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《月満ちる時》 |
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「なぁ、ルナ。今日はどこかに出かける予定あるか?」 ベッドの中からけだるい身体を引き起こせないまま、僕はただ首を横に振る。 そんな僕に比べてこいつはスキップでもしそうなぐらいに浮き足立っているのが、機嫌の良さそうな口ぶりからみえみえだ。 「じゃあ今夜、俺が遅くなったら冷蔵庫の中にサラダと刺身が買ってあるからさ、冷凍庫の飯をチンして食っとけよ」 今夜もまたどこかに出かけるんだ……僕をこの部屋に一人残して……。 それなのにまるで僕の身体を心配してるような彼の台詞に僕は逆に全身から血が抜けたような寒々しい気持ちになる。 どうして僕と一緒に暮らしているんだろうって……。 どうして彼はこんな狭い部屋に引っ越してきたんだろうって……。 今まさに部屋を出ていこうとしてるのは黒木玲司23才……転勤の多い公務員で上級職らしい。 彼はこの春、都会からこの街に越してきたばかりだったのだが、僕らは毎日通うコンビニで偶然出会い、なぜか彼の方から僕に声をかけてきた。 紆余曲折があったとはいえ、ナンパに慣れた彼の手にかかっては、僕らに身体の関係が出来るのにそんなに時間はかからなかった。 そのままなし崩しのように彼は僕の親が借りてくれたマンションに入り浸るようになって……。 いつの間にか彼の荷物が僕の部屋を侵食し始めている。 勿論、僕はそれを後悔していた。 なぜって一緒に暮らしてからの方が、今まで感じた事もなかった深い孤独を感じるようになったから。 どちらかというと僕は引っ込み思案で友達もいないのだけど、逆に彼は男女問わず友達が多いようだ。 趣味も多くて外に出るのが大好きで、越してきてまだ数カ月というのに、何年も暮らしているように 様々な場所に出入りしている。 いつだって彼は暇ができれば外で食事したり、カラオケにいったり、ドライブしたり、プールにいったり、週末は友達とキャンプや釣りに誘われたりして僕らのマンションでじっとしていたことなんかない。 平日だって、英会話サークルだとか映画の会とか地酒を飲む会とか友達に誘われると断れないタチらしい。 逆に僕は一人で家にいるのが好きだ。 DVDを観たりネットやったり、週末は掃除して一週間分の食事の下こしらえをして、ベランダにあるプランターに水をやる。 情けないけどそんな僕の今までの友達っていったら飼ってるカメだけだ。 だからまぁ、間違いなく彼は僕の身体が目的だ。 簡単にやれて後腐れなくって、ついでに部屋の掃除も食事作りも嫌がらない、留守番みたいな便利な同居人……それが僕なんだろう。僕と一緒にいる時はやってるだけで外で会う事なんか最初の頃を除いて殆どない。 一応、外出する時に「一緒にいくか?」と声だけはかけてくれるけど。 「2人だけじゃないなら、いい……」っていう僕。だって彼とだって共通の話題なんかないのに、他のやつと仲良く話せる自信なんかない。 するとあきれたように玲司は 「普段一緒に暮らしていてなんで外出する時も二人だけがいいんだよ。面倒なやつだな」ってため息をこぼす。 そんな彼の言葉の端にどこか侮蔑のようなものが含まれているから、僕の心に微かな傷を落とすのを彼は気がついているだろうか? 確かに僕達、週に2回は身体を重ねて一緒に住んで、朝食も毎日一緒にとってる仲だけど……。 そのうえ、僕が彼の洗濯物を引受けて食費と生活費は玲司から受け取る仲だけど……。 これってセックスもするルームシェアみたいものかなと僕は思ってる。 彼氏だなんて思い上がれば、彼が出て行った時、辛いのは僕だから、 そしてここが僕のマンションである限り、出ていけるのは彼で僕にここを出る選択肢なんかなかった。 二人で暮らしはじめる時、彼は僕に一言だけ言った。 「隠し事はなしにしよう。誤解が生じるのは仕方ないけど、隠し事さえしなけりゃ大丈夫だから」 何が大丈夫なのかよくわからないけど、隠し事しないと言った彼は実際に友達といったナンパの話や、連れていかれた風俗の話まであけすけに僕になんでも平気で話して……。 