は強い光を放った瞳で決心したようにペリドに向き合った。 「しかし、それをサフィアさまに伝えるべきなのでは?勿論、私はどんなことがあっても姫様をお守りする覚悟はできています。たとえ石榴が相手だとしても。 でも、これだけは分かっていただきたい。私の身体は決して女性には欲情しない。夜の生活に関しては 全く無能です。それでもよろしいのですか?」 「石榴に操をたてるのではなくて?」 「たしかにその気持ちもあります。ですが、もっとも大きな原因は幼い頃まわりは殆どが女性だけで、 辛い少年時代を送ってきた事だと思います。だからただ、女性と言うだけで萎えてしまうのです。 今まで仄かな恋心を抱いたのは宦官だった時にお世話した真珠丸という皇太子と、そして唯一欲情したのはどんなに憎もうとしても嫌いになれなかった石榴だけだ。」 「石榴ははじめてあった時からあんなに綺麗だった訳じゃないの?」 「いえ、綺麗でした。本当に綺麗な方だった。石榴は憎んでも憎み切れないことを 私の仲間にしたが、それでも石榴から瞳を離すことができなかった。 なぜならあの人が幼い頃から悪い大人に囲まれて辛い運命を背負っていたのを知ってしまったからなのです。 だから、自暴自棄になっていた石榴の気持ちが私も痛い程よく解る。私も思い出したくない程、辛い子供時代だったから」 「サラ……あなたの辛かった過去を話してくれてありがとう。私達、支えあって生きていけるかしら?」 「そうですね。あなたはサフィアの話を、私は石榴の話をあなたと交わすことができる。それも ひとつの幸せの形かもしれない」 二人は互いの想い人を思いやって離れていく美しい国をじっと見つめていた。 二人はもう2度とこの地に戻ってくることはないだろうと思っていたのだった。
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