月満ちる時 2-2


  「そう……」

 いかにも気のない台詞……やっぱり、彼は俺のことなんかどうでもいいんだよな。俺の行動なんかに関心がないんだ……解ってはいたけれど……それなら俺も彼の事ばかり考えてなんかいたくないって思うのは俺のプライドが無駄に高いからだ。

 「よかったら榛名も一緒に行かないか?」

 そう言いつつも、まさか榛名が来る訳なんかないと思っていた。だから榛名の返答に俺は心底驚く。

 「うん、行こうかな……」

 微かな期待が俺の胸に拡がっていく。思わず、顔が綻んだ。

 「え?」

 関心がなさそうだったのに、ついてくるという。いったいどういう風の吹き回しだろう。だが彼の気の変わらないうちにゲイバーで知り合ったメンバーのところに連れていく事にした。このメンバーならバイも多くておねぇもいないから、彼もそんなにびっくりしないだろう……それより何より、俺はこの綺麗な自慢の恋人を仲間に見せびらかしたかったのだ。

 待ち合わせのカフェでの仲間の反応は予想以上だった。一瞬しーんと静まってさざ波のように緊張感が拡がっていく。

 「お〜〜ぉ!芸能人みたいだね?もしかしてハーフ?」

 浩輔がちゃかすように声をあげる。その割に瞳が笑ってないぞ。

 「違うよ。榛名は純粋な日本人だ。おいあんまりじろじろ見るなよ」

 俺はすぐに榛名を連れてきた事を後悔していた。榛名の肩をこれ見よがしに俺の方に引き寄せてみんなを牽制しようとするが、誰も俺の仕種なんか構っちゃいなかった。

 それどころかますますみんなの瞳がぎらぎらと獲物を狙うように光っている。

 「大学生なの?どこの大学?」

 「名前は?」

 やつらは俺の存在なんか無視したまま次々と戸惑う榛名を取り囲むように質問を浴びせる。いつも冷たく固まった印象の榛名の表情が少しずつ綻んでほんのりと頬が紅色に染まった。

 おぉ……

 奴らの間にどよめきが興る……俺だってセックスしてる時以外でこんな柔らかい表情の榛名の顔を観た事がない。

 俺は思わず唇を噛んだ。

 「悪い!また来るわ」

 徐に立上がると顎をしゃくって榛名にも立上がるように則す。

 「おいおい、きたばっかじゃじゃねーの?」

 「そりゃないでしょ?」

 榛名も戸惑うように俺を見上げている。

 「玲司さん?」

 俺は強引に榛名の腕を引っ張った。これ以上こんな飢えた狼の集団のいる場所に可愛い俺の小羊を置いておく訳にはいかない。

 「いいから帰ろう」

 ついつい言葉もぶっきらぼうになる。俺が何の説明もせずに腕をぐいぐい引っ張るものだから榛名は自分が何か不興をかったのかと恐縮しているようだ。

 「すいません。気の利いた事も話せなくて……」

 俺はあえてその誤解を訂正しなかった。冗談じゃない……黙って座っているだけでも榛名の整った顔立ちは危険なのに彼奴らに気の利いた事なんか言わせてたまるか!榛名はホストじゃないんだ……。

 俺にだって滅多に見せない笑顔を他の奴らに見せてたまるか!

 おれたちは無言で榛名のマンションに帰ってそのまま狂おしいほどの夜を迎え、けだるい朝に向かって突き進んだ。

 榛名はそれから二度と俺についてくると言わなかった。俺だって二度と榛名を誰の目にも晒すつもりになれなかった。

 だからといってベッドの中以外で俺は榛名に優しい言葉のひとつもかけてやるわけではなかった。

 なぜなら彼が俺の腕の中にいる瞬間にいったいどれほど、「好きだよ」とか「可愛い」とか「愛している」と耳許で囁いた事だろう。確かにムードに流されたピロートークだったかもしれない。それでもその中に本音が含まれていたのは榛名だって気がついていたのではないのか?

 それに対して一度でも榛名が自分に甘い言葉を返した事があったのだろうか?いや一度だってなかった。 夢中に快楽を追っている時でさえ、相手をしている俺の事など眼中にないのだ。あまつさえ普段の俺などどうでもいいのだろう。それを酒もセックスも抜きの素面の時に俺ばかりが愛を囁き夢中になっているその現実を見据えるのは辛い事だった。

 せめて抱かれている時だけでも夢を見させてくれればいいものを……好きでもない男にそんなサービスをする必要などないということなのかもしれない。榛名にとって快楽を与えてくれるなら俺じゃなくたって別にかまわないのだろう。

 そう思うとセックス抜きで二人だけで過ごす夜は辛かった。毎晩でも俺は榛名が欲しかったがそれを知られると俺だけが榛名に夢中になっているようでたまらない気分にさせられる。榛名の身体の負担も考えると無茶もさせられなかった。

 だから嘘でもいい……好きだっていうくらい寝物語で夢を見させてくれないか?