実のところ彼はバイセクシャルで、僕は完全なゲイだから、僕は女にも男にも嫉妬してしまう。 「今日会った女がさ、すげー分厚い唇で……でもなんかそれが結構色っぽいんだよな」 そんな玲司が色っぽいと思った女の話しなんか聞きたくもない……。 それを聞いて僕がどんな気持ちになるのかなんて 玲司は思い付きもしないんだろう。 「ルナ……つまらなそうだな、俺の話。……別にいいけどさ。今夜結局やりそびれたから、 お前とやるよ。毎日お前とばっかりやってると飽きるから本当は今夜は女とやりたかったんだけど」 女と出来ないから仕方ないからお前で我慢すると言う訳だ。僕をダッチワイフ代わりに使う気なんだ。 本当に酷い……残酷な男。 それなのになぜ僕は玲司と別れられないのか……それは僕には本当に玲司だけしかいないから。 僕が通ってるのは三流公立大学の経済学部。 もともと奥手の僕はセックスフレンドどころか普通の友だちもいない。 気の効いた面白い事何も言えないし、遊び歩くほどの金もない。どこかぼうっとしてるからアルバイトなんて考えられないし。 多分、大学から僕がいなくなったって誰も気がつかない……そんな面白みのない男が僕、榛名康一だ。 でもきっと玲司はそれも僕の気に入ってるところらしい。誰とも話す相手もいない僕ならどんな事をしたって安心と言う訳だ。 きっと外に出ないから無駄に白い肌や、 どちらかといえば大人しそうな女顔の僕なら、多少の無体も許されると思っているんだろう。 その極め付けは、彼がルナと僕を女名前で呼ぶことだった。 思うに友達に対しても僕の存在は引っ込み思案の彼女と半同棲いうことになっているらしい。たしかにそれなら友だちに僕との電話を聞かれたって不自然じゃない。 でもさすがにそれはあまりに嫌だったから、「ルナって呼ぶのはやめてよ」と哀願してみた。 「ルナでいいじゃないか。お前ってルナって感じだよ」 取付く暇もない。 酷いよ、酷すぎる……。 たしかに僕はゲイだから女とはやれそうにないけど、それがおかまっぽいとでもいうのかよ。 悲しくて……悔しくて……。 それでも「ルナ……可愛いよ」そう言われれば彼の愛撫に馴れた身体は少しずつ綻んでいく。 「ルナは俺以外の男も女も知らないんだもんな」 「どうせ、僕は経験不足だよ」 「それはそれで可愛いんだけどさ。ルナが俺以外を知ったら俺がどれだけテクニシャンでお前を気持ち良くさせてやってるか分かってもらえるのにさ。ちょっと勿体無いな」 そういって余裕の笑みを洩らす。 僕から玲司との関係を解消するなんてありえないと思っているんだろう。 だからってもしも僕から離れていったって少しの間だけ多少の不便さを感じるかもしれないけれど、僕がいなくなっても彼の方は全然平気なんだろう。 僕が心に抱えている葛藤や嫉妬など永遠に理解出来ないに違いない。 でも、そんな僕にも少しだけこの窮屈な状況を打破できる微かな可能性が湧いてきた。それはほんの数日前の事。 「榛名(はるな)!お前もここの出身じゃないからマンション借りて暮らしてるんだって?」 そう声をかけてくれたのは、同郷の古手川匡輔(こてがわきょうすけ)だった。 「うん」 「お前の家もリ−マンなんだろ?仕送りだけじゃきつくね?」 こんな心配をしてくれる奴はいままでいなかったから、僕はちょっとくすぐったいような気持ちで答えた。 「奨学金を二つ貰ってるから」 「いいのか?今度寮が空くぜ?俺の相部屋のやつ。留学決まったからもう手続きとかで部屋を出ていないんだ。お前今なら寮に入れるぞ?」 僕らの大学の寮はまだ新しく、その上部屋も広いのに市の持ち物だから格段に安くてすごい人気なのだ。 実は、僕も前に希望していたけど入れなかった。 門限などの規律は多少厳しいらしけど、僕の場合飲みにいくわけじゃないから全く問題はない。 こんな感じで空きが出る前に情報が出てしまうので殆ど外部からコネなしで入るのは不可能に近かった。 「お前、入寮希望だしていたんだろ?同郷のよしみで先に教えたんだから、今週中に入るかやめるか結論を出せよ。じゃないと他のやつにまわすからな」 古手川は冗談めかしてウインクすると僕の肩をぽんと叩いた。 どうしよう…… 本当なら玲司に相談すべきだろうけど…… 実は彼にもちゃんとした寮があって、賄いさんもいるらしい。