真珠丸は駆け出した。 それが良い事とか悪い事という以前に本能で駆け出していた。
壁にぶつかり家具を蹴飛ばしてあらん限りの勢いで駆けていく。
行き止まりの先にバルコニーがあった。
そこに辿り着くと身を乗り出して身を翻す。
瀧海は駆けてはいない。 ゆっくりと威嚇しながら間合いをつめ、真珠丸の恐怖を煽っているかのようだ。
すこしずつ、本当にすこしづつ二人の距離が縮まっていく。
猫が捕まえたネズミをいたぶるかのように、瀧海は真珠丸の怯える様を楽しんでいるかのようだ。
「私が怖いのであろう、真珠丸。逃げてよいのだぞ。その方がいたぶり甲斐がある。」
からかうように瀧海が低く唸った。
それは、地の底から引き絞られるような声で真珠丸は呪縛にかかったように動けなくなりそうだった。
これが現実なのか、虚構なのか判断がつかないまま、真珠丸は大声で叫ぶ。
「華厳〜〜〜〜」
それとほぼ、同時に巨大な龍が空から舞い降り、真珠丸を乗せて飛び立った。
瀧海は急いでバルコニーに向うと真珠丸の行き先をみつめながら、自らも真珠丸が乗った龍より一回り大きな龍を呼んで飛び乗る。
「なかなかのじゃじゃ馬だ。龍使いとは」
瀧海はさも嬉しそうに真珠丸を追う。 そして獲物を見つけた鷹の様な眼光で真珠丸を見据えた。
瀧海はすでに戦闘体制に入っている戦士のような趣きであった。
周りの景色が風のように飛んでゆく。 綺麗に結われていた髪も次第に後れ毛が増えて真珠丸の
頬に絡み付いている。
真珠丸は時折後ろを振り返りながらしっかり前を見据えて華厳と呼んだ龍に掴まり、
一心同体で飛んだ。 風に乗り、時には風に逆らいながら木々の間を通り抜けていく。
真珠丸の髪を留めていた真珠の並んだ髪留めが飛ぶ勢いに負けて落ちていった。
「あっ.....」
それは母の皇后からの唯一の贈り物であった。
しかし、感傷に浸っている場合ではなかった。
真珠丸が振り返るより早く、瀧海は髪留めが落ちるより早く下に降りて、落ちる髪留めを掴む。
それに愛おしそうに口付けると胸元にしまい込みさらに距離の離れた真珠丸の龍を追い上げた。
一時間程飛んでいただろうか、真珠丸は華厳のスピードが急速に落ちてきたのに気がついた。
「華厳、苦しいのか?」
瀧海との距離をはかりながら彼の視界から影になった瞬間に地上に降りた。
華厳と呼ばれた龍は苦しそうに息をしている。
真珠丸は自分の袖を破いて近くの泉に浸すと、それを華厳の口元にもっていく。
華厳が美味しそうに喉を鳴らして飲んでいる時、かさかさと背後で物音がした。
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