僕はここにいる

Now I'm here 50



 長い緊張の果てに沙羅がそっと石榴の肩を抱く。 石榴はため息をついてから、その殺気を収めた。

 「真珠を傷つけたな?情けない奴め。何か真珠の機嫌が取れそうな物を思い出せ。 私がいえるのはそれだけだ」

 真珠を傷つけた?私が?瀧海は自問自答する。昨夜は優しく真珠を愛しただけだ。 もし傷つけるとしたら、自分の存在そのものかもしれない。

 瀧海は臆病になっていた。

 今まで何も恐れた事はなかった。欲しい物はすべて手に入れてきた。 真珠の心だけは手に入れるのに苦労はしたが、確かに掴んだはずだ。

 決して放したくはない、唯一のもの今まで、これ程大切だと思った物はなかった そんな真珠が苦しんでいるのに、自分の存在自体が真珠を苦しめるとは……。

 ため息をつきながら、瀧海は石榴に教えられた南西の塔に向う。

 ところが塔の前で瀧海は警護の兵士に止められた。

 「通せ!」

 「申し訳ありませぬ、真珠様の体調がおもわしくないのです。瀧海さまに御会いできないとのことです」

 「何をいう、体調が悪いなら夫である私があうのは尚の事だ」

 「お許し下さい瀧海さま、真珠様の御命令なのです」

 「真珠の命令?真珠が私に会いたくないと?」

 瀧海は肩で息をしながら、ショックのあまりそこに座り込んでしまった。

 「ではここで待つ」

 「でも……」

 「真珠が会うと言うまでここで待たせてもらおう」

 無理に会いにいくのは簡単だ。だが、それでは傷付いた真珠の心をますます頑にしてしまうだけだろう。 瀧海は腹をくくってその場に座り込んだ。

 そのまま、夜になる。兵士達は心配して必死に部屋に戻るように瀧海を説得しようとしたが 瀧海は聞き入れなかった。

 「近くにいたいのだ。できるだけ真珠の近くに」

 そういってすでに瀧海は寝る体勢にはいっている。兵士達は仕方なく説得をあきらめると毛布を持ってその傍らに置きそれぞれの持ち場に戻る。

 その姿を真珠は塔の上から複雑な想いで見つめていた。 瀧海が後悔してるとしたら、そのうち部屋に戻るだろう。そう考えていた。

 しかし、瀧海は次の日もその次の日もそこから動こうとはしなかった。

 3日目の晩についに雨が降り出した。

 数日間夜露に濡れた瀧海はいくら頑丈だとはいえ、すでに意識が朦朧としている。

 「瀧海さま、どうか部屋に……」

 いくら兵士たちがそう言おうとも瀧海の態度は頑なだった。 真珠は雨に濡れる瀧海を見ている内についに耐え切れなくなる。

 真珠の涙がぽつりと瀧海の額に落ちる。それは雨とは違う暖かさだった。

 瀧海ははっとして上を向いた。窓から覗く真珠が見える。

 「今、そっちにいく。いいな」

 有無を言わさぬ強引な物言いで塔のレンガを伝ってのぼり始めた。

 真珠が慌てて、カーテンを縛ってあるロープのような紐をたらした。

 それを掴むと瀧海はふっと真珠に微笑みかけついには登りきった。

 塔の上にある小窓から部屋に入ると瀧海はおずおずと真珠を抱き締めた。

BACK  WORK  TOP NEXT