曇りガラスの向こうに降る雪は

5万HIT記念6



 それからの事は水上はよく覚えていない。 とにかく、大学受験とインターネットで始めた事業を成功させる事にまさに死にものぐるいだった。 無我夢中で後ろを振り返っている暇もなかった。

 もちろん興信所を使って何度も上月湊の消息を確かめようとした。 無論上月の名字が変わっていた事を水上が知る訳もなく思い付きもしなかった。



 独り残された湊は20畳程のがらんとした寝室で窓の外を見つめていた。

 大きなベランダに手入れの行き届いた観葉植物がいくつも置いてあったが、その狭間から遠くの景色が見えた。 その景色からここは高層マンションの相当上階であることは間違いない。 空気がいつもより重苦しいのにはるか彼方に見える海が湊の郷愁を誘った。

 生まれたのは港町で霧笛の音を子守唄に育ってきた。 海を見つめると母に抱かれたようにほっとするのは、そのせいかもしれない。

 水上が出ていく時、部屋の外には鍵が掛けられ、もとよりガウン姿で下着姿の湊が外に出るのはかなわなかった。

 湊が退屈のあまり、部屋の壁を触っていると壁が反転し、様々なものが現れて驚く。 本棚や冷蔵庫、パソコンまで現れた。

 そこまで開けて廻った時、鍵を開ける音がした。 多分水上が帰ってきたんだろうと慌てて壁を元に戻す。 しかしそこに現れたのは細い優しい雰囲気の綺麗な若い女性だった。 湊をみて大きな瞳をさらに大きく開き、長い睫を何度もしばたかせる

「あ、ごめんなさい。水上さんのお友だち?ここに泊まられたの?誰もいないと思ったものだから」

「……」

あまりに驚いて湊は声もでない。

「鍵を返しに来たついでに、ここに置きっぱなしの買ってもらった服も取りに来たの」

そういって俯いた顔はどきっとする程色っぽい。

「水上の婚約者の.....方ですか?……」

「もう、婚約者じゃないのよ。だから荷物を取りに来たの」

 そういうと淋しそうにくすりと笑ってからドアの近くの壁の小さな部分を反転させスイッチを出す。 そのいくつかを押すとウォークインクローゼットの扉が反転した。

 自分のあらわな姿を忘れて思わず湊も彼女の後に続く。 そこには膨大な量のスーツがあり、端の方に何着かの女物のワンピースがかけてあるのが見えた。 そこに昨日湊が来ていたワンピースも掛かっていた。

「あら?こんな素敵なのも買ってもらっていたかしら?」

 優美は湊の花柄のワンピースを取り上げると自分に合わせながらクローゼットに埋め込まれた等身大用の鏡に写す。

「私って本当におばかさんなのね。買ってもらった服も忘れちゃうなんて」

もちろん、湊はそれが自分の服だとはとても言えなかった。

「似合いそうですね。よかったら着て御覧になっては?」

 かろうじてそう言った。サイズが合わなかったらいくら彼女でも気がつくだろうと。

「いいのよ。ごめんなさい。昨日水上と一緒に飲んでここに泊まられたんでしょう? お休みの所おじゃましてごめんなさい」

 そういって服を纏めてから、そっと湊に合鍵を渡すと小さく会釈して帰っていった。

 優美に泊まられたんでしょうと言われた時には心臓が飛び出すかと思うくらいドキっとしたが 優美はなんの屈託もなく微笑み、湊を本当にただの友人だと思ったらしかった。

『疑う事も知らない本当のお嬢さんなんだな』

 なぜ、水上がこんな可愛らしい彼女との結婚を諦めるのか理解に苦しむ。 本気で自分に償う気持ちなのかもしれない。

 そう思うとなぜか胸が苦しい。あんな男だと憎んでいる方が自分の精神状態がずっと楽だ。 償いや同情などいらない。まして執着などうざったらしいだけだ。

 湊がこの水商売を選んだのだってもっと自分をいたぶりたかったからだ。 強姦まがいの事をされながら快感に酔ってしまう自分、そして水上を嫌いになれない自分が うっとうしくて仕方なかった。

 しかし、落ちてきたと思った世界も、そこに生きる人々は必死に生きていて、湊もその一生懸命生きる世界の人たちに何度救ってもらったか解らなかった。

そんな傲慢な自分を恥じなんとか自分の居場所を見い出したというこんな時になって水上は突然湊の前に現れたのだ。

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