曇りガラスの向こうに降る雪は

5万HIT記念9



「……みなと」

「こう、コウスケ……浩輔」

「湊……」

 無意識の間に二人はずっと名前で呼び合っていた。 昔からずっとそうしてきた恋人同志の様に。 そして二人の失った距離と時間を取り戻すかの様に。

 朝焼け前の微かな明かりが夜の帳を開ける。 昨夜の本能に任せたようなセックスは湊をけだるさの毛布に包んだままだ。

「悪かったな。やっぱり俺は堪えしょうの無い男だ」

「あやまるくらいならしなきゃいいのに」

 湊は心にもない意地悪をいった。 自分の心に鎧を被せなければ、このまま人生そのものををリタイアしたくなりそうだったから。

「本当に遠慮なくここを使うと良い。俺は暫く、仕事を部下に任せて専門知識を学びにアメリカに行くつもりなんだ」

「そう」

 それ以上いうこともない。それなのに手が急に冷たくなっていくのを感じる。どんなに熱い夜を過ごそうとも二人は別世界に住んでいるのだから。「その前に湊に頼みがあるんだ」

 なんだろうと思いつつ冷たくなった手をそっと擦りながら湊は聞こえない振りをした。

「湊を撮らせてくれないか?」

「え?」

「仕事でCMを頼まれていたけど、イメージのモデルがいなくて断ろうと思っていたんだ。 でも、湊に再会して、イメージがぴったりでびっくりした」

「どんなCM?」

 いったい浩輔は湊をどんなイメージで捉えているというのか

「性別不詳の子がある香水をつけると男になり、他の香水をつけると女になるっていうイメージなんだ」

 その時、湊のクリスタルの心が粉々にくだけ散って足下まで落ちていくのが見えた。 湊はしばらく何も言えず固まっていた。

俯き、そしてゆっくりと顔を上げて浩輔を見つめた。

「いいよ、撮っても」

 確かに女でもなく、本当の意味で男にも成り切れなかった自分にぴったりかもしれない。 浩輔が撮る事で見えない呪縛から逃れて新たにこの渾沌から這い上がることができる気がする。 自嘲するように微笑んでシャワーを浴びてから、化粧をはじめようとした。

「俺にさせてくれ」

 浩輔がこんなに化粧に慣れてるとは思わなかった。CMっていうことはそういう仕事もしているのだろうか? 自分には浩輔の仕事など何も関係がないのにと湊は自嘲する。湊の心の動きなど何も知らないであろう浩輔の化粧はまるで愛撫の様な性的な触れ方だった。

 閉じた瞳をうっすらと開けると湊の瞳はすでに情慾に濡れている。

「湊、きれいだ」

 気がつくと作り付けだったらしいベッドは部屋のどこかに収納され様々なライトが 降りてくる。後ろにスクリーンが見えてここは撮影所も兼ねていたのだなと 湊は頭の片隅で理解した。フイルム2.3本の写真が撮られその間中、浩輔は 湊に「綺麗だ」「湊」と囁き続ける。

 それから湊の長い髪は頬のあたりまで浩輔の手によって切られた。 ここまで来ればどうにでもしてくれという感じだった。 化粧を落として淡いリップだけを付け直し、もう一度浩輔の大きな手が湊の白い頬をやさしく撫でた。

 二人は見つめあいどちらともなくキスをする。

これはまるで映画のワンシーンだ。現実じゃない。

 また何枚も写真を撮ると今度はぐっと短髪になった。 こんなに短くされちゃ、もうニューハーフには戻れないなと湊はぼんやりと考えていた。 浩輔は前髪にワックスを塗って固めると鏡を差し出す。 鏡の中は物憂げな青年がこちらを見ていた。瞬間自分だと解らないくらい違って見える。

「どんな髪をしても湊は綺麗だな」

『こんな野郎のどこが綺麗なのか?』

 なんだか無性に可笑しかった。 絶えまなくフラッシュの焚かれる音。そしてカメラが廻っていた。浩輔はカメラから顔をだして真顔でいう。

「湊……お前っていい男だな」

 そういって浩輔は少し照れくさそうに笑った。 それはお前だろ?と湊は言いそうになって、やめることにした。 そんな事を言い合ったって不毛なだけな気がしたから。

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