そのうえその寮ときたら便利な一等地に公務員だからタダ同然の料金だとかいっていた。 僕のマンションを出たからって特別困る事はないだろう。 そう思うと彼に相談しようと言う気持ちも失せていく。 それどころか荒んだ気持ちが僕を支配していく。 どうせ玲司は僕自身に関心がある訳じゃない。便利だから一緒にいるだけだ。 一緒に住んでるからしかたなしに、僕を抱いてるのかもしれない。だとしたら飽きてきた僕とすんなり別れられて逆にラッキーだと思うだろう。 殆どない荷物をぽつぽつと片づけながらなんだか情けなくて涙が出てきた。 好きだという僕の気持ちも彼にとって鬱陶しくて迷惑なだけだし、男とセックスなんか 妊娠の心配がなくて面倒じゃないから、女と出来ない時にやってるにすぎない。分かってるのに、そんな事分かっていたのに、どうして彼と一緒に暮らしてしまったんだろう? はっきり嫌だといえばよかった。男同士のセックスだって一生しなくてよかったんだ。 彼があんなに優しく僕を欲しがるから、僕は勘違いしてしまった。僕は愛されてるって。彼にとっても僕しかいらないんだって。 でも、そんなのは僕の都合のいい勘違いに過ぎなくて。 彼は男の初物も女のバージンみたいにいいんじゃないかって勘違いしていただけだったんだ。 実際にはヴァージンとは似ても似つかなくって……。 「そんな事もしらないのかよ?男の初物って面倒臭いだけって本当だったんだな」 ため息に近い感じで放った彼の言葉に僕は深く傷ついてしまった。 彼を知らずに……身体の触れあう喜びも知らずに……生きていけたらきっとその方が幸せだったのに。 きっと今回の寮の話は彼と自然に別れる為の神様がくれた最後のチャンスだろう。そう思っていたところにちょうど携帯が鳴ったので僕は慌てて取り上げる。きっと古手川からの返事の催促だ。 「古手川?」 「おい……古手川って誰だ」 え?「玲司?」 「俺じゃ悪いかよ。古手川とやらじゃなくて悪かったな」 だって玲司が携帯に連絡くれたことなんてなかったじゃないか?っていうか、玲司の奴、僕の携帯番号知っていたのか?俺の事なんか関心ないと思っていたのに。 「何か急ぎだった?」 「別に……ルナの声が聞きたかっただけだよ」 こういって時々優しい言葉をくれて僕を期待させる癖に本気になるとぺしゃんこにされてしまう。 「そっか……僕も玲司の声が聞けて嬉しい……」 玲司に合わせて俺も玲司が言って欲しい言葉を言ってやる。こんな心のこもらない言葉遊びになんの意味があるんだろう?それとも僕の方は心が隠り過ぎて暑苦しく感じただろうか。 「2.3日帰らないから夕御飯用意しなくていいよ」 僕の胸の奥に青白い炎が灯る。 「わかった……出張?」 「いや、休みが取れたから友達とキャンプ。お前も行く?」 「ううん、いい」 どうせ玲司の友達とキャンプに行ったって僕だけ浮くのは分かってる。玲司だって僕が来ないと思って安心して口先だけ誘っているのだ。本気で誘うならこんなに切羽つまってから僕に話す訳もない。だって僕なんか友達以下だ。 あぁ……恋人なんて贅沢言わない……せめて友達になりたい。キャンプやドライブに連れていってもらえる友達に……だけど僕はそんなものにさえなれない。ただの彼の欲望の隠し蓑だ。 ……苦しい…… このままじゃ心が彼に引き絞られて乾ききってしまう…… 誰か僕を助けて……、 もう……もう……こんな状態に耐えられそうにない。 やっぱり彼に相談しないで寮に引っ越そう 彼はなんのショックもないだろうけど、僕はこれほどまで彼に僕の心の奥底を引っ掻き回されないですむ。 今夜は帰ってくるのかと、今夜は誰と寝ているのかとそんな思いをしながら悶々と重苦しい夜を過ごすのは、もうたくさんだ。 さようなら玲司……こうして決心してみれば君と過ごした数カ月は僕にとって貴重な体験だった。 きっと玲司に身体だけでも優しく愛されたいい時の思い出だけで僕は一生一人で生きていけるだろう。 これ以上一緒にいたら僕は大好きな玲司を憎んでしまう。玲司に愛される他の誰かを殺してやりたいとまで考えるようになりかねない。 それだけはそんな惨めな気持ちにだけはなりたくない。 もし僕が何かを書き残していけば未練たらしい愚痴にになるから、僕の私物は殆ど始末して玲司の荷物の上にこの3ヶ月で貰った30万円と鍵を封筒に残して僕はマンションを後にした。 今月いっぱいまでのお金は支払っているし、汚したところはないと思うけど、玲司が荷物を持って出ていったらすぐに手続きをしてしまおう。 そして僕は卑怯な事に玲司の携帯番号を着信拒否にした。玲司の声を聞いたら間違いなく玲司のいうなりになりそうだったから。きっとあいつの甘い声に…優しい言葉に…僕は間違いなくうまく丸め込まれてしまう。 そうして無事に僕の引っ越しも済み、風の頼りに玲司がマンションを出て独身寮に戻った事も知った。 これでよかったんだ。 つまらない僕なんかと同室になった古手川は、誘った責任を感じてか優しく接してくれて、時々それが、セックスする時の玲司を思い出されて僕は心が痛んだ。 優しく気遣ってくれる古手川には申し訳ないけれど そっとしておいてもらった方が気が楽だ。 ベッドで玲司を思い出して啜り泣いている僕に「榛名……大丈夫か?」とそっと髪を梳いてくれる。 「ごめん、うるさくして……」 「うるさくなんかないさ。榛名が声を殺して泣いてるから、逆に心配なだけだよ。俺じゃあまり頼りにならないけど、力になれる事が あったら言ってくれ」 僕は微かに頷いてもう泣くまいと下唇を固く噛んだ。 御盆が過ぎて微かに秋の気配が感じられるようになると旅行から戻った連中や、実家から土産物のいっぱい詰まったバックを持ったやつらが寮に帰ってきて少しずつ寮も賑やかになる。 「榛名!お前も寮生か?ハルが入ると男だけの味気ない寮も心無しか華やかになるな」 今まで話もしたことがない連中が親しげに話し掛けてくれて、いつの間にか僕のあだ名も「ハル」なんて呼ばれるようになっていた。みんな優しい。同じ寮生というだけで優しく接してくれる。 あだ名なんかはじめて付けられたから妙に嬉しくて玲司に傷つけられた心も少しだけ癒されかけていた頃だった。 寮の門の前に横付けされた見覚えのある深い海色のパジェロ……まさか……? 寮を出たところに玲司が人待ち顔で立っていた。友達か新しい恋人でもこの寮にいるのだろうか?やっと忘れかけていたのに。 僕は大急ぎで玲司に気がつかない振りでそのまま通り過ぎようとした。 「ルナ!」 玲司が僕に向かって叫ぶ。僕はビクっとした。どうして人前でその名を? 「ルナ!来いよ。話がある」 「話ってなに?まさか僕を訪ねてきた訳じゃないよね?」 「お前以外だれがいるっていうんだ?お前には俺に預けてるものがあるだろう。それを返せ」 玲司の声は冷たくてその上、僕を掴んだ手が手首に食い込んで痛かった。 彼に預けてるものってなんだろう?お金は返したはずだけど、彼が帰ってくる前に泥棒でも入ったのだろうか? 彼の顔を見てもしかして僕を向かえにきてくれたんじゃないかなんて自惚れる自分が惨めだった。そんな事、万がひとつだってあるわけないのに。 「どうして黙って出ていったんだ」 「ごめん」 「まだマンションに荷物はあるから帰ろう」 「無理だよ。今さら……だってもう、寮に越したんだ。マンションも解約したし」 「だから、どうして俺になんの相談もなく勝手に出ていったんだよ。大家さんに話したら、 まだ次に入る人は誰も決まってないから、そのまま戻れるらしいよ」 「とにかく手を放して、僕はもうあそこに戻る気なんかない。だから放っておいて欲しい。どうしてここに来たんだよ。玲司は今までだって僕に関心なんかなかったじゃないか」 「だからって、金もあんな形で置いてあって……手切れ金かよ」 お金は無くなってなかった?じゃあ僕に何を預けていたって言うんだろう? 「違うよ。今まで玲司から預っていた分だよ。使わなかったから返しただけだし」 「どうして、そういうことするんだよ。おれ達うまくやってきたと思っていたんだけど」 彼は掴んでいた手の力を緩めて両手でそっと包むように僕の手を握る。未練が残るから優しくするのは やめてほしいのに。 「それは……我慢していたんだよ」 「それは俺との付き合いを我慢していたって事か?」 「そう……だよ」 玲司の整った唇が真一文字に結ばれる。 「結局、他に男ができただけじゃないか。そうじゃないかと思ったよ。 ルナは俺の友達とも仲良くしようとしないし、いつもつまらなそうな顔をしていたからな。 だから家に帰るのが憂鬱だったんだよ」 ……いつも他に誰かがいたのは玲司じゃないか。 それなのに別れる理由まで僕のせいにして僕に何か預けたなんて因縁つけて…… どうして二人の思い出までぐちゃぐちゃにしようとするんだ。 「じゃあ、僕とすんなり、別れられてよかったじゃないか。どうして今さら」 どうして今さら……これ以上僕を傷つけようとするんだ?僕はそこまで憎まれていた?それとも僕の存在は玲司のストレス発散するためのサンドバックがわりだったとでもいうつもり? 「他の誰にもお前を見せたくなかったんだ。お前を独占したかったから」 また、そんな思ってもいない事を口にする……罵倒された方がずっと傷は浅いのに。 「ずっと放っておいた癖に……友達の方がいつも優先で僕なんかいつも後回しだった癖に、 どうして今さらそんなこというんだよ。ずるいよ。ずるい……」 「ルナ……」 「僕が大人しいからってなんでも玲司の思う通りになんかならないんだ……」 「泣くな……悪かったよ……ルナ……戻ってこないか。頼むよ……お前がいなくちゃ、俺は寂しくって何も手につかないんだ。いま、お前が何をしてるかとか……誰かになぐさめられてるんじゃないかとか考えたら嫉妬で気が狂いそうだったよ」 「うそだ……」 もう、そんな甘い言葉に騙されるもんか。 「本当だよ……ルナ」 「僕をルナなんて呼ぶな……」 「どうして?お前ってまさにルナって感じだけど。お前にぴったりだよ。落ち着いていて……どこか冷たくて……蒼白い満月みたいに妖しく俺の心を惑わせる。お前が俺と一緒にいてもつまらなそうだったのは知っていた。 でも、飽きられないようにべたべたしないようにしていたじゃないか」 玲司の声がどこか遠くで聞こえる……ぼくらだけ別のカプセルに包まれてぐるぐる回ってる。 僕はどうしても聞いてみたい事を口に出す勇気が湧いてきて……。 「なぁ……僕に預けていたものって……?」 僕が擦れた声をやっと紡ぎだす。 「誰にも預けた事がない俺の本心だよ……ルナだけは誰にも分かってもらえない俺の心の澱が預けられるとおもったんだ。 ルナだけには、甘えられると思っていた。でも……ルナが何も言わないで黙って何でも引受けてくれるから 預け過ぎていたんだな……俺の気持ち。今度はルナも俺に預けてくれないか?お前の本心を」 僕はぼろぼろと涙をこぼしながら玲司にしがみついた。 素直になりたくて……。玲司に甘えたくて……。玲司はただ優しく頭を撫でてくれた。玲司の大きな掌が とっても不器用に頬を持ち上げる……その無骨な指が少し震えていて……僕の胸の奥が甘く疼いた。
結局僕は寮を出た。信じられない事に寮の皆が僕が 去るのを惜しんでくれて、特に古手川は荷物を作るのもびっちり手伝ってくれた。 「そうか……残念だけど……仕方ないよな。俺にはお前をルナなんて呼ぶ勇気はなかったもん」 「どうして?」 「榛名だから……ルナだっておかしくはないけど、やっぱり照れるよ。男相手に呼ぶの……。お前の 彼氏はよほどお前の事可愛いと思ってるんだよ。じゃないと呼べないよ」 「そうかな?」 「あぁ……俺もお前をハル!じゃなくてルナって呼ぶ勇気があったらもっと おれ達違う関係になっていたのかな?」 「え?違う関係って?」 「いや、わからないならいいさ。たまに寮にも遊びに来いよ。みんな楽しみにしてるからさ。 お前がくるとモノクロだった世界が、なんか色っぽい感じになるから」 「なんだよ、それ!」 「まぁ、いいさ。自覚ないんだろうから……うらやましいぜ。お前の彼氏が」 玲司が寮の玄関まで迎えに来てくれた。僕から荷物を奪い取るようにうけとると部屋の前で手を振る古手川をちらりと盗み見る。 「何をあんなに話していたんだ?」 こころなしか玲司の顔が強張っている。その上挨拶もそこそこに僕の腕をぐいぐい引っ張って 車に押し込めた。 「時々遊びにこいっていっただけだよ。何か怒ってる?」 どうして、そんなに玲司は機嫌が悪いんだろう。 「絶対行くなよ」 「え〜〜!どうしてさ」 ちっと玲司は軽く舌打ちをする。 「なんにもわかってないな……だからお前が心配なんだよ」 そう言って僕の頭をかかえて髪をくしゃくしゃにする。そんな仕種も泣きたくなるぐらい嬉しいって僕もどうかしてる。 もう少しだけ彼の心に近付いてもいいのかな。
FIN |