唇の上に落ちるもの


 

【 7 】

 「男同士だと、互いに意識しなくて気楽だよな。気持ち良くなるだけで」

 気持ちのすれ違うなんて残酷な言葉。

 「好きとか、愛とかそういう面倒なものが入り込まないで、欲望だけを純粋に追求できる。そう思わないか?」

 僕にそう思わないと言える選択肢は、いまここであるのだろうか?

 残念ながらそれは否だ。

 黙って唇を噛む。そうでなければ、僕の邪な気持ちが将汰に知れてしまうから。

 「部屋にいっていいだろ?」

 断頭台に送られるような残酷な台詞に僕は小さく頷いた。

 彼と肌をあわせる事が、今、最も僕が彼をなんとも思っていない、友情しか感じていない 証拠になるのなら、僕はこの道を避けて通る事はできない。

 その数十分後、僕らは僕のベッドの中で幼子がじゃれあうように、互いの身体を弄っていた。 それが、僕が唯一、今後も将汰とただの友達でいられるなら、どうしても乗り越えなければいけない 踏み絵のような壁だった。

 いったいどうしたら、僕は将汰に欲望を悟られないでいられるのだろう?とそればかり悩んでいたけれど、 もしも、男同士として意識しないのなら、性欲処理だって協力できるだろうと言わんばかりの、将汰の残酷な言葉に僕の心は冷たい深海の奥底にしずめられていくような心持ちになっていた。

 だから、僕の恋心とは裏腹に僕の欲望は少しも兆す事なく、「気持ち悪いか?吐きそうだったら言えよ」

 なんていう将汰の無神経な言葉に、どうしてこんな男を嫌いになれないんだろうと、絶望だけが僕を支配していた。

 僕の首筋に将汰の唇が触れてくるだけで、僕はゾクゾクと震えが止まらなくなる。 だめだ、こんなことでは将汰に自分の気持ちを知られてしまう。 思わず手で突っぱねようとする僕の耳許で将汰が囁いた。

 「なんだよ。お前、女とあんまり経験がないんだろう?感じ過ぎだぞ」

 「だって…気持ち悪い……」

 「気持ち悪い?本当にそうか。男だって触られたら気持ちいいものは同じだろ。素直な気持ちになればもっと感じられるさ」

 「感じたくなんかない」

 脇腹の辺りから将汰の手が、そろそろと差し込まれる。

 「やだ、よせよ」

 無言のまま、将汰の指が僕の胸の僅かな強張りを探して蠢く。

 「立ってるじゃん…」

 「え?」

 「立ってるよ、乳首」

 「違うったら」

 「ほら、朋だって男同士でも感じてるじゃないか」

 くすくす笑う将汰に怒りすら覚えるのだけど、それでも無理に突っぱねる事もできなくて。

 「ちょっとシコりあうだけじゃないか。男同士ならこれくらい普通だって」

 そんな将汰の言葉にどこか、それでも将汰に触れられるならいいじゃないかと悪魔のような囁き を聞いたような気がして、僕は身体の力を抜いた。

 そうして将汰はどうしようもなく寂しい時、僕の部屋にくるようになった。僕はそれがどれほど胸が裂かれるほど辛くても拒む事なんかできない。だって、もし僕以外の友達と同じような事をしたらと思ってしまうから。

 だけど、こうして互いの気持ちを出さずに欲望だけ発散させる事は、決して心の健康にいいわけなんか、 なかった。僕は、それに気がついていたのに、知っていたのに、ギリギリまで気がつかない振りをした。

 だけど、将汰の憂鬱は、僕と肌を重ねるようになってからさらに、悪化していて、 やっぱり僕は、それを見てみぬ振りなどできるわけもなかった。

 「将汰……」

 「……」

 「将汰って」

 欲望を吐き出した後の将汰はとたんに無口になる。後ろめたさが彼を覆い尽くしているなら、もうこんな事はやめるべきだ。

 「あぁ…」

 肌をあわせているのに、将汰の心はここにはない。

 「大丈夫?」

 「あ?あぁ…」

 将汰は僕と話すのも面倒そうだ。欲望を解き放てば正気になるのだろうか?

 「虚しくない?僕とこんなことして」

 「はぁ?女みたいな事言うなよ。それに今は、話をする気分じゃないんだ」

 「やっぱりやめようよ。もうこんなこと。僕はもうやめたい」

 僕がそう言ったとたん、将汰の顔色が見る見る間に険悪になった。怒りたいのはこっちなのに。

 「何いってんだよ。今更」

 「だって不自然だよ」

 「お前は、落ち込んでる俺を友達として慰めてるだけの話だろ?それ以外何もないだろ?何を深刻ぶってるんだよ」

 畳み掛けるようにものをいう将太に僕はつい気弱になりそうになるけど、やっぱり主張すべきことは、言わなくちゃいけない。

 「将汰が落ち込んでるなら慰めてやりたいとは思うよ。だけどこれはもう、違うだろ?その 範囲を越してるよ」

 将太は本気でわからないという顔をしている。何をいってもダメなのか?だけど、やっぱり このままじゃダメなんだ。

 「今さら、何をいってるんだよ。もう何回もやっちまったじゃないか。しかも本番はやってないだろ? 相互オナニーなんてみんなやってるさ。お前だって気持ち良さそうじゃないか」

 だけど、心を伴っていないから辛くなる。

 「好きな相手にだって失礼だろ。だからやっぱり不味いよ」

 「今は片思いで彼女もいないってお前だって知ってるだろ?だから、浮気とかと違うだろうよ?第一俺等の年頃でオナニーしてない男なんかいるのかよ」

 やっぱり自慰扱いなんだ。

 「これは、自慰なんかじゃない。自慰なら一人でやれ」

 僕はすり抜けるように立上がってそのまま振り向かずに部屋を出た。もうたくさんだ。

 「とも!おい、朋!待てったら」

 将太の慌てる声が後ろから追いかけてきたけれど、僕はそれを遮断するようにドアを閉める。 たとえ、将太への思いが、恋に近い片思いだとしても、こんな事を繰り返すなら 何もかも無くした方がマシなような気がしていた。

 子供じみた絶交のメールが将太から届いた後も、一瞬自分が石化したのではないかと思うほど僕は固まってしまったけれど、子供っぽい将太の事だからそれほど重大なことではないのだと自分にしきりに言い聞かせていた。

 将太は、それから、僕を徹底的に避けていた。僕も気まずかったから自分から謝る事もできない。このまま一生将太と繋がりが途切れてしまうのかも しれないと思った時、僕は動けなくなった。

 人生が終わったわけでもないのに、自暴自棄になりそうな自分を押さえる事ができない。 自殺なんか考えるくらいなら……僕がその時出した結論は自分でも信じられないものだった。 再びあの結晶を使う事、もうそれしか考えられなくて、自分を押さえる事ができなかった。

 

 BACK NEXT   TOP