![]() 中秋の名月(2005) |
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受験生にとって9月ともなれば夏休みも終わってそろそろお尻に火がついた状態だ。 次々襲ってくる模擬試験を右に左にばったばったと薙ぎ倒し、クラスメイトの怪情報の火の粉を払う。 訳のわからない不安に取り込まれ大きな波のうねりに巻き込まれたような気持ちになる。 漠然とした不安……もしかしたら受験生の殆どが抱えているものなのかもしれないが、初めて体験する この気持ちはきっとお母さんにだって解ってもらえないだろう。 一緒に受験するとはいえ、いつも上位リストに名を列ねている沢田だから、彼にだって無論解らない。 間違いなく、自分の人生を左右するであろう大きな岐路を目前して、先が見えない大きな万里の長城が行く手を阻んでいるような気持ちになってしまう。 実は前回の模試もあまり結果はよくなかった。特に英語。 今までさぼっていたツケが一気にまわってきたようだ。 あの沢田ですら、英語の予習につきあうといって最近は本当に僕の英語につきあってくれるのだ。 そのぐらい壊滅的に僕の英語は不味かった。 「あぁ〜〜ダメダメ!訳わかんね〜〜」 僕が問題集を思いっきり後ろに投げたらちょうど部屋に入ってきた沢田に当たりそうになる。 そこは沢田!しかっと受け止めてゆっくりと俺の顔を見下ろした。あぁ〜〜まず〜〜い! 「何度も言ってるだろう。基本の文法があやふやな所があるからいくら単語を覚えても 長文のなると意味不明になるんだ」 お前はいいよな!不得意な科目なんかないじゃないか! 俺のようないらだつ気持ちなんかわかりっこない。 「いいよ、別に!どうせ俺は沢田とは頭のできが違うんだからさ!」 そう言った俺に沢田はふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らすとそのまま部屋を出ていった! なんかめちゃくちゃ悔しいじゃねーか。 しばらくしてから、「おい、土曜日からしばらく開けとけよ」と沢田が隣室から声をかけてきた。 「どう言う意味?」 「京都に行く事にした」 行く事にしたって?もしかしてそれは、お前一人でいくんだよな?俺のスケジュールは関係ないだろうに。 「ホテルも取れたから、3連休は京都で楽しもうぜ」 楽しもうぜ?って俺もかよ?冗談じゃねーぞ!俺はお前と違ってケツに火がついてるんだってば! それなのに、俺は今新幹線の中にいる。 「お前がつまってるのは仮定法の過去完了と仮定法未来だけじゃない。仮定法の過去も未来もごっちゃになってるんだよ」 沢田が噛み砕いて説明してくれるがやっぱり頭の構造が悪いのかさっぱり入ってこない。っていうかこの旅行代金が沢田のお小遣いから支払われたの事に素直に納得できない自分がいる。 「いくつか実際問題をといてみろ。ほら、こうなってだからここにTHAT節が入って……」 沢田はどうして俺にこんなに親切にしてくれるんだろう。素直でも可愛くもない俺のどこが気に入ってるのか俺にはどうしてもわからない。 「いいよ、もう!英語は捨てたし」 「他の教科は捨てられても英語だけは捨てちゃいけないんだよ。ほら、まじめにやれ!」 問題集でこつんと頭を叩かれた。短い時間だったが俺はなんとか沢田に根気よく説明されたおかげでなんとか 仮定法を理解できたような気がする。 京都駅に到着するなり沢田は俺の存在を忘れたかのように早足でどんどん先に行ってしまう。 重たい荷物は殆ど沢田が持ってるのに、小走りの沢田に遅れがちな俺! ちょっと情けない。 京都は新しさと古さが混在する街だ。 住んでいる人間を無視して暴言を吐くとするならば、新しい建物は必要ないような気がする。 そんなこんなできょろきょろしてる俺に気がつくと沢田がいない! どうやら見失った? どうしよう! 泊まるホテルの名前も実はかなりうろ覚えだ。 どこかにメモがあったはずだと必死にポケットの中を探っていると 思いっきり腕を引っ張られて悲鳴を上げそうになる。 「何やってんだよ!バカ」 ってバカはないだろ、バカは! ホテルに到着するなり荷物を置いてすぐにタクシーに乗り込んだ。 俺は何がなんだかさぱりわかならい、今回の旅行を少しか説明しろよ。 「どこにいくのか聞いていいだろ?」 「大覚寺だ」 「寺か?何しに?」 「夜になればわかる」 夜まで待たせるのかよ。 「予約してあるからな」 こんな月夜にいったい何が? 第一俺はこんな暢気なことをやってる身分じゃねーんだぞ。 受験生だぞ、受験生! わかってんのかよ、 おい! 大沢の池についたとたん、俺は思わず声をあげそうになった。 なんだこりゃ!竜じゃないか?竜の頭がついた舟が浮かんでいる。 「乗るぞ」 前もって沢田が予約してあったおかげですんなりと竜の頭がついた屋台舟に乗り込むことができた。 暗くなるにしたがって辺りは別世界だ。暗い池に月の光がその影を落とす。その竜はまるで月に向って吠えているようだ。 満月が妖しく輝き船頭さんや紅白の衣装を身に纏った巫女さんがますます不可思議な雰囲気をつくり出している。 「京都は色々な場所で観月会をやってるけど、ここが一番好きなんだ」 「え?今日って何?」 「中秋の名月だろう、お前は本当に世間知らずだな」 「年寄りじゃあるまいし知らねーよ」 沢田は本当呆れた顔でみた。 「若さを振りまくって言うよりバカさを振りまいてるな、お前の場合……」 ほっとけよ!だけどこの切り取られたような風景が、ここに誘ってくれた沢田の気持ちが俺をいつになく素直にさせる。 「同じ日本なんだよな、ここ」 「あぁ」 なぜだろう?舟に乗ってこの一年で一番美しいと言われる満月を観ていると気持ちがすとんと落ちた気がした。 いったい何を焦っているんだろう?俺は。 受験にばかり目が眩んで大局的な物の見方ができなくなっていた。 俺もまさに受験戦争という魔物に取り込まれていたんだろう。 「勉強ってさ、焦ると逆に効率が悪いだろ?」 「うん、そうだね」 「来て良かったか?」 「あぁ、よかった」 「じゃあ、今夜こそ本物の英語の予習が必要だな」 「はぁ?本物ってお前ってやつは!」 それしか考えてないのかよ。 そういいつつも久しぶりに沢田の大きな胸に抱かれて寝るのも悪くない。 そう思ってしまう俺ってやっぱり沢田の掌の中で踊っているのだろうか?
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