 だけどどれほど俺が望んでも榛名は決して好きだとか愛してるなんて口にしなかった。

 無論殆ど同棲状態の今になっては食事を作ってくれたり時には洗濯までやってくれていた。それはただ、彼が義理堅く、一緒に住んでいるから仕方なくやっているのだろう。

 愛情をもって俺の世話をしてるだなんて自惚れるには俺の恋愛経験は豊富すぎる。

 ただ、榛名はいらないと言うが俺は食費と称して1ヶ月10万円だけ渡すようになった。本当はもっと渡してもよかったのだが、俺には他に金を使う計画があったのだ。

 それにもともと人付き合いの得意な俺はあっという間に友達ができるので黙っていれば金はいくらあっても足りなかった。

 女友達とカラオケにいったり、ゲイバーで知り合った友達にはタダで外国人と話せるカフェを教えてもらい週1で通う事にした。

 プールにも通い身体を鍛える。

 家で榛名の事ばかりを考えてもんもんとするなんて俺の性に合わない。

 自分で自分を忙しく追い込めば、もっと自分を磨きながら黙っていれば後ろ向きな気持ちになりそうな 自分を押さえる事ができた。

 俺だって榛名だけの事を考えて生きているんじゃない……俺自身がそう思いたがっていたんだと思う。

 榛名が他の恋人を作るのは我慢出来なかったが、自分が榛名の恋人になれるとも到底思えなかった。

 お互いに雁字搦めの日々が過ぎていく。それでも俺は幸せだった。少なくても榛名は俺の身体やテクは嫌いじゃない様だった。榛名は俺の腕の中だけで喜び、たとえ俺の帰りをまっている訳ではなくても、俺だけが榛名を独占できたから。

 その流れで俺は榛名を『ルナ』と呼ぶようになっていた。

 榛名がそれをどれほど嫌がっても俺は平気だった。

 むしろ嫌がる顔も可愛いとさえ思っていたのだ。俺の下で喘ぐ顔もルナと呼ばれて嫌がる顔でさえ感情のこもらない冷たい顔よりよほどいい……そう思っていた。

 だから、あれから俺がルナを外に誘うと「2人だけじゃないなら……行きたくないな……」とルナが断ってくる度、心のどこかで期待していたのかもしれない。

 もしかしたら本当はルナは、俺の事が好きなのかもしれない……と。

 「普段一緒に暮らしていてなんで外出する時も二人だけがいいんだよ。面倒なやつだな」

 っていいながらルナがいつか素直に僕を置いてひとりで行かないでくれと次こそは懇願してくれるのではないかと。 

 もとよりルナがそんなこと言うはずもなく。あまつさえ、浩輔達がルナが本当は俺と別れたがって他の恋人を捜してるなんて言った時、俺は頭が真っ白になって浩輔を殴っていた。

 俺自身が一番ルナが俺に対して不満を感じていたのを知っていた。それが別れたがっているという事なのかもしれないと思っていたからこそ腹が立ったのだ。ルナは俺に軟禁されているようなものだ。もしもルナを手放したら、二度と俺の元には帰ってこない。ルナがどんなに嫌がったって絶対に絶対に手放すものか……。

 浩輔が言っていたみたいに、ルナがマンションを引き払って俺との同棲を解消したがっているなんて絶対に許したくはない。 だけど本音では分かっていた。俺達やっぱり合わないのかもしれない。俺はもう引き返せないくらいルナにマジになっていた。ルナの名を聞くだけで全身が強張り身構えてしまう自分がいる。

 だからルナを手放すのは身を引き裂かれるように辛い。だけど俺と一緒に暮らしているルナはもっと辛そうだった。つまらない男に引っ掛かったのだと思っているのだろう。もしかしたらすでに俺と綺麗に別れる方法を探っているのかもしれない。

 ルナ……実際お前は今、部屋でひとり何を考えているんだろう。

 俺が帰らない夜は少しでも寂しいと思ってくれる事はあるのだろうか?それとも俺がいなくて本当はほっとしてるのか?

 お前はどうしてあんなに普段俺といる時はつまらなそうなのに、セックスの時はなぜあんなに愛おしそうに俺を見つめしがみついてくるんだろう?

 俺が愛してると言えばなぜ、そんなに辛そうな顔をするのか?なにもかにもわからなくなる。

 自分の都合でルナも俺に恋してると思いたがっている。そんなわけないのは、俺が経験上一番知っているのに。

 恋っていうものはなんと自分中心で我が儘なものなのか……お前が辛そうな顔をしていても俺はお前を手放す事ができないなんて。

 お前が誰かを好きだといって俺から離れていく事になったら俺は嫉妬で何をするか分からない。

 ただ、苦しくてお前の声が聞きたくて携帯でお前の番号を液晶に出して見つめていた。一度だって俺から電話なんかしたことはないけれど、お前はどんな反応を示すだろう。少しでも喜んでくれるだろうか。

 妙にドキドキして指が震えた。それでも意を決してボタンを押すとすぐにルナは携帯にでた。

 ところが俺がルナと呼ぶより先にルナは待っていたようにその名を呼ぶ。

 「古手川?」

 古手川って誰だ?男か?女か?お前はそいつの電話を待っていたのか?知らなかったのは俺だけか?

 「古手川って誰だよ」

 俺の声が嫉妬で震える。そいつはお前の次の相手か?


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