唇の上に落ちるもの


 

【 6 】

 

 でもそんな将汰がいじらしく愛おしい。

 本当は僕の方こそよっぽど哀れなのかもしれないけど。やっぱり僕は将汰の事が気になって仕方ないのだ。

それから数日もしない内にクラスのメンバーで急にカラオケに行く話が持ち上がる。

 女の子との出会いに飢えた彼等は、もしかしたら、カラオケ近くの美人が多いと評判の私立高の女子にあえるんじゃないかと淡い期待を抱いてるらしい。

 僕と将汰もかなり強引に誘われて、背中を押されるようにそのカラオケ店に入ってみれば、誰が声をかけたのか期待どうり、いや、それ以上のかなりイケてる女の子が数人参加していた。

 ちょっと薄暗いカラオケ店で、僕らは一番奥まった部屋を陣取った。

 男って奴は単純で女の子のレベルの高さに彼等のテンションは上がりっ放し。 しかも幸運な事にジョークのわかる女の子が殆どで、下ネタすれすれもいけるし、中には本当は化学が得意だったから私も高専に入りたかったなんていう子さえもいて、周りに迷惑なんじゃないかと心配するくらい盛り上がっっている。

 僕も、将汰も久しぶりに心から笑って楽しかった。だけど損な性分の僕は、皆のオーダーを取ったり、グラスに氷を入れたり、飲み過ぎて酔った女の子を外に連れ出したりして、 本当は、多少なら将汰と話せるんじゃないかという期待も泡と消える。

 その時、酔って寄り掛かって来たかなり可愛い部類の藤原と名乗った女の子が、急に真顔になって囁いてくる。

「一緒に抜けない?」

 彼女のせっかくの誘いに僕はため息をついた。本当は喜ぶべきなのだ。それなのに素直にうんと言えない。

 実際、藤原さんはかなりイケてる。それなのに今の僕が気になって仕方ないのは、将汰の事ばかりなのが情けない。

 普通の高専生の僕が、美人の藤原さんに声をかけられるなんてこんなチャンスは滅多にないと理性的な僕は囁くのに、もう一人の僕は、将汰をこのままにしては いけないと囁く。

 返事を躊躇してる間に、すっかり白けた空気が漂いはじめていた。

「あたしじゃダメ?イケてない?」

「いや、そんなことないよ。逆にかなり可愛いと思うよ。だから他のメンバーにやっかまれるかなと」

 そういいながら、もう一人の僕は『それは詭弁だね』と顎を上げた。 タイミング悪く、一番テンションが高かった芳野が、僕達を探しに来た。

「おい!大丈夫か?まさか、トモが抜け駆けするわけはないと思ったんだけど」

 言葉尻にちょっとだけ嫌味を感じる。きっと芳野も藤原さん狙いなんだろう。

「じゃあ、後は任せたね」

 僕が逃げるようにいうと、芳野は、上機嫌で頷く。自分の趣味じゃない女の子なら文句たらたらなんだろうが、藤原さんだから芳野も喜んで介抱するんだろう。さっさと行けよといわんばかりに手で僕を追い払うようにする。なんて現金なやつ。

 そう心の中で呟いてから、僕だってもしこれが将汰だったらどうなんだろう。と思い当たる。

 もし、将汰が藤原さんに介抱したがっても、僕はこんなにあっさり引き下がらなかったし、 将汰を僕が介抱していたなら、芳野に介抱役を譲ってやったりしなかった。

 もっとも女好きの芳野が将汰の介抱なんてしたがるわけもないけど。僕はくすくすっと笑いながら店の中に入ろうとした。

 裏口近くの電信柱の影でちょうど死角になる場所に動く影。それは見間違うことのない、将汰の後ろ姿だった。壁によしかかり額に手をやって何か深く考え込んでいるようだ。いったいここで何をしているのか?僕が声さえ掛けそびれていると。

「彼は目的が違うから」

 そのまま立ち止まった僕に、芳野と二人で抜けたと思っていた藤原さんが、そう背後からいきなり声をかけてきた。目的が違うという意味が分からずに戸惑っているとかぶせるように再び藤原さんが僕の肩を押してくる。

「私達は戻りましょう?こんなにみんなで抜けたら変に思われるから」

 振り向くと、頬を腫らせた芳野が苦笑しながらついてくる。どうやら藤原さんに何か嫌がることでもしたのだろうか? だけどそれより、僕は将汰が気になって仕方ない。藤原さんの言った意味深な台詞の意味も。

「目的が違うってどういう意味?」

「彼は、女の子をナンパしたいんじゃなくて、すでにもう目的の女の子がいて、その好きな女の子の情報が欲しいだけみたい。私達にもう用がないんだから帰りたくなったんじゃない?」

 確かに将汰ならあり得る。そういう自分勝手なところがあるやつだ。

「何か聞かれたの?」

「女の子の特徴を言ってきて、知らないかっていうの。高校だけじゃなくて、中学時代でもいいからって。なんだかバカにされてるみたいで無性に腹が立つわ」

「悪かったよ。確かに我が儘だけど、悪いやつじゃないんだ」

 僕がそう庇うと藤原さんはにやりと笑った。

「まぁね。本当はあぁいう少し悪い男の方が本当はモテルのよ。私も彼が嫌いじゃない。だけど、他の女の話ばかりじゃしらけるじゃない」

 確かにそうだろう。あんなに盛り上がっていたはずのカラオケもすっかり、祭りの後の様に 静まり返って、女の子達は、さっさと帰り仕度を始めてしまった。

「本当に変だよ。将汰のやつ」

 藤原さんを決定的に怒らせたのであろう芳野が、他人事の様に呟く。

「あいつ何を言っても心ここにあらずって感じで絶対おかしい、しかもあんな可愛い子に声かけられてルのに全然そっけないし」

 確かに以前の将汰なら藤原さんレベルの女の子を、どちらかというと積極的にちょっとつまみ食い気分で付き合ったに違いない。 少なくとも彼女を不機嫌にさせるほど、美人に無関心なんてありえなかったはずだ。 将汰はいったいどうしたんだろう?

「将汰…」

 いまだに、カラオケ店の壁に寄り掛かって頭を抱えている。

「どうした?具合悪いのか?」

 少しだけ間があってから、「あぁ…」と不機嫌そうな声がした。

「自分自身にいらついてるだけだよ。らしくないってな」

 らしくない?彼らしくないって事か?

「みんな、帰ってしまったよ」

 僕がそういうと、将汰は僕の髪に指を入れてぐちゃぐちゃにした。

「俺達も帰るか?」

 そういった将汰の腕を僕は無意識に払ってしまった。

「なんだよ?」

 将汰の眉間に深く皺が刻まれた。 

「別に……」

「別にってまさか、お前、この前の事、意識してるわけじゃないだろ?男同士だからさ、半分お遊びみたいなもんだろ?」

 そうだ、本当はそう思うべきなんだ。押しつぶされそうな胸とは裏腹に僕はこくんと 頷いた。

 

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