遥か日輪の彼方に


中秋の名月(2006)



 これから店の開店時間だというのに、城が突然、店のオフィスに顔を出した。

 嫌な予感に思わず 顔が引きつる俺。

 すると俺の姿を発見するやいなや、にこやかな極上の笑みを浮かべた城が、探していたおもちゃをみつけたように両手を差し出して

 「すぐいくから」

 と俺の手を引っ張る。

 彼が、何か思い立ったら、逆らわない方が得策だ。

 店だって、俺がいなくても2.3日なんとかなるが、城の機嫌が一度 損なわれると俺以外の人間では収拾がつかないほど、拗ねてしまうのだ。

 城自身に、その自覚がないが、仕事に支障がでるから何とかしてくれと 恐神に頼まれる事になる。  

 そんな恥ずかしい事態を招かない為にも、俺は城の気紛れに逆らわず 黙って手を引かれながら店を出た。

 実際、城がこうして強引に俺を誘い出す時は、俺を喜ばせようと何かを考え付いてくれての事なのだ。 判ってはいても、時には、ため息のつきたくなることもある。

 なんたって、彼の考える事は毎度ベタなのだ。本人はきついてないだろうけど、きっと今夜はお月見がしたいから、どこかのホテルの部屋でも借りて 巨大スクリーンで月見でもさせてやるとかいいだすんだろう?

 こんな豪雨に勘弁して欲しい。

 彼に引きずられるように到着した場所は、ほぼ自家用の飛行場。

 乗せられたのは、顔見知りのパイロットと、含みのある笑みを浮かべる副操縦士が、操縦するあの小型ジェット機だ。

 彼等に、からかわれたり気を遣うのが嫌で、俺は思わず目を閉じた。

 副操縦士が城に何か言うのが聞こえたが、城は、「志月はきっと疲れているんだ。寝かせてやってくれないか」とやんわりと防波堤になってくれた。とたんに緊張感が解ける。

 それなのに俺ときたら、飛行機の中から月見なんて落ち着かないな…とぼんやり考えていて、いつの間にかすっかり眠っていたらしい。

 顎を掴まれたと思ったら、城の啄むようなキスをされて、慌てて飛び起る。「よく眠っていたね。寝顔を堪能させてもらったよ」そんな城の声に窓の外をみると、そこはもう九州だった。

 思わず口を開けたまま閉じるのも忘れてしまった俺に「月が見たくてね」城がそういってそっと俺の口を 再びキスで塞ぐと髪の中に指を入れて優しく梳いてくる。

 やっぱりそんなところだろうと思った。

 だけど、決して嫌な気はしない。胸の中がほんわかと暖かくなる。

 「ホテルは飽きたって言っていたから、鄙びた温泉の離れを借りたんだよ」

 「じゃあ二人だけの月見?」

 俺がそう聞くと

 「嫌じゃなかった?」

 「まさか…ありがとう。城も忙しいのにいつも俺の事、気遣ってくれて……」

 俺がそういうと、再び城は熱烈なキスを仕掛けてきて。

 「志月にそういってもらえて、私も嬉しい」

 そういって潤んだ城の瞳に、欲望の焔が揺らめいていて、今夜は月をみる暇があるのだろうか? と自問してしまう俺だった。

 

 おしまい

  BACK NEXT TOP