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ラブリーボーイズ2-2 |
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今まで電話など殆ど関心の無かった百春だったが、今はまさにイエデンの子機が恋人と言っても過言じゃない。 なんたって毎晩その傍からに離さず抱くようにして寝むる。時には子機に優しくキスをして百春は願いをかけ……。 そう、今夜こそ縫殿から電話がかかってくるようにと。 日本との時差はだいたいマイナス17時間……12時間なら分かりやすいのになと百春は子機に軽くキスをする。そんな自分の行動がなんとも照れくさく自分でももし誰かにみられたら笑っちゃう行動だと思うのだが、そんな乙女な自分も可愛いと思ってしまうのだから相当の重症だ。 明け方、5時半頃縫殿から電話がかかってくる。探るような縫殿のハスキーボイスが聞こえると百春は子機を落とすのではないかと思うほどドキドキしてくる。 「モモ?」 「うん」 「どうしてそんなにすぐ電話に出るんだ?まだ日本は朝早いだろ?」 「だって誰か他の人がとったら嫌だから」 「ばかだなぁ」 「なんだよ。僕が電話に出ると嫌なの?」 「モモったら何を僻んでるの、嬉しいけど身体を心配してるんだ」 「縫殿から電話来るかもって思っていつも早く寝てるもん」 「可愛い奴め!」 他愛無い会話が進んでいく。早めに電話を切らないといけないと思いながら、自分の方から切ったりできなかった。心地よい縫殿の声を聞いてこのまま寝られたらもっとぐっすり眠れるのにと思う。 そして頭も良くて容姿端麗の縫殿が自分の恋人だなんて時々現実じゃないような気がして不安になる。 自分が好きな分のいったいどのくらい縫殿も好きでいてくれるんだろう? そんな事を考えてしまうなんて、失礼な事だと思うし、片思いだった頃の事を考えれば贅沢な悩みだって分かってる。でも、考えずにはいられない。 縫殿に関係するものなら、電話の子機だろうが月餅だろうが頬擦りするくらい愛おしい。 でも、縫殿も自分の事をそう思ってくれているのかといえばそれは多分、違うだろう。 自分を置いて留学してしまった縫殿……楽しそうに中国系の友人の話をする縫殿。 もしかしたら縫殿は気がついてしまったのかもしれない。 ちょっと毛色の変わった従兄弟にちょっかいをだしてしまったけど、それは単なるつまみ食いに過ぎない事を……。 どうしてもそう思ってしまうから言えなかった。語学留学でいいから僕も一緒にカナダに行きたいなんて。 その上縫殿はどうやら本気でカナダの大学にいくつもりらしかった。 しかも百春には詳しい事は分からなかったがTOEFLやIELTSももそれなりの点数を取らなければいけないという。その為の語学留学を兼ねた交換留学生らしい。カナダに交換留学生でいってしまっただけでもこんなに寂しいのに、大学も北米にいってしまうなんて寂しくて死んでしまう……そう思ってしまう自分は我が儘なんだろうか?
それはなんの前触れもなく訪れた。 放課後クラスメートの誘いを断って少しだけ項垂れながら校門を出ると縫殿が信じられないような大きなバイクに乗って待っていた。 「縫殿!」 「遅くなったな……」 そうだ、待ってまって……待ち過ぎるぐらい待った。でも現実にこんなに早く戻ってくるなんて思ってもいなくて。嬉し過ぎてどんな顔をしていいのか分からない。 「後ろに乗れよ」 縫殿がそういってヘルメットを百春の方にぽ〜んと放って寄越した。 「うん」 正直言って縫殿にワイルドなバイクなんか似合わないけれど、なにより自分を迎えに来てくれた事が嬉しくて。 思いっきり縫殿の腰にしがみつく。 細めのようでしっかりと筋肉のついた固い縫殿の背中が嬉しくて頬もがっちりその背中に押し付ける。 幸せだった…… 背中から伝わってくる縫殿の体温がここにたしかに縫殿がいる事が。
だけどそんな小さな幸せは一瞬のうちに砕け散ってしまう。 家につくと件の中国系のカナダ人のルームメートが家の玄関まで迎えに来ている上、 彼と縫殿は百春が凝視してるにも関わらずおおっぴらに何度も熱烈なハグとキスを繰り返す。 その上、二人はナチュラルスピードの英語でおしゃべりを始めた。それもスラングまじりなものだから英語が得意なはずの百春は全く聞き取る事ができなくて。 何を話しているのか分からない疎外感と自分の英語の実力ではネィティヴの会話なんか全く聴き取れない現実にプライドが粉々に傷ついてゆく。せっかく縫殿のルームメイトのチャン?とかいうハンサムなカナダ人がゆっくりと自己紹介してくれたのに、なぜか素直になれなくて、百春はやっと歳と名前だけ言うと逃げるように自室に駆け上がってしまった。 カナダからせっかく来てくれた縫殿のお友だちや、それを紹介してくれた縫殿を思うとこんな最低の態度をとってしまった自分が情けなくて悔しくて涙が滲んでくる。 すぐに階下に降りて非礼を詫びなければと思いつつ、兎のような瞳のままで 顔なんか出せるはずもなかった。 縫殿……あんなに楽しみにしていたのにどうして友達と帰ってきたんだろ? 長かったはずの夏休みはずっとキャンプでボランティアをするからとちっとも帰ってきてくれなかったし、しかも百春が訪ねるといってもいい顔をしてくれなかった。 本当はすごく不満だったけど、縫殿に嫌われるのが怖くて強く言い出せなかったのだ。 それに秋には帰るって言ったからそれだけを楽しみにずっと我慢して待っていたのに。 自分が可哀想だと思う気持ちと縫殿やチャンに申し訳ないという気持ちがぐちゃぐちゃに絡み合って熱いものが後から後から込上げてもう自分ではどうにも収拾なんかつかない。 こんな情けない自分なんか……大嫌いだった。 そしてこんな自分は縫殿に嫌われて当然だと思ったらまた泣けてきた。 だって、ちらっと仰ぎ見ただけだけどさっきのチャンは背も高くて滅茶苦茶イケメンだったような気がする。 いかにも大人っぽい優しい瞳で百春を見つめて両手で握手してくれたのに。 彼が男の百春でさえ照れてまともに目を合わせられないようないい男で あまりにも縫殿とお似合いだと思ってしまったからすっかり戦意喪失してしまったのだ。 だって縫殿は綺麗でぼくなんかよりあんなかっこいい人の方がずっとお似合いだなんて思ってしまうから。 もしも泣いてる声なんか聞かれたら生きていられないくらい恥ずかしい……だから枕に顔を埋めて声を殺して泣いていたから、 そっと誰かが肩を抱くまで人が部屋に入ってきた事に百春は全く気が付きもしなかった。 「モモ……」 「ひっ」 思わず素頓狂な声が洩れでて慌てて百春は自分の口を塞ぐ。 「ごめんな……モモ。決して仲間はずれにしたつもりはないんだ」 顔を上げると縫殿と縫殿の後ろにチャンが心配そうな顔で百春を覗き込んでいる。 格好悪いなんてもんじゃなくて情けなくてそのまま縫殿の肩口に顔を埋めて呻くように泣き出した。 縫殿の長い指が優しくモモの髪を梳く。 「本当にごめん……でもこいつに俺の可愛いモモを見せびらかしたくてさ」 「なにそれ……」 「だってこいつの可愛いガールフレンドをいつも俺に見せつけて自慢するもんだからさ、 ちょっと俺もライバル意識燃やしちゃったりして」 縫殿が照れくさそう首の後ろに手をやりながら斜にモモの様子を窺っている。 「モモが俺を待っててくれると思うから俺もついついモモに甘えちゃっていたかもな」 「いいんだ。僕が子供っぽいからいけないんだ」 自嘲するように百春が呟いた。 「子供っぽいモモも色っぽいモモも、可愛いモモも、僻んで拗ねてるモモも、泣いてるモモも……みんな可愛いと思っちゃう俺って相当重症だよな。自分でも鬱陶しいと思うんだけど、仕方ないんだよな」 縫殿が悪戯っぽい顔でにっこり微笑んでチュっと音の鳴るキスをした。 現金だけどモモの機嫌はあっという間に戻って泣き笑いのような顔になっている。縫殿はそんなモモも可愛くてぎゅっとその小さな頭を抱き締める。 「前に縫殿が送ってくれた月餅すごく珍しかったから実は食べないで冷凍してあるんだ。一緒に食べよ」 ところが、その百春の一言で縫殿もチャンも複雑そうな顔で互いを見合うと肩をすくめて両手をあげる。 「ごめんね。僕らはあれをあちこちから嫌って言うくらいもらって当分食べたくないんだよ。月見だんごでも買ってこようよ」 「ま、まさか……縫殿はいらないから僕にそれを送ってきたの?」 百春はまさにかんかんである。とんでもない自分の失言に真っ青な縫殿と睨む百春を残してチャンは さっさとリビングへ退散していった。
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