月満ちる時 2


 

  夜桜の桜吹雪が舞い散る中、町外れのコンビニに寄ったのは本当に偶然で、そいつにそこで出会わなければ、俺は2度とそのコンビニに足を踏み入れなかったかもしれない。

 なぜかそいつのまわりだけが不思議なオーラのようなものが渦巻いていたから、俺は自然とそちらに吸い寄せられるように瞳を移した。

 気取った感じの女だな……そいつに対する俺の第一印象はそんな感じで、決していいものとはいえなかった。

 雑誌コーナーで小首を傾げて悩んでいる姿はその辺りを切り取って額に嵌めてやりたいほど様になっていた。

 ……いや、なりすぎで嫌味なくらいそこだけ世界が違って見える。

 そして俺はそのまますーっと自分の血の気が引いていくのを感じた。

 ま、まさか……喉仏?…ってことは…こいつもしかして男?俺は本気で驚いた。男でもこんなに整った顔の奴がいるなんて驚きだ。

 そして急に俺の触手が湧いてきた。実は俺はバイ……男もいける……。

 身体の関係なら男相手の方が妊娠の心配もないし、アブノーマルな感じがそそられるんだ。

 俺はそいつがコンビニから出るまで殆ど目を離せなかった。

 それから数日間、俺は毎日そのコンビニに通った。どうやら運のいい事にそいつも コンビニで夕飯を調達してるらしかった。

 それから目と目が合えばくっと口角を上げて合図をし、会釈をしあうようになるまでそんなに日にちはかからなかった。

 いつだっただろう……彼から会釈をするようになった日、俺はにっこりと微笑んで「よくお逢いしますね」と声をかけた。

 彼は小さく会釈を返してくる。

 どうやら、照れ屋なだけでそれほど気取った奴じゃないのかもしれない。そう思うとますます彼に好感が湧いてくる。

 「俺も人の事いえないけど、コンビニ弁当ばかりじゃあきるよな」

 「はぁ」

 そんな整いすぎて冷たい印象の顔立ちに似合わぬ何か間の抜けた返事のギャップに俺は吹き出しそうになった。

 「外食もしたいんだけど、まだここに越してきて間もないんだ。だから あまりいい店も知らなくて、僕も結局コンビニにきちゃうんだけどね」

 彼は興味深そうに俺をみつめたままだ。脈がないわけではないのかな?

 「よかったら俺が驕るからどこか美味しいところ紹介してもらえないかな?」

 そう思いきって誘ってみた。

 「え?でも……」

 当然彼は躊躇している。まさか男同士でナンパとは思わないだろうが、変なやつだと警戒くらいはしているかもしれない。

 「なんだったら場所を教えてくれるだけでもいいんだけど」

 女には効果的な好感度の高い微笑みを投げかけてやると苦笑するように彼も微笑み返してくる。

 「それなら……」

 そういって彼が教えてくれた小洒落たレストランにやってくると、すでに彼は俺に打ち解けて敬語から丁寧語くらいまで警戒を解いていた。

 「時間があるなら一緒にどう?驕るから……こういうところって男一人じゃ入りずらいし……」

 そういって女ならイチコロの自慢の笑みを浮かべつつ、なんとか彼をほぼ強引に食事に誘う事に成功した。

 正面からまじまじと改めて彼の顔をみると冴え冴えとした美貌の持ち主で男だと解っていても胸が高鳴る。

 「悪かったね、強引に誘って」

 「いえ……こんな高いものを御馳走になって僕の方こそ申し訳ないです」

 「ほんと、こういう場所でひとりで食事するのは気が引けない?女の子を誘うと妙に期待させちゃったりするしね。もし嫌じゃなかったらまた、食事に誘っていいかな」

 「でも……」

 はっきり断らないって事は脈がある証拠だ。

 「一人で食事するのが苦手なんだよ」

 そういうと困ったような顔をしながらも結局、断らずについてくるようになった。携帯のナンバーを聞くついでに彼の名も尋ねる。

 「榛名っていうんです」

 「え?ルナ?俺の名刺はこれ……」

 名前と携帯番号だけのものを渡す。親しくない人間に職業を詮索されるのはあまり好きじゃないからだ。

 「黒木玲司さん……僕の榛名っていうのは榛名山の榛名で、名前は康一っていいます」

 「康一くんか、榛名くんの方が似合ってるな榛名ってよんでいいかい?」

 「あ、はい」

 しかし、食事に誘うのが一週間も続くとさすがに気が引けるのか誘いをしきりに固辞するようになった。

 「いつも驕っていただいて申し訳ないですし、かといって僕はまだ学生だから玲司さんに気に入っていただけるようなレストランで驕るほどお金がないんです」

 丁寧な物言いだが、妙に堅苦しい……これなら友達は少ないだろうと思うと思わず苦笑しながらもほくそ笑んだ。

 これで愛想がよかったら鬼に金棒みたいなもんだ。恋愛IQどころか人付き合いも苦手なんだろう。この美貌でどこか自信がなさげな訳が想像できる。

 「そうか……もしそう思ってくれるなら、一度君の手料理でも御馳走してもらえないか?」

 駄目もとでいきなり本題に入る。

 しかしどうやら彼には本当にこの手の警戒心が欠けているらしい。俺の下心など微塵も疑っていないようだった。すこし口に手を当てて考えた後、すぐに心を決めたように小声で言った。

 「そんなものでいいんですか?じゃあ、明日にでもいらしてください。僕……料理は嫌いじゃないんです」

 そういう彼の言葉に嘘はなく彼の小奇麗なマンションを訪ねると軽いコース料理といってもいいほどの御馳走が並んでいた。

 「すごいね。レストランみたいだ」

 綺麗にテーブルもセッティングしてあり、テーブルの中程には野の花まで飾られていた。この怜悧ともいえる冷たい美貌とどちらかというと地味で丁寧な仕事のギャップにどうしても軽い戸惑いを感じてしまう。

  しかもその味もその辺のレストランなんかよりずっと美味しい。

 「すごく美味しかった。本当に料理が得意なんだね、驚いたな。ありがとう」

 「いえ、今まで黒木さんには散々驕っていただきましたから」

 そういって俯き加減に横を向いた。そんな様子も妙に色っぽくてずきんと下半身を刺激する。

 「こんなに本格的なら下ごしらえに時間がかかったんじゃないか?」

 「まぁ……でも好きでやったことですし」

 これほど見事にセッティングして下ごしらえもちゃんとした凝った料理を用意してくれたのに、このぶっきらぼうな物言いが逆に切ない感じがして……可愛いとさえ思えた。

 「本当にありがとう、すごく美味しかった……そしてすごく嬉しかったな」

 そういって食器を下げるのを手伝いながら後ろからそっと髪に手を乗せた。彼のからだがピクンと硬直する。そのまま撫でるように頬から顎に手を滑らせて くいっと顎を持ち上げ啄むようなキスをした。

 「な……なにをするんですか!」

 「嫌だった?」

 「変ですよ……玲司さん……僕は女じゃない」

 「その辺の女なんか適わないほど君は魅力的だ。嫌ならやめる……強引なのは嫌いなんだ」

 でも彼は落ちるだろう……どこにも根拠はなかったが、今までの恋愛の勘が俺にそう囁いていた。

 「ハ………ルナ……」

 名前を呼びながらそれが深いフレンチキスへと変わる時、彼はすでに全身の力を抜いて俺に身体を預けてきた。

 僅かに開けた瞳は長い睫に煙ってうっすらと潤んでいる。そんな彼の様子が愛しくて抱きしめながらソファに押し倒した。

 「だめ……僕……全然経験なくて……」

 「じゃあ……経験があればいいのか?」

 そういって覗き込むと自分の発した言葉の深い意味に はっとして首の後ろまで赤く色付いてゆく。

 「ちが……そんな意味じゃ……」

 「じゃあ……どんな意味かなぁ……」

 そういいつつキスを繰り返し、ゆっくりと着ているものを花びらを一枚づつ散らすように剥いでいく。

 抵抗こそしないが、恥ずかしいのか身を捩って顔をそむけた。

 「まさか……はじめてじゃないよね」

 無言で赤くなるのが肯定の意味を伝えている。

 唇が微かに震えていた。これだけ綺麗な顔立ちだから経験がないなんて思いもしなかった。こいつなら男も女もよりどりみどりだろうに……。……いや……よりどりみどりだからこそ、今まで穢されもせずにきたのだろう。

 眩しいほどに真っ白でなめらかな肌をしていた。そっと指を乗せるとすーっと肌の上を指が滑る。肌そのものが誘うように艶かしい……。

 俺はいきなり自分でも訳が解らなくなるほど酷く興奮してきた……こんな事は今まで女や男とも数をこなしてきた俺にも初めてだ。獣にでも慣れそうなほど暴走する自分の欲望が俺を支配する。

 そのまま彼の唇を貪るように口付けながら彼の腰をひきよせるようにして身体を合わせた。

 驚いた事に俺と榛名の身体の間で彼の欲望が主張していた。上半身を軽く揺らして彼の欲望を刺激してやる。

 「あ、あ、あ……っ」

 榛名は切なげな声を上げた。

 どう聞いても女の声には聞こえないのに、なぜ、これほどこの声に俺は欲情してしまうのか……自分でもよく解らない。

 自分の欲望に従って受け入れてくれるはずの部分をなんとか解そうとするが、拒絶するようにそこは固く閉じられていて 俺はこれ以上無理に押し進める事を断念した。

 どれほど彼が欲情してもそこが女のように濡れる訳もなく、彼が緊張のあまり身体を固くしているのを感じる。

 残念だったがこれ以上進むのを断念せざるをえないだろう。無理に進んでこの手の行為に抵抗感が生まれる方がもっと恐ろしかったからだ。

 全く自分の理性を褒めてやりたい。今度はちゃんといろいろ用意してみよう。

 自分の危機が去ったと感じると榛名の徐々に緊張を解いていく様子が抱きしめた身体から直接伝わってくる。そんなに怖い思いをさせていたのかと苦笑する。今は欲望に流されても冷静になって後悔などされたら、もう後が無くなってしまう。今はこの彼が愛しいという気持ちだけを大切にしたかった。

 お前の心に合わせて少しずつ拓いていってやる……俺の心に今まで経験した事のない充実感と榛名に対する愛おしさが満ちあふれていつまでもこの瞬間がすぎなければいいのにと余韻に浸ろうと腕枕をしかけた。

  それなのに、快感で朦朧としていたはずの榛名は、我に帰ったように俺の腕をすっと外すと慌てて乱れた着衣を直しだした。

 「嫌な事して悪かったね……」

 俺の方も熱がすっと覚めてゆく。皮肉を込めて榛名の顔を覗き込むと恥ずかしそうに俯きながら呟いた。

 「別に嫌じゃないです……」

 「え?」

 聞こえない振りをする。

 「嫌だった訳じゃないです……」

 やっぱり小さな声だった。もっと彼を構ってやりたい衝動にかられた……だがこれ以上虐めるのはやめておいた方がよさそうだ。

 「また、きていい?」

 少しだけ間があって、重苦しい沈黙が流れ始めた。

 「は…い」

 よかった。どうやらまだ、本格的に嫌われてはいないようだ。

 「いつ?」

 彼の気の変わらないうちにたたみかけるようにさっさと次の約束をとりつける抜け目のない俺だった。

 でもこの時はほんの少し変わり種のつまみ食いくらいにか思っていなかったのだ。

 週に一度が二度になり、そのうち二日に一度は榛名のマンションに来るようになるまでそれほど日数はかからなかった。

 本当はすぐに毎日でも来たかったが、あまりがっついて余裕がないように思われるのもなんか癪だった。

 今まで普通の男なら逢ったその日にエッチして、二度と逢わないのがお約束の様だったし、女と逢うのは手順が面倒で数回逢って数度エッチしたら、これまたそれで俺の方が飽きちゃっていつの間にか逢わなくなるパターンが常だった。

 榛名の場合は榛名が何を考えてるのか実は俺にもよく解らなかった。嫌がってる風でもないが決して積極的とはいえない。

 性的経験は皆無に近い割にAセクでもなさそうだった。彼の身体はどこも敏感でそして女のようになめらかでその上、男特有の弾力がある。 触れて彼が喘ぐ姿をみるだけで、それなりの満足感を得られてしまう自分が不思議でならない。

 彼は俺としか付き合っていない様だったが、それはどうやら、彼が人間関係全てに希薄だったのだ。もっとはっきり言えば、俺にだってたいして関心はないようだった。

 俺が誰とどこで何をしていようと 全く興味を示さない。俺が早く帰ろうが、誰かと遊びに行こうがどうでもいいようだった。

 これにはさすがの俺も深く傷ついた。

 身体の関係は、どんどん進んでいく。俺の愛撫にも敏感に反応し、ついには長い時間をかけて念入りに彼の蕾を解し、ついには一つになることにもにも成功した。色っぽく乱れる彼は普段の取り澄ました感じは全くなくて遂に彼を征服したような感覚に陥り、俺は大満足だった。

 行きも絶え絶えの彼を後始末してやろうとバスルームに連れていった時、彼はあんなに乱れた後だと言うのにその行為に酷く抵抗した。

 あまり抵抗するから俺の心にいじわるな気持ちが芽生えていく。

 「後始末はしなくちゃだめだよ。腹壊すし…… そんな事も知らなかった?俺はいいんだけどさ。俺のをお前の中に入れさせて置くっていつまでも所有印をつけてるみたいで……」

 榛名は真っ赤になって首を振る。

 恥ずかしがる彼の様子が可愛くてついついからかいたくなる。

 「そんな事もしらないのかよ?男の初物って面倒臭いだけって本当だったんだな」

 彼の傷ついたような顔で少しだけ心が痛んだ。でももう一人の俺が叫ぶ。

 ルナ……お前だって少しは傷つけばいい……俺がお前を想う度に苦しくなる気持ちの千分の一でもお前が俺に関心を持ってくれればそれだっていい。無関心よりずっとましだから。

 ついつい俺は、お前を優しく抱きながら一緒にいるとお前の関心を買う為にお前が傷つくような言葉ばかり選んでいる自分に気がついていた。

 これじゃあ、お互いだめになる。少しだけ俺にも逃げ道が欲しかった。お前の事ばかり一方的に想っている自分が辛かった。こんな切ない恋をしたのは生まれて初めてだったから、自分でも自分の気持ちを持て余している。

 「明日、友達と飲みに行くんだけど」

 俺の言葉は彼は聞こえているのかいないのか、淡々と乱れた着衣を身につけてまるで聞こえていないかのようだ。

 でも、きっと聞こえているのだろう。

 つまり俺の行動などどうでもいいほど無関心な訳で、それも胃液が這い上がってくるのではないかと思うほど不愉快だった。

 榛名は肝心な時にはいつも自分の世界に閉じこもり、時折気紛れに俺に肌を許す。

 

 lunatic ……狂気

 

 月は日々形を変えて冴え冴えとした青白い光を放ち人を惑わせる……

 榛名は……まさにルナだ……美しく俺を引き寄せておいて無関心で冷たく俺を突き放す……苦々しい狂気にも似た感情に俺は支配されていくようだった。

 


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