僕はここにいる

Now I'm here 63



 花珠が深い眠りについている間に、真珠は黒曜の残した手紙をそっと引き出しから取り出した。

 沙羅と石榴を失った事も真珠には辛かったが、戦いの時の力強い父とは別人のように儚い 印象になってしまった花珠の姿が痛々しかった。

 瀧海はそれを見て真珠の手紙を持った手首を掴みそっと首を振る。

 「それは黒曜どのが花珠どのに差し上げた手紙のはず、親子とは言え、お前がそれに触れてはならない」

 「でも、この手紙を父上の近くに置いておきたいのです。父……花珠様が少しでも健やかになれるように」

 「なぁ真珠……ここはもう、瑠璃達にまかせて春龍の滝に帰ろう……」

 瀧海がぐっと真珠を抱き締めた。しかし、真珠の顔色は暗い。瀧海は小さくため息をつく。出会いの時に無理矢理連れ去って真珠を自分のものにした経緯もあって、真珠に無理を強いる事ができない瀧海だった。

 二人のなんとなく緊迫した雰囲気の中、花珠が目覚めたらしくそっと瞳を開いた。

 「……なんだお前達、人の枕元で痴話喧嘩か?夫婦喧嘩は自分の国に帰ってゆっくりやったらどうだ」

 そういって花珠が真珠に優しく微笑む。

 「父上と母上が心配で帰れません」

 「その話は聞きたく無い」

 顔色がとたんに変わった花珠はにベも無く言い放つ。

 「仕方ないのだ、真珠……花珠殿はまだ、迷っておられるのだ。つまり素直になれないと言う事」

 「な、何をいう」

 「結婚した当初はともかく、お二人の関係にこだわっていたのは寧ろ、花珠殿のはず」

 「どういう意味?」

 真珠は思わず花珠と瀧海の顔を交互に見比べてさっぱりわからないという風だ。

 「私には好きな人を抱きたいという男としての花珠殿の気持ちは良く解る。花珠殿は結局、黒曜殿に対して男としての感情とこだわりがあるのだ」

 「な……っお、愚かな事を申すな」

 花珠は真っ赤になって怒りだした。

 「やはり図星でしたか?あなた様ほど、黒曜殿はもうこだわっておられない。今ならあなたに喜んで抱かれるでしょう。あなたはそれで何の問題も無いはず、違いますか?今こそ迎えにいかれては如何です?」

 「行けない……いけるものか……追い出して捜そうともしなかったのは私だ」

 「でも、あなたは黒曜殿の居場所を御存じのはず」

 花珠の美しい瞳が潤んで左右に彷徨った。そのまま瀧海は続けた。

 「黒曜殿は花珠殿を待っています。あなたが来てくれと……そう、嫁として改めてきて欲しいといえば 黒曜殿はいやとは言わぬはず……」

 「でも……」そういって花珠の瞳が泳ぐ。

 「花珠殿……何を迷われるのだ?沙羅はあなたになんと言ったのですか?心残りがあったからこそ、 彼等とあなたは一緒に戦わず、そのまま意識の無くなる物体としてしかあなたのからだが残らなく なる危険を犯してまで戻って来られたのでしょう?」

 そこまで瀧海がいうと決心がついたのか、先程までの力のなかった花珠とは別人の様な強い意思が花珠の身体に漲っていた。

 「父上……」

 「真珠……お前が父上と呼んでくれる度、私は自分がもどかしくて仕方なかった。 今、思うとお前を避けていたのは黒曜ではなくこの私だった。お前の姿を見る度、傷付く自分を無意識で恐れていたのだろう。黒曜はそんな私の心を移しただけだったのだ。おまえを深く傷つけた罪は全て私にある。それでもお前はこんな私を許してくれるか?」

 「もちろん、ですとも」

 真珠の顔色はバラ色に染まり、今まで見た事のない晴れやかな笑顔で花珠を抱き締めた。

 まさに父の花珠が『花の笑み』と賞賛されるその血を色濃く受けついだ鮮やかな笑みだった。

 「瀧海の言うように、私は黒曜を迎えに行こうと思う」決心して花珠の表情は晴れ渡っている

 真珠は小さく頷いた。

 「お前も行くか?」

 「いいえ、お二人が幸せになれるなら私はもうお邪魔なだけ……それより翡翠のところに帰ってやりたいのです」

 「そうか、黒曜が戻ったら必ず、一度翡翠を連れてくるがいい。私と黒曜の孫でもあるのだから」

 真珠は瀧海に肩を抱かれ、そくされてそのまま帰ろうとしたがふと思いだしたように振り返って花珠に尋ねた。

 「国の名前は真珠国に戻されるのですか?」

 「いや、そなたが瀧海に嫁いでからは、国の名前等たいした問題では無いと 分かった。私にとって今、最も大切なのは黒曜が私の后にもどってくれるかという事だけ。 それ以外はたいした問題では無いのだ。それよりお前にとって今一番大切な事はなんだ?真珠」

 「……それは僕達が……瀧海と翡翠と僕が一緒にいられる……ということです」

 それを聞いて花珠は満足そうに微笑んだ。自分達が『春竜の滝』に帰るのと時を同じくして 黒曜の元に旅立とうとしているのだろう。少しだけ真珠は黒曜に会いたいと思ったが やはり、今は二人のじゃまにしかならないと思い直し諦めた。

 父と母はきっとなんとかやっていくだろう。それにつけても沙羅と石榴の事を考えると心が痛む。 それでも真珠は信じていた。

 『僕は無事にいる……それは沙羅と石榴のお蔭だ。決して忘れないし 彼等を諦めることもないだろう。いつか会えると信じて僕はいる……ここにいつまでも」

 沙羅と石榴が彷徨っている天空を見つめる真珠は切なかったが、ぐっと引き寄せる瀧海の力強い腕に 決して諦めたりはしないと決意を新たにしたのだった。